4. 五英雄
「……ちょっと、どこ行ってたの?」
数十分遅れて入場した、入学式の会場。
ただ一つ空いていた新入生用の席に座ったライトは、横に座るリディレアに小声で話しかけられる。この席はリディレアがライトのためにとっておいた席だが、そうであることをリディレアは伝えない。
もう既に入学式は終盤にさしかかっていた。残るは五英雄からの言葉と閉式のみである。
「ごめん、ちょっと野暮用があってね」
ライトは混濁する頭で、適当な言葉を取り繕う。そのままリディレアを一瞥もせず、何事も無かったかのような無表情を壇上に向ける。
そんなライトの様子を見て、リディレアは怪訝に眉を顰めたまま大人しく五英雄の登壇へ意識を傾けた。
後で問い詰めてやろう。そんな意気込みが腕を組むリディレアから感じ取れる。
周囲には遅れてやってきたライトなどまるで気にしない新入生たちが真っ直ぐに壇上を見つめており、その中にはパレードの最中に話しかけてきたレッディ=ウォレッドの姿もある。表情は真面目そのものだ。
曲者揃いの新入生たちがこの場においてこうも真剣なのは無理もない。
名家出身の権力者ですら望んでも会うことができない、英雄の姿が一挙に揃うのだから。
遂に新入生たちが待ち望んでいた進行に差し掛かる。
「英雄挨拶」
まるで騎士団長を彷彿とさせる凛々しい声が講堂に響き渡り、空気が少しだけ変わったのを肌身で感じられる。
登壇する、憧憬の対象。
新入生の殆どはあの五人から直々に教えを受けることを望んでこの学校に入学している。自分自身こそが英雄の恩恵を最も享受するに相応しい人物だと信じ込んでいる。
そんな若い顔をした無知蒙昧で傲慢無礼な新入生たちを、一度に壇上で横並びになった英雄たちはぐるりと睥睨した。
まず一番右の女性が口を開く。
「私たちの知識を求めてこの場所にやってきた君たちに名乗る必要は無いかもしれないが、改めて告げよう。私の名はアヴェレイデ=オースティンだ。まずは、私たちが才能を見込んで入学を許可した五十人全員が漏れなくこの式に出席してくれたこと、快く思う。遅刻してきた生徒が一人いるようだが……それはいい」
ここでアヴェレイデの言葉は一度途切れ、遅刻してきた生徒、ライト=セレンをギロリと睨んだ。
張り詰める、空気。
無表情なライトと、アヴェレイデの目が合う。
凍てつくような静寂が、新入生たちの緊張を引き上げる。
数秒後──アヴェレイデはふっと笑い、空気は弛緩した。
アヴェレイデは、赦したのだ。
睨みつけても動じない、ライト=セレンの常軌を逸した肝の座りように。
多少の殺意が乗せられていたこの視線に当てられた生徒がライトで無かったのであれば、この場は一瞬にして通夜の空気となり、アヴェレイデが言葉を続けるのは厳しくなっていただろう。
「……やはり今年の生徒は粒揃いだな。そう、君たちは選ばれし者だ。それを自覚し、この場に出席している者が殆どだろう。私たち英雄に次ぐ、あるいは超えるかもしれないその才能を伸ばしてやるのが、この学校の目的だ。存分に学び、知識を吸収し、成長してくれたまえ。皆周知の上で入学しているとは思うが、卒業式にこの場にいる五十人全員が揃う事は無いと断言する。ある者は別大陸で異形の餌になり、ある者は研究の果てに自ら命を絶ち、ある者は己の実力を理解し去る。そのどれもが、この学校では認められている。しかし私は、君たち全員がそれらの結末を辿る事なく卒業できるよう祈っている。以上だ」
英雄の一人目、アヴェレイデ=オースティンは堂々と言い放った。
腰まで伸ばした金の髪を靡かせ、鎧を模した白色の衣装を着ており、首から紫色の宝玉を下げているのが特徴的で、放たれる威圧感は英雄の中でもトップクラス。
あまりに整った顔立ちから男女問わずファンが多いのもアヴェレイデの特徴と言える。
自前の剣で敵を葬ることが多いので、
もちろんその剣も特別性で、探究者が追い求める秘宝、
数多の人間が探究者を目指す理由であり、その種類は枚挙にいとまがない。
剣や槍などの武器もあれば、ネックレスや指輪などの宝飾品もある。
その全てに
斬撃を飛ばせる剣、どんな攻撃すら無効化する外套、毒を感知する食器、折ると光る筒、身に付けると未来が見える腕輪──。
これらを得るために
その後も英雄たちの自己紹介が続いた。
幼女のような見た目に反して人類で最も異形を殺している戦闘狂。世界の発展に大きな影響を及ぼした『ゴーレム』の開発者──エルシラ=ヘリスタッド。
世界一の研究者は誰かと問われたら万人がその名を挙げる老爺。実験と称して数々の得体の知れない禁忌に手を染めてきた狂人──シデラック=デュレハン。
傷を癒やし、炎を操り、空を飛べる、世界で唯一の奇跡使い。幾億の空想を心象によって操れる大魔導師──シャンフェリア=ミリアーレ。
守護者殺しに最も貢献し、人類で初めて
以上、五人の英雄たちがそれぞれ軽く挨拶をして入学式は幕を閉じた。
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