ピエリスジャポニカ~『チートがなければ古文書を解読すればいいじゃない』と思った僕はケーキより甘かった~

天夜水翔

第一部

プロローグ

色褪せていく空、

枯れ朽ちていく大地、

腐り果てた屍、

地平線の向こうまで続く、世界の終焉のような光景。


ここ数年の平和はまるで幻のように……

どうして、こうなっただろう?


「ううううぇ!」


生気のない呻き声が私を現実に引き戻す。

正常な人間では絶対ありえない角度に曲がった腕が、私の首を絞めるように伸ばしてくる。

そんな単調な攻撃を避け、私は一気に距離を詰め、杖の先端を相手の鼻先に突き指す。


「―――!!」


光は一瞬で杖のクリスタルに凝結し、剣となり、伸ばした時の勢いでその皮膚が剥がれた醜い顔面を吹き飛ばす。

私はその状態から更に体を捻じり、この一帯の敵を薙ぎ払う。


頭を失った屍は塵となり、崩れ、その場所から黒い靄が出て、遠いどころへ飛んでいく。


多分これで暫く敵は来ないだろう。


私は一安心して、杖をしまう。


「!!」


しかし、その時、大量な黒い触手が私の周りの地面から湧き出し、蠢きながら一気にこっちへ攻めてくる。

私は急いで杖を取るようとしたが、もうその必要はないらしい。

空から風刃の雨が降り注ぎ、触手たちを漏れなく切断した。


「繧繧繝吶ちゃん、大丈夫?」


ピンク混じりの赤いロングヘアを持つ女が空から降下し、私に話しかける。


「お互いいい年だから、その呼び方はもうやめない?繝輔繝繝」

「相変わらずまじめね、繧繧繝吶、まぁ、その様子だと無事みたいね」


彼女は私の無事に喜んだが、その表情にはどこか悲しさにも見える。

やはり、彼女はこれからやることに、まだ躊躇があるみたい。


「なぁ、繝輔ぇ繝、やはりあの子を殺すのは、嫌なの?」

「いえ、ただ」


私の質問に対して、彼女は苦笑いしながら答える。


「なぜ、こんな事になったかなって、思っているだけ」

「それは……」


それは、私の不始末がすべて元凶と言いたいが、きっと彼女に否定される。

誰にも非がないだ、誰にも。

ただ不幸が重ねって、今の事態になっただけ。

どうしても誰かに責任を押し付けたいなら、私は神だと答える。

しかし、それはただの現実逃避、だって、この世界に神なんで存在しない、私は誰よりも分かっている。


「……それじゃ、あまり時間がないので、そろそろ行かないと」


そうだな、もう時間がない、彼女の背中で羽ばたいている光の翼を見て、私もそう思う。

だから、せめて最後まで彼女の傍にいないと。


急いで携帯食のパンを口の中に突っ込み、私も……縺ァ代喧……


行くな!


……彼女の……シ援ヲ……


行ったら後悔するぞ!


ワタシが……あのヒトヲ……た……すのハ……


だから行くな!


はっ!

……うん?

突然風景が変わり、目の前に広かっているのは見慣れていた空間。


今のは……夢?


それにしても懐かしい夢だな、前見た時はいつだっけ?

あまりに昔の事なので、憶えていない。


まぁ、いい。


それよりはやく今日の日課を終わらせよう。


桃色の屋根、新緑の葉っぱのような色に塗られた壁。

月光に照らされ、夜中でもその鮮やかな色を呈する。

原色の木の柱も加えて、町中のどこかに立ち止まっても、まるで桃林にいる雰囲気を感じる。

街の景色が名前を表すように、この場所の名はプフィルズィヒ区。


ここは元ベルトゥルフ王国、今のベルトゥルフ共和国の首都である王都エルビンの居住区の一区。

まぁ、王都と言っても、そんなに賑やかな場所ではない、何故かというと、ここは王都一番外側にあるから。


エルビンは三つの輪に分かれ、一番外は居住区、二番目は商業区、そして中央は行政区。

総面積はおよそ三万平方キロケルパー、まぁ、わかり易く言えば、大体ニューヨーク都市圏の二倍くらいある。

更に都市のほぼ全体が山沿いに立っており、高低差は非常に激しい、中心に近づければ近づくほど標高が高くなる。

魔法と技術の進歩のお蔭で、都市内移動は困難な事ではないとは言え、都内での移動はやはり時間がかける。

残業や夜遊びしたい人は結局商業区や行政区に残る、だから、この時間帯ならここはあまり人気がいない。


その証拠は明かりのなさ、常に明かりがついている街路灯以外、ほとんどの家の明かりがついていない、と言いたいが、今は一箇所だけついている。


それは街中心の大通りの傍にある、三階立ての家。

この建物特徴というと、やはりその周りと比べでも遜色ない、派手なマゼンタの粘土瓦屋根。

入り口の前にはタイルで看板として、ヨハナ荘と、ここの名前を書いている。

明かりがついているのは三階の一室、部屋を覗き込むと、そこには、小さな女の子が、ベッドの上で、一冊の本を読んでいる。


サファイアの輝きを持つ瞳は、本の文字を追って、一定のリズムで左右に揺れている。


「魔法とは、自分の魔力をエネルギー源にし、あらゆる物理の法則を無視して、術者が望む現象を起こす。しかし、術者本人が、その物理の法則を熟知しないと、真の効果が発揮できぬ。なので、この本は、基本の魔法を使うに必要の知識を、読者が分かり易く方式で説明します」


さくらんぼのような小さな口で、女の子は声を出して、内容を朗読する。

しかし、読めば読むほど、その透き通った白肌と桜色の頬はどんどん暗く見え、白銀の眉毛も徐々に下げている。


「はぁ……何か『分かり易く説明します』だよ、全然理解できないじゃん、折角奮発して高価な参考書を買ったのに、これじゃ駄目だ……」


女の子は諦めて本をベッドの上に放り出す、よく見ると、ベッドの周りは既に、何冊の本が散らかっている。

本を読むのを諦めた彼女は仰向けになり、天の川のように長く伸びている髪をベッドの上に広がる。

暫くすると、彼女はぷくぷくした両手で小さな顔を叩き、活を入れる。

再び起き上がった彼女は別の本に手を伸ばす時、ついでに時計を見る。

すると彼女の動きが止まった。


「やっべ、そろそろ寝ないと」


その言葉のお蔭で、一人寂しく煌く灯がようやく、徹夜から解放された。



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作者です。

概要欄で書いてあった通り、この作品は以前別のサイトで投稿したことがあります。

なので、一応ネタバレ防止のため、コメントを非表示にさせてもらいます。


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