第13話 クラスメイト

「杉山君」


「川口さん、いつからそこに居たんだ?」


「少し前から。私も帰ろうとしてただけだから」


「そうか……まさか、俺たちの会話を聞いてたわけじゃないよな?」


「ちょっと聞こえたかな」


「そんな近くに居たのかよ」


「二人とも自分たちの世界に入りこんでたから気づかなかったでしょ」


「う……」


「さて……詳しく聞かせてもらおうかな」


「な、何をだよ」


「櫻川さんとの交際についてに決まってるでしょ。スタバでいい?」


「え、スタバ……まあ、いいけど」


「じゃ、行こう」


 川口に秘密を握られているような状況だ。拒否はできず、俺は黙って後をついていった。


◇◇◇


 スタバなんて入ったことがない。だが最近は椎子と一緒にいろんな店に行っている。まあなんとかなるだろう……そう思っていた俺の自信は、川口さんの注文を聞いた瞬間に打ち砕かれた。


「エスプレッソアフォガートフラペチーノのトール、エクストラホイップ、キャラメルソース追加、ショット追加で」


 はい? ……何を言っているのか全然分からないけど……

 店員はその呪文を当たり前のように受け取め、笑顔で対応している。


(マジか……)


「えーっと……」


 俺はメニューを凝視し、ようやく川口さんが言っていた名前を見つけた。


「エスプレッソ……アフォガート……フラペチーノで」


「サイズは何になさいますか?」


「サイズ……えっと、L?」


 それを聞いて川口さんがクスッと笑った。


「お客様、ではトールということで。640円です」


 言われるがままに支払いを済ませたが、コーヒーは出てこない。川口さんはすでに移動している。慌てて後を追った。




「杉山君、もしかしてスタバは初めて?」


「う、うん。こんなシステムとは知らなかったよ」


「システムって……ウケる」


 川口さんは面白そうに言う。だけど、俺としては必死なのだ。やっぱり馬鹿にされているように感じてしまう。俺でもそうなんだから椎子だったらもっと嫌になるだろうな。椎子があのとき「杉山君がいい」と言った理由も分かる気がした。




 俺たちはコーヒーを受け取り、席に着いた。


「じゃあ早速だけど……なんで杉山君と櫻川さんが付き合ってるの? 杉山君が告白したの?」


「いや、椎子からだ」


「へぇ……自然に名前で呼んでるし、ほんとに付き合ってるんだ」


「ほんとだよ」


 もっとも、俺もまだちゃんと理解しきれていない関係だけど。



「でも、櫻川さんが杉山君に告白するなんてすごく意外。なんで?」


「それは俺も驚いたけど……似たもの同士に見えたからだそうだ」


 世間知らずでいじられるのが嫌、なんてことは言わない方がいいだろう。


「似たもの同士かあ……確かに教室ではいつも一人で居るという点は似てるけど、それ以外は真逆な感じがするけどね」


「まあ、そうかもな」


 椎子は孤独を選んでいるタイプだが、俺は……単に誰からも構われないだけだ。



「杉山君が櫻川さんと付き合うのも意外。櫻川さんって美人だし、男子から人気あるけど、なんか……杉山君には合わないっていうか」


「釣り合ってないだろ」


「あ、ごめん。そういう意味じゃなくて……杉山君はなんというか……もっと目立たない子がタイプなのかと思ったから。ごめん、偏見だったね」


 川口さんから謝られたが確かに俺は本来はそういうタイプかもしれない。


「でも、話してみたら話しやすかったから」


「そうなんだ。で、今日はデートだったの?」


「まあそうだね。俺がラーメンが好きだから、椎子も食べたいって」


「ラーメンか。それで駅ビルって。バスセンターの方がラーメンは充実してるよ?」


 確かにバスセンターには有名なラーメン店が何軒か入っている。


「でも、あそこは学校の近くだし」


「なるほど。でも、ここも高校生多いよ?」


「そうみたいだな。誤算だったよ」




「でも、今日の櫻川さんなら大丈夫かもね。あれ、変装?」


「違うよ。ただの私服」


「そうなんだ。すごく可愛い子が居るって思って良く見たら櫻川さんだったからびっくりしちゃった。いつもより幼い感じじゃなかった?」


「そうだな」


「もしかして杉山君の好みの格好してきてもらったの?」


「違うよ。椎子が自分で選んだ服だ」


「そうなんだ。櫻川さん、いつもはガーリー系なんだ。意外……」


 こういうところでもたぶんいじられるんだろうな。それも椎子は嫌なんだろう。




「でも、今日二人が居るところ見たらお似合いだと思ったよ」


「そうか? 俺と椎子じゃ全然合ってないだろう」


「学校の印象だとそうだけどね。今日はなんか似合ってた。いいなあ、彼氏と彼女か」


「……川口さんは彼氏は居ないのか?」


「居るなら休日に一人で駅ビル来ると思う?」


「まあ、そうだな」


「ほんとは友達と来る予定だったんだよ。でもドタキャンされて。彼氏と急に会えることになったからってさ」


「それは災難だったな」


「でしょ? だから一人でブラブラしてたら、櫻川さんを見つけてラッキーって思ったんだけど……こっちも彼氏持ちだったか。告白たくさん断ってるって聞いてたけど、彼氏居るからだったんだねえ」


「そういうわけじゃないと思うよ。俺と付き合いだしたのは先週からだし」


「そうなの?」


「うん。まだ、付き合い始めたばかりだよ」


「そっかあ……じゃあ、お邪魔しちゃったね」


「いや、大丈夫だよ。そろそろ帰るところだったし」


「そうなんだ……あれ? その紙袋、櫻川さんが持ってなかった?」


「うん。俺に服を買ってくれたんだ」


「へ-、彼女のプレゼントか。見せて見せて!」


「ダメだよ。椎子が怒るかも知れないし」


「そっか。でも、櫻川さん、杉山君のような彼氏が居て良かったよ。クラスで孤立してるからさ、私も心配で出来るだけ話しかけてたんだけど、いつも冷たい反応だったから」


「悪気は無いんだ。椎子は人見知りだから」


「人見知りかぁ……じゃあ、慣れたら私とも友達になれるかな?」


「なれるさ。むしろ川口さんみたいな子がいてくれたら、助かる」


「そう? じゃあ、学校でまた話しかけてみようかな」


「うん、そうしてみてよ。今日のことがあったから、たぶん反応も変わると思う」


「それならいいけどね」


 川口さんが椎子の友達になってくれれば、椎子ももっと教室で素を出せるかもしれない。そうなればいいな、と思ったが、そうなったとき、俺の存在価値は無くなっていくのかもしれないな……


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