0-2

ここはイゾルダ魔法学院付近。


山の中腹にある高原に位置する、露天カフェ。学院に近いし、店の中から見下ろした景色も綺麗なので、割と人気があるお店。

しかし、今日は休日ではないので、この時間帯の客は少ない。

唯一の客はいま、日傘の下でのんびりコーヒーを飲みながら、新聞紙を熱心に読んでいる。

顔は紙に隠され、見えるのは、被っている紺色のシルクハットのみ。

誰にも邪魔されない空間、彼にとって、これは紛れもなく、理想的に且つ優雅の、朝の過ごし方だろう。

ところが、理想の寂静は、瞬き隙に、現実の喧騒によって変貌する。その訳は、


山を貫く、聞き覚えがある泣き声。


「ふぇえええええええええええええええええええええええええええええ」


ナスターシャの泣き声と共に、空からタクシーが落ちてきた。

地面に衝突すると思いきや、シュネルは翼を水平に広め、地面に向かって、強烈な旋風を放つ、落下速度を緩めて、ナスターシャは悲劇の主人公に成れずに済んだ。

しかし、それはもう一つの惨劇の幕開けであった。


「おい、おい!何やってんだ、お前!」


食器が割れ、椅子が倒れ、机が傾げ、日傘が飛び、露天カフェはまるで台風に襲われたように乱れされた。


「おっと、旦那さん、これは失礼でした」


ワグナーは運転席から飛び降り、防風ゴーグルを外す。


「またお前かよ、これ今月何回目だ?いい加減にしないと、こっちも迷惑だ」

「そうじゃ!そうじゃ!」


何故か、シルクハットの紳士まで加勢している。


「わりぃ、後できちんと弁償する、今は急用があるから、見逃してくれ」


店長はシルクハットの紳士を見て、意見を求めているみたい。その紳士はワグナーさんを一瞥した後、店長に何かを伝えた。


「はい、はい、分かりました、お前さんには敵わないよ、まったく」


意外と融通が利く店長じゃ、まぁ、これにも深い理由があってな。


「おい、起きろ、お嬢さん」

「ここは天国ですが」


ナスターシャは弱い声で訊く。


「生きてるよ、早く行かないと、シュネルの努力が無駄になるぜ」

「はっ、そうだった。ありがとう、ワグナーさん、料金は幾らですが」


ナスターシャはようやく意識を取り戻し、鞄の中の財布を探している。


「金は要らない、早く行け」

「え?でも…」

「お嬢さんは可愛いから、無料でいい」


適当な事を言うと、裏目に出るぞ。


「へぇ~じゃ、やっば払いますね」


その言葉を聴け、急に真顔になるナスターシャ、財布を取り出す。


「冗談だ、ほら、前言ったじゃん、ここで取り立てる予定があるから、お嬢さんを“ついでに“ここに連れてきただけ、だから料金は要らないで、一応言って置くけど、あいつは随分と高い料金を払っていないぜ」


必死だな、ワグナーさん、必死ですぞ。


「そうですが。じゃ、私、急いでいるので」


おい、ちょろいぞ、ナスターシャ=シュメリング。


ナスターシャはそのまま校門に向かって走っていく。


「ひゅ~、危ない、危ない。お金取ったら、あの方に怒られるぜ」


ワグナーはナスターシャが学校に入ったのを確認した後、胸ポケットから懐中時計を取り出す。


「さぁて、あの方に連絡するか」


ワグナーは懐中時計の竜頭を押し、カバーを開く。


表示盤の上には十個の数字が刻まれている。

そして、もう一度竜頭を押すと、今度は魔法陣が現れる。魔法陣には零から九までの数字があり、ワグナーはその中のいくつを触る。


暫く経つと。


「何の用事かしら?ワグナー」


懐中時計から声が響いた。


「只今お嬢様の指示通り、ナスターシャお嬢さんを無事でここに連れてきました」


普段のワグナーと違って、喋り方が丁寧になった。


「こちらも確認しましたわ、ご苦労様でした」

「それともう一つ、お嬢様にご報告しなければならない事があります」

「何ですの?」

「任務を遂行するため、幾つの損害賠償を要求されたので、そこはお嬢様の力で解決したいと、伺います」

「まぁ、そうでしたら、後でわたくしが金を払いますわ」


カーンコーンキーンコーン、学院の鐘が鳴っている。


「あら、授業の時間だわ、連絡を切りますよ、ごきげんよろしゅう」


ガチャ。


「やれやれ、物好きなお嬢様だぜ」


カバーを閉め、ワグナーは懐中時計をしまう。


「よーし、帰ってヨハネさんの手伝いでもするが」


★★★★


少し時間を巻き戻し、ワグナーは謎の人物と連絡取っている時、ナスターシャは何とか遅刻の一分前で学校内に入った。


「遅い!シュメリングさん、君は何故いつもこんな時間で来るの?委員長の私の面子を潰す為か?」


教室の前には、きつね色の髪を逆立てている、相当に怒りが溢れっている委員長が立ち塞がっている。


「すみません、フックスさん、わざとではないので、許してください」


ナスターシャは頭を下げ、素直に謝る。


「ほう?わざとではない、じゃ理由を言ってごらん」


フックスはわざとらしく親切にナスターシャに聞く。


「その、遅くまで本を読んで、寝過ごしました、すみません」

「へー、じゃ、そんなに遅くまで勉強したら、魔法の一つか二つが使えるようになった?」

「いいえ、結局上手くいけませんでした」


しかし、その言葉は逆にフックスの逆鱗に触れた。


「はぁ?それであんたが許されるでも思ったのか?馬鹿馬鹿しい、これは何回目だ?才能もない奴が、人に迷惑をかけないと言う基本的な事も分からないの?」


教室から、軽蔑な笑い声が聞こえる。


「すみません、本当にすみません」


本来澄んで綺麗な青空は、今は雨雲で溢れている。


「ふん!あんたみたいな顔だけの…」


カーンコーンキーンコーン


「ちょっとよろしいでしょうか、委員長さま、間もなく先生が来ると思いますの、早く教室にお戻りした方がいいわ」


教室から、ちょっとピンクよりの赤い髪を持つ女の子が、窓越しでフックスに話しかけでいる、しかも、何故かちょっと怒りを我慢している顔に見える。


「そうですね、クラウスナーさん。ふん、あんたの運がいい、今日はこのくらいにする」


フックスはナスターシャを無視して、教室に入った。

委員長は行ったけど、ナスターシャはまだ頭を下げたまま立っている。


「シュメリングくん、授業時間だ、早く教室に入りなさい」


廊下の向うから歩いてきた先生がナスターシャを促す。


「はい!」


手の甲で顔を拭き、ナスターシャは先生に顔が見えないよう教室に入った。

しかし、席に向かう途中、明らかに誰かがわざと伸ばした足に躓く、転んでしまった。

教室内はまた、嘲笑が響く。

でも、その中に、一人だけ、心配そうにナスターシャを見ている。


「静かに!シュメリングくんも早く席に着きなさい」


先生は本に挟まっている杖を引き出す、天井にあるプロジェクターらしき物に指す。機械から光を放つ、先生の後ろにある黒板に投影した。


「え、今日は、前週説明した…」


それからしばらく授業が進む。


「…なので、これは便利な魔法でもある。それでは、理論の解説は以上です、みんなさん、問題がなければ、残り時間は練習時間になります」


先生が暫く待て、誰も手を挙げていないのを確認したら、そのまま続く。


「じゃ、二人一組で、さっき教えた呪文を練習しましょう」


生徒たちはのろのろとペアを組み始め。その中、クラウスナーは、ナスターシャに近い、話し掛けようの突端、委員長は二人の間に割り込んだ。


「私、クラウスナーさんと一緒に練習したい、いいかな?」


明らかな作り声、ちょっと鬱陶しい。


「わたくしですか?別に構いませんわよ」


と言いつつ、ちょっと残念そうに見えるクラウスナー。

しばらく経つと、みんなが練習を始めった、しかし、ナスターシャは当然、誰とも組んでいない。


「仕方がない、シュメリングくん、私があなたの相手にしよう」


この状況を見た先生は、ナスターシャを呼んだ。


「さぁ、さっき教えた魔法を試して」

「は、はい」


ナスターシャは両手を前に伸ばす。


「コ、コンバージェンス、」


掌から魔法陣が生成し。


「ヴェ、ヴェーニヒ、ヴァ、ヴァッサー!」


そして、両手から、熱いお湯が出てきた。


「シュメリングくん、これ、そういう魔法じゃないよね?もう一度やり直してください」

「ははは、はい!」


緊張で声が震えるナスターシャ。


「コ、コ、コ、コ、コンバージェンス」


彼女の周りに、多数の魔法陣が現れ、他の生徒が何かを察したように慌てて下がっている。


「待て、シュメリングくん、落ち着きなさい!」


先生が彼女を止めたいが、時すでに遅し。


「ヴェーニヒ、ヴァッサー!」


大量の水蒸気が湧き出す、次の瞬間、

激しく発散する火花と共に、巨大な衝撃波が空気を渡り、窓ガラスに伝わる。破裂したガラスは、遠く飛散する破片で、その威力を語る。

霧が漂う混乱の中、一人がこっそり杖をしまう様子が見える。


幸か不幸か、ナスターシャは魔法が下手なので、衝撃を受けでも、怪我した人はいない。

でも、爆心地にある彼女は、流石に重症以上があるだろう、誰にもそう思った。

しかし、煙が消散して、ようやく姿が現れたナスターシャは、目に見える外傷がない、ただ気を失われ、倒れているだけ。


「あの馬鹿、自分の魔法で自分すら殺せないの?どこまで無能な奴だ」


委員長が不満そうな顔で暴言を口にしたか。周りは騒がしいので、先生の耳に入っていない。


「静かに!静かに!残り時間は自主練だ、私はこの子を保健室へ連れていく」


先生は杖で、机を宙に浮く担架へ変化する、それを使ってナスターシャを運ぶ。

こうして、ナスターシャは爆発の衝撃で気を失った、今後は如何なるか、それは、まだ知らない。

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