第5話

体中の魔力が、再び暴れ出す。皮膚が、黄金色に輝き始める。


「アキラ、一人で突っ込む気か!?無茶だ!」


アリアが、叫んだ。


「大丈夫だ、アリアさん。俺には、お前たちがいる」


俺は、三人の顔を順に見つめた。リリアの不安げな顔。ルナの悔しそうな顔。アリアの心配そうな顔。


「みんな、俺に力を貸してくれ!」


俺の言葉に、三人の瞳に光が宿った。


「はい、アキラ様!」


リリアが、強く頷いた。


「ええ、貴方を信じましょう!」


ルナが、決意を込めて言った。


「分かった!アキラ、てめぇの命、私が守ってやる!」


アリアが、大剣を力強く握りしめた。


俺は、瘴気を纏ったデススパイダーに向かって、再び一歩踏み出した。


その時、デススパイダーの背中から、無数の細い糸のようなものが放たれた。それは、毒液をまとった蜘蛛の糸だ。


「危ない!」


リリアが、聖なる光の壁を作り出す。しかし、糸は光の壁をすり抜け、俺たちに迫る。


「くそっ!」


アリアが、大剣で糸を切り裂こうとするが、糸は硬質で、なかなか切れない。


「『魔力障壁(マナバリア)』!」


ルナが、瞬時に魔力障壁を展開する。しかし、糸は障壁をも貫通しようとしている。


「させるか!」


俺は、無数の糸が迫る中、その全てを拳で叩き落とした。ドゴッ!ドゴッ!と、爆発音が連続で響き渡り、毒液の糸が空中で霧散する。


「はぁ、はぁ……」


俺は、荒い息を吐いた。デススパイダーの瘴気は、俺の体をじわじわと蝕んでいる。


「アキラ様!瘴気が……!」


リリアが、俺の体調の変化に気づいた。


「大丈夫だ……まだ、やれる……!」


俺は、デススパイダーに向かって再び突進した。デススパイダーは、その巨大な鎌のような足で、俺を切り裂こうとする。


キィィィン!


俺は、デススパイダーの鎌を腕で受け止める。凄まじい衝撃が走り、腕の筋肉が断裂しそうになる。だが、俺は、その痛みに耐え、デススパイダーの鎌を力ずくで押し返した。


「アキラ様、私も加勢します!」


リリアが、聖なる光を放ち、デススパイダーの動きを鈍らせようとする。デススパイダーは、聖なる光に怯んだかのように、わずかに動きを止めた。


「ルナ、アリアさん!連携だ!」


俺は、叫んだ。


「了解!」


アリアが、デススパイダーの側面に回り込み、その足を狙って斬りかかる。


「『凍結爆破(フリーズブラスト)』!」


ルナが、デススパイダーの頭部に集中した氷結魔法を放つ。その攻撃は、デススパイダーの視界を奪い、わずかに動きを鈍らせた。


「今だぁっ!」


俺は、その隙を見逃さず、デススパイダーの瘴気の核である、赤く光る目を狙って、渾身の一撃を叩き込んだ。


「『究極貫通拳(アルティメット・ブレイク)』!」


俺の拳が、デススパイダーの目を貫いた。


グチャッ!と、不快な音が響き渡り、デススパイダーの体が大きく揺れる。その全身から、黒い瘴気が噴き出し、まるで断末魔の叫びのように、森全体に響き渡った。


「グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


瘴気を纏ったデススパイダーは、その体を大きく痙攣させ、やがて、その巨体を地面に叩きつけた。


ドゴォォォン!!


地面が大きく揺れ、周囲の木々がなぎ倒される。デススパイダーの体は、黒い瘴気を噴き出しながら、ゆっくりと崩れ落ちていった。


その場に、再び静寂が訪れる。俺は、荒い息を整えながら、崩れ落ちるデススパイダーの残骸を見つめていた。全身の痛みと、瘴気による倦怠感が、俺を襲う。


「アキラ様……!」


リリアが、駆け寄ってきて、俺の体を支えた。その掌から、温かい聖なる力が流れ込んでくる。


「やったな、アキラ!」


アリアが、笑顔で俺の肩を叩いた。


「貴方の力は、やはり底が見えませんね……」


ルナが、呆れたような、しかし、どこか嬉しそうな表情で俺を見つめた。


俺は、みんなの顔を見て、心から安堵した。また、一つ、大きな壁を乗り越えたのだ。


しかし、デススパイダーが消滅した場所には、奇妙なものが残されていた。それは、黒く淀んだ、小さな球体だ。その球体からは、微かに魔王の瘴気が漏れ出している。


「あれは……!?」


リリアが、その球体を見て、顔色を変えた。


「魔王の、残滓か……」


ルナが、警戒するように球体に近づこうとする。


「待て、ルナ!」


俺は、咄嗟にルナを止めた。その球体からは、危険な気配がする。


その時、地面が、微かに揺れた。


ドォォォォン……!


森の奥から、さらに巨大な、そして、おぞましい咆哮が響き渡った。その咆哮は、これまでの魔物の咆哮とは比べ物にならないほど、禍々しく、そして、圧倒的な威圧感に満ちていた。


「な、何だ……!?」


アリアが、驚きと同時に、警戒の表情を浮かべた。


「この魔力……尋常ではありません……!」


ルナが、顔を青ざめさせて呟いた。


「ま、まさか……あそこには、まだ、もっと強力な魔物が……!?」


リリアが、震える声で言った。


俺は、その咆哮が響いた方向を見つめた。森の奥から、巨大な影が、ゆっくりとこちらに近づいてくるのが見えた。その影は、あまりにも巨大で、森の木々をなぎ倒しながら進んでくる。


それは、まるで巨大な城が動いているかのようだった。その姿は、およそこの世のものとは思えないほど、異様で、そして、恐ろしい。


俺の体中の毛が逆立つ。本能が、警鐘を鳴らしている。


「あれは……」


俺は、その魔物の姿を見て、思わず言葉を失った。


それは、巨大な人型をしていた。全身は、漆黒の結晶に覆われ、その瞳は、血のように赤く光っている。背中には、禍々しい翼が生え、その手には、巨大な鎌のような武器が握られていた。


そして、何よりも俺を驚かせたのは、その魔物の頭部に、巨大な角が生えていることだった。それは、まるで、かつて俺が倒した魔王の幻影を思わせるような、そんな姿だった。


「……魔王……!?」


リリアが、震える声で呟いた。


ルナも、アリアも、その魔物の姿を見て、言葉を失っている。その圧倒的な存在感に、俺たちはただ、立ち尽くすしかなかった。


「なぜ……ここに……!?」


ルナが、震える声で呟いた。魔王は、数百年前の勇者によって封印されたはずだ。なぜ、こんな場所に、その姿を現したのか。


その魔物は、ゆっくりと俺たちの目の前に姿を現した。その巨体から放たれる瘴気は、周囲の空気を歪ませ、木々を枯らしていく。


そして、その魔物の口から、低く、しかし、この森全体を震わせるような声が響き渡った。


「……見つけたぞ……我の……力が……」


その声は、直接、俺の頭の中に響いてきた。


俺の力が、魔王の力と共鳴している?まさか、俺が、魔王の復活に関わっているというのか?


俺の頭の中で、セシルの言葉がリフレインする。『貴方は、この世界の希望となるかもしれない。あるいは、破滅を招く引き金となる可能性も秘めている』。


その言葉の真意が、今、目の前で現実となろうとしているのか。


俺は、震える手で、自分の胸を抑えた。体中の魔力が、まるで呼応するかのように、暴れ出しそうになっていた。


「アキラ様……!」


リリアが、俺の腕を掴んだ。その手もまた、震えている。


「ルナ、アリアさん……」


俺は、二人の顔を見た。二人もまた、恐怖と警戒の表情を浮かべていた。


「……逃げるぞ、アキラ!」


アリアが、叫んだ。その声には、焦りが滲んでいた。


「逃げられるわけがない……!」


ルナが、絶望的な表情で呟いた。魔王の瘴気は、すでにこの場を完全に支配している。逃げ場など、どこにもない。


俺たちは、目の前の魔王の姿に、ただ立ち尽くすしかなかった。

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異世界転生したら、なぜか俺だけ無限に強くなるんだけど、幼馴染の聖女様とヤンデレ魔術師と元勇者の姐さんとギルドマスターが俺を取り合って、世界が大変なことになっちゃってる件 境界セン @boundary_line

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