婚約破棄されたので、年下癒し系男子の推し活に励みます!

星雷はやと@書籍化決定

第1話 婚約破棄①



「アンネット。……その……今回のことは……本当にすまない……」

「お父様? 如何なさったのです? 大丈夫ですか?」


 麗らかな昼下がり。我がプライマー伯爵家の執務室に、苦しそうなお父様の声が響く。お父様は普段とは違い、顔色が悪く汗をハンカチで拭う。その姿から、私が呼び出されて理由は良いものではないようだ。私はお父様の様子が心配になり、ソファーの隣に座る。


「フェレッタ侯爵家から……婚約破棄をされてしまった……」

「……っ!? それは……」


 告げられた言葉に、思わず息を飲む。お父様の執務室に呼ばれた時から、何か嫌な予感はしていた。しかし、婚約破棄を告げられるとは予想外である。

 私はアンネット・プライマー伯爵令嬢。私には婚約者が居た。元婚約者は五歳年上のエリック・フェレッタ侯爵子息である。学生の身分である私とは違い、既に騎士団に所属している騎士だ。彼と顔を合わせたのは、婚約の書類にサインをした際だけである。

 婚約後に食事やお茶会に誘う手紙は出したが、返事はいつも『忙しい』の一言だけだった。そして婚約者としての体裁を取り繕う為に、贈り物が家に届くだけである。婚約の際に交わした紙一枚と同じ、浅い関係だったのだ。


 そもそもこの婚約は侯爵家からの一方的なものであった。


 伯爵家である我がプライマー家は頷くしかなかっただけだ。伯爵家が爵位の上である侯爵家から、婚約の打診をされて断れる訳がない。

 だがフェレッタ侯爵家が何を考え、婚約を打診したのかは謎である。我がフェレッタ侯爵家は特に秀でた物はない。領地に特産物があるわけでも、両親や親族が高官の役職に就いている訳でもないのだ。誇れることと言えば、真面目で誠実でことぐらいである。強いて言えば、私が隣国出身の祖母譲りで魔力の質が高いことぐらいだ。

 だがフェレッタ侯爵家も魔力が強い。彼らが欲しがるようなものを、私もフェレッタ侯爵家も持ち合わせてはいない。このまま婚約が続き、結婚を果たしてもフェレッタ侯爵家が得をするようなものはないのだ。そのことが不可解でしかない。


「すまない……アンネット。フェレッタ侯爵家に申し立てをしたが……相手にされなくてね……。私にもっと力があれば……」

「いいえ、お父様。私なら大丈夫ですわ」


 お父様は私に謝罪をする。しかし私は首を横に振った。悪いのは一方的な婚約と婚約破棄をしたフェレッタ侯爵家である。

 この婚約に愛はなかった。あくまでも紙面上の契約のようなものだ。


 しかし侯爵家との破談は、我が家に損をも齎す。


「お父様、婚約破棄の理由をお尋ねしても宜しいでしょうか?」


 私は婚約破棄の理由を求めた。


 貴族同士の結婚は政治的な面や、お互いの利益によるものが大きいのだ。だが幸いなことに侯爵家から何か支援を受けたこともなく、逆に見返りを求められたことも無い。それ故に、何か明確な損害が生じる訳ではないのだ。

 しかし侯爵家からの一方的な婚約と婚約破棄は醜聞が悪い。周囲からすれば、婚約破棄をされる側に問題があると判断をされてしまうのだ。婚約破棄をされる問題の令嬢が居るというのは、他の貴族たちとの関係にひびを入れる。商談や取引先など、様々なマイナスの影響をプライマー伯爵家に与えてしまう可能性があるのだ。


 フェレッタ侯爵家からは何の援助も受けてはいないが、婚約破棄という汚名は我が家に不利益を齎す。元婚約者としてもプライマー伯爵令嬢としても、婚約破棄の理由を知るのは当然である。



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