第17話 あくる日の 綺麗を探す 星たちよ

「笑顔を詠い 意のままにあれ〜」


暗い道。

辺りに散在する住宅の室内灯だけが、路頭の明暗を分けている。

台所の窓からほのかに甘じょっぱそうな匂いが漂っていた。


「めーちゃんめーちゃん! もっと詠ってくださる!?」

藍音が嬉しそうに名花の隣を歩いている。


「んぅんぅ、いいよ〜!」


名花の詩が、星空に響く。


* * *


「おかえり、めーちゃん。それに、あいちゃんも」

名花の自宅の玄関先、氷乃が出てきていた。


「ひょーちゃん! ただいま〜!」


名花が氷乃に抱きついた。

この景色は毎日変わらないようだ。


「お邪魔いたしますわ」


「どうぞ〜!」


「豪邸じゃないけどね」

氷乃が言った。


「えぇ〜……? 豪邸だよ〜?」

名花が不満げに氷乃を見上げる。


「いえっ! わたしくは、そんな……」

藍音が両手を振った。

「素敵なお宅ですわ、本当に」


「あいちゃん、わかってるねぇ〜……!」

名花が腕を組んで頷いている。


「ん、どうぞ入って」


氷乃が二人を中に引き入れた。

彼女が作っていたであろう豚の生姜焼きの匂いが玄関にまで届いていた。


「名花、藍音を連れてきたのか」


「めーちゃん、あいさん、こんばんわです」


縁側に並んで座っていた多々子と西木が二人を見てそう言った。


「んぅ〜? たこちゃんとさいちゃんも来てたの〜?」


「ああ、邪魔してる」

多々子が片手をあげた。


「イザベラとアントワーヌ、よくめーちゃんのお宅にくるのですか?」


「そうだな、最近よく来てる」


「歯ブラシ、置いてます」

西木が洗面所を指差す。


「そ、そうなのですか」

藍音がゆっくり瞬きをした。


「居心地がいいんだよね。めーちゃんの家はさ」

氷乃が食器を並べながら言った。


食卓の準備をしている氷乃に視線が集まる。

「すまん、手伝う」

多々子のその言葉を皮切りに、四人が立ち上がって台所に向かった。


「ああ、ありがとう」

台所の中心に立った氷乃がにっこり笑ってそう言った。

周りには四人の少女。四面楚歌。

「……ふむ、狭いね……」


五人の少女。それぞれが顔を見合わせて、それぞれいつもの表情を見せる。


名花は笑い。

氷乃が微笑む。

多々子はほんの少しだけ目を細め。

西木の表情は変わらない。

藍音はキョロキョロと四人の顔を順番に見ている。


「あはは、キュートな女の子たちに囲まれて私ったら幸せ者だわ」

氷乃が海外の通販番組の女性コメンテーターのような声で言った。

「じゃあ、めーちゃんはご飯をよそって、たこちゃんはお味噌汁。さいちゃんは飲み物を用意して。あいちゃんは冷蔵庫のお漬物とそこのお箸を出しておいてね」


五人が一斉に動き出す。


「ふへへぇ……」


「めーちゃん、楽しそうだね」

氷乃が生姜焼きを盛り付けながら聞いた。


「たのし〜よ〜!」

名花が歌うように言う。


「おいおい、私はそんなに食べない」

多々子が名花のよそった大量のご飯を見て言った。


「えぇ〜……ひょーちゃんの生姜焼き、美味しいのに……」

名花が多々子を見つめる。


「それは知ってる」


「育ち盛りなんだから、たくさん食べなきゃダメだよっ!」

氷乃が右口角をあげて、人差し指を口元に当てた。


「……わかったわかった」


「めーちゃん、私は少なめで」

西木がここぞとばかりに口を出す。


「だめー」


西木はジト目で三秒ほど名花を見つめてから、コップを持って行った。


「あいちゃんはたくさん食べるよね〜〜?」

名花が言う。


「ふぇっ!? そ、そうですわね、食べますわ」


「そうこなくっちゃ! ああ、でも、お嬢様の口に合うかしら……」

氷乃が胡散臭い声を作っている。


「合いますわ!」

藍音が間髪入れずに言う。


「うんうん……あいちゃんは食いしん坊さんだもんね〜」


「ちがっ!? ただ、わたくしは、好き嫌いはいたしません!」


暖かな家庭の風景がそこにあった。


「あいちゃんも、お泊りセット置いといたら〜?」

名花がにっこり笑って言った。


「お、お泊りセット!? ですが、お泊りだなんて……」


「したことない?」

氷乃の声だ。


「え、ええ……したこと、ありませんわ……」


「じゃあしよ〜!」

名花が右手のしゃもじを高らかに上げる。


「でも……」


「いつでもいいから」

氷乃が優しく言った。

「はい、じゃ、食べよっか!」


五人が食卓に着いた。

全員、手を合わせる。


「いただきます」


ノスタルジックな和で揃えられた家具と建築は、沢山の食器がぶつかる音とよく馴染んだ。


「うまい」


「美味しいです、とても」


「美味ですわ」


「ひょーちゃん、おいしいよ〜!」


「よかった。いっぱい食べてね」


「きょ〜はね〜、このあと星をみるんだよ〜!」

名花が箸を置いて言った。


「始まったぜ」

多々子が名花を横目で見る。


「始まりましたね」

西木が目を輝かせた。


「ほし……?」

藍音が目を点にする。


「星!」


「星……」

藍音がオウムのように繰り返した。


「藍音、名花の短歌、聞いたことあるか?」


「え、ええ……」


「聞けますよ。星で」

西木が藍音のそばに寄る。


「星で……めーちゃんの詩を……?」


「そう」

氷乃が頷く。


「んぅ?」

名花が首を傾げている。


「素晴らしいですわね!」

藍音が勢いよく立ち上がってポーズを決める。

「めーちゃんの詩は、世界を救いますわ!」


「おお……」

多々子が息を漏らした。

「ハマってるな」


「仕方ありません、こればかりは」

西木がしきりに頷いている。


「人気だねぇ、めーちゃん」


「んぅ? 人気なの〜?」


「やり手だな、名花」

多々子が目を細める。


名花が微笑んだ。

小さく息を吸って、目を閉じる。

「あくる日の 綺麗を探す 星たちよ 希くは 輝くままで」


名花は今日も、詠うのをやめない。

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