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「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
「ねぇ、昨日の課題、難しかったでしょう?まったく、あの荒地のような頭皮を持つ先生、一体何を考えているかしら」
挨拶と雑談の声があっちこっち聞こえて、今日の登校風景も相変わらず賑やか。
茜色のベレー帽や帽子付きのマントをかぶっている女の子たちが広大な校門の下をくぐり、ぞろぞろと学院の敷地に入る。
ここがベルトゥルフ共和国国内最大の魔法学院、イゾルダ魔法学院。
かつて有名な魔法使いが設立し、今は全国一の魔法学院として認識されている。
一見女の子しかいないが、一応男女共学制ではある、何故か知らないが、女子生徒の比率が圧倒的高いじゃ。
多分男子はみんな、己の肉体を使った戦い方の方が好みじゃろう、知らんけど。
さぁて、何故今ここにいると、それは勿論……あれ?
そういえば、あの方が見当たらないぞ、あの方がいないと話が始まれないのじゃ。普段、多少遅れるとは言え、この時間帯なら学院の前にいたはず、しかし、何処にもいないぞ、まさか、まだあの場所にいる?
あの場所と言うのは、あれじゃ、昨日も見たあそこ、ヨハナ荘じゃ。
急いで見に行くのじゃ。
お、おや、急いで見に来たが、やはりまだ寝ているみたい、この時間でまた寝ているのは流石にまずいぞ。
幸せそうな顔で寝ているが、災いはもうすぐ来るぞ、おっと、言っているそばからもう来たらしい。
「ナスターシャ、ナスターシャ、ナスターシャ=シュメリング!」
部屋の外、寄宿舎の寮母、ヨハネは、片手でフライパンを持ちながら、ドアをノックしている。
「むにゅ、むに、何だ?」
それでもナスターシャはまだ目覚めていないみたい。
「何だ、じゃないわよ!君はいつまで寝るつもり?他の生徒たちは既に学院に行ったよ!」
ヨハネはノックし続ける。
「うん~もうちょっと寝かせて」
ナスターシャは返事したけど、ただ寝返りを打つだけ、起きる気はないようじゃ。
「そうか、わかった!じゃ、遅刻したから文句を言うなよ!」
匙を投げたヨハネは部屋の外から離れ、階段を降りた。
「遅刻?そんな事ないよ、だって今はまだ…」
ナスターシャは半ば閉じた目で時計を見た次の瞬間、瞼に閉ざされたアレキサンドライトの蒼い光輝は一気に放つ。
「ふえええ!もうこんな時間?」
午前六時十分、この世界では場合によって遅刻でもおかしくない時間じゃのう。
あまりの驚きで、ナスターシャはベッドから飛び出し、周りに散らかっている本を蹴った。彼女は足の痛みを我慢しながら寝間着を脱ぐ、制服に着替える。茜色でフリフリのスカートを穿く、真っ白なブラウスを着る、帽子付きのマントを羽織、胸元に大きなリボンで結び付け。そして長い髪を二つの赤い帯で適当に結び、無造作なお下げを作り、その上にベレー帽を被る。最後は白いニーソックスを履く、それといつも忙しいので、予め紐を結んだブーツに足を入れ、鞄を掛け、杖を背負い。慌てて部屋を出て、階段を降りた。
「ちょっと、ちょっと、そんなに慌てるな、ゆっくり降りないと、また転んでしまうよ。だから言ったじゃない、早く起きないと後悔するで」
まるで階段から転び落ちた速さで降りたナスターシャを見て、ヨハネは思わず説教を始める。
「あ、あの、もう時間はないので、説教は後でいいです。それより、朝ごはんはまだありますか?」
ナスターシャはキッチンのカウンターに覗き込み、食べ物を漁っている。
「一応今すぐ用意できるのはこれしかないけど」
ヨハネは残り一本のステッキパンを取り出す。
「ありがとうございます、じゃ、急いでいますので、うってひまふ(行ってきます)」
パンを咥えながら、ナスターシャはすぐ玄関を出た。
「ちょ、たまにはちゃんと朝食を食べなさいよ!」
しかし、ナスターシャはもうヨハネの声を聞こえないらしい。
「はぁ、あの子はいつもそう。だから、一年以上経っても大きくならないかな」
果たして、ヨハネは身長の低いナスターシャが心配なのか、それでも、いつも自分で起きないナスターシャを思い悩むのか。我はその答えを知らぬ、そんな事より、ナスターシャの方が気になるじゃ。
ヨハナ荘を出て、ナスターシャは大通りのバス停でバスを待っている。しかし、次のバスは十分後、そもそも今の時間じゃ、バスが来ても間に合いません。焦っているナスターシャは落ち着かないハムスターのように周りをちょろちょろ見ている。
「ど、ど、ど、どうしよう、このままじゃ本当に遅刻しちゃう」
その時、困っているナスターシャの後ろに、とある男が声をかける。
「よう!ナスターシャちゃん、今日はまた遅刻かい?」
「あ、ワグナーさん、おはようございます。って、遅刻は何ですが、まだそうなる決まりはないですよ」
ナスターシャは頬を膨らんで話しを返した。
話しかけたのはワグナー、ワグナーは苗字だけと、ナスターシャは彼の下の名前を知らない。
彼は約一年前から、このあたりでタクシーの運転手をやっている。
あ、そうそう、タクシーとは、そなたたちが思い浮かんだ物ではないぞ。タクシーは馬じゃ、いや、鳥が?魚とも言えるな、とにかく、鳥みたいな翼の生えた魚が馬として使える動物の事じゃ。
とても素早い上に飛べる、だから車台を引っ張って、交通工具として非常に便利。一般的には、バイクみたいなハンドルで操作する、そのハンドルにはタクシーに指示を伝える仕組みが内蔵している。それと、さっき言ったバスは比較的大きな個体じゃ、力持ちだから乗せられる客もタクシーより多いぞ。え?まんまじゃねぇかって?それは当たり前なのじゃ、分かり易くために我が適当に訳した名前じゃからな。
「それはどうかな?残り時間は十六分、しかしバスは後二十分、仮に今乗ったでも十八分掛かります、無理、無理、絶対無理だ。」
正論を言っているが、ちょっとうるさく感じるなこの人。
「そんなの分かっている、だから今悩んでいるじゃないですが。せめてもっとうまく魔法を使えば…」
絶望でどんどん声が小さくなるナスターシャ。
魔法が上手な人なら、個人用簡易型機械タクシーで学校に飛んでいけばいいのにな。しかし、ワグナーさん、あまりナスターシャをいじめない方がいいぞ、その子、すぐ泣くぞ。
「まぁ、まぁ。落ち着けて、お嬢さん。俺が言いたいのは、そんな頼りないバスより、俺のタクシー、シュネルちゃんに乗った方がいいぜ」
「え、いいですが?ワグナーさん。あ、でも、今日はヨハネ荘のガーデンの手入れを手伝う予定があるじゃないですが。遅れたら、またヨハネさんに怒られますよ」
ナスターシャは嬉しいに見えますが、この期に及んでまだ他人の事を心配している。
「いいで、いいで。あのばばぁ…じゃなくで」
ナスターシャの目線を感じて、ワグナーはヨハネの悪口を言うのを止めた。
「ちょうど君の学院付近でこの前タダ乗りした奴に取り立てる予定があるさ。順路だから、ついでに君を学校まで運ぶでもするかっと思っただけ」
何じゃい、そのツンデレのテンプレみたいなセリフ。
「そうですか、それじゃお言葉に甘えで。」
ナスターシャはタクシーに近づき、車台に乗りたいが、長々上れない。ちっちゃい彼女にとって、車台の位置は少し高いようじゃ。
「どうした?俺の手伝、いる?」
ワグナーは運伝席に上り、車台に顔を振り向き、頑張っているナスターシャに聞く。
「だい~じょう~ぶ、はぁ、ですっ、気、にしないで、へぇ、ください」
たかがタクシーを乗るだけで、こんな必死する彼女が、とても大丈夫には見えません。
「そう?じゃ、そろそろ行かないと間に合わないから、出発するぞ。あ、先に言っておく、俺のスピートはかなり速い、ちゃんと座る方がいい、準備はいいか?俺はできてる」
ワグナーは頭上に乗せている防風ゴーグルを目にかける。
「え?ちょ、今シートベルトを…」
やっと車台に乗ったナスターシャはまだ座席の上に伏せたまま、シートベルトを掴み、閉めようとしている。
「出発!」
っと、掛け声と同時に、シュネルの鰭から魔法陣が一瞬に生成し、間もなく高圧の水を噴出し、車が撃針に叩かれた弾丸のような勢いで、超高速で発進した。
「ふぇええええええ」
物凄く勢いで、ナスターシャは危うく、いや、もう飛んだ、彼女じゃなくて帽子が。しかし、間一髪のところでシュネルの尻尾に当たり、座席に跳ね返った。
「うへっ、いったいいい」
顔は帽子に強打され、ナスターシャは悶絶の悲鳴を発する。
「ハハッ、わりぃ、防壁の起動を忘れた」
ワグナーはハンドルの下にあるボタンを押し、車体の周りから透明な液体が生み出し、球体に固まり、バブルみたいな防壁が形成した。
「いやいや、そんな事より…」
ナスターシャは帽子を被り直し、ようやくシートベルトを締めた後、ワグナーに文句を言いたいみたいが。
「おっと、お嬢さん、お喋りは推奨しないぜ、」
ナスターシャの話を中断し、ワグナーはハンドルを全力で左に回す。今度はシュネルの右翼から魔法陣が生成、強烈な風を引き起こし、車をほぼ垂直に左に曲がった。
「舌を噛むからな」
「もう何も言いたくないよ」
どうやら、ナスターシャはもう文句を言う気力を失ったみたい。
街の風景は音速で溶け込む、見慣れた色とりどりの景色も、こんなスピーディーの世界では、単なる素人がパレットの上に掻き混ぜた混沌な絵の具。
「すごいだろ、普段はもっと速いぜ」
「ワァ、スゴイデスネ」
その心が込めていないコメント、差し詰め、ナスターシャはどんどん感情が失われている。
タクシーが順調に学院に近づいている、しかし、その時、彼らの後ろから一匹のタクシーがほぼ同じ速度で迫ってくる。
「そこのタクシー、止まりなさい!スピート違反だ!」
メガホンの警告とサイレンが聞こえる。
「まずい、察だ。こうなったら高速空路に行く、そっちの方がはやい」
その発言をしたワグナーは、もう一つのスイッチを押す。そしてシュネルの尻尾から莫大なエネルギーが蓄積、放出した水蒸気と気流によりジェットストリームが生成し、車をロケットのように一気に高空に打ち出す、青空に綺麗な円弧を描く。
「こら、待って!」
しかしサイレンの音階は段々低くなり、最後は距離によって聞こえなくなった。
「止まらなくても大丈夫ですが」
ナスターシャは心配そうに後ろを見る。
「平気、平気、あいつらはただ遊びたいだけさ」
「あ、そう」
目の光を失ったナスターシャ、多分、心の中はもう「早く降りたい」という考えしか残っていない。
しばらく高速空路で十分間くらい走る。
タクシーの上、集中運転しているワグナーと活力を失ったナスターシャが静かに座っただけ、会話もない。
「あ!」
「どうしたのですが?ワグナーさん」
ワグナーの一声で自我を取り戻すナスターシャ。
「さっきの場所で空路を降りるべきだった」
「えええ、それじゃUターンして戻します?時間はまだありますから」
「いや、」
ワグナーはハンドルに嵌める羅針盤を見ながら答える。
「このまま直接降下する」
「えええええ、嘘でしょう?」
「しっかり掴まれ!」
シュネルは車両の流れから離れ、垂直で、一直線で、真下に降りていく、いや、これはもう落ちていくって言った方が正しいだろう。
あまりの衝撃で、ナスターシャはついに髪の色まで失われている。
あ、違う、彼女は元々こんな髪色でした。
タクシーは徐々に雲の下に消え、そして、残されたのは、
「きゃあああああああ」
空に響く、少女の叫び声。
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