ドぽっちゃり美少女系新人V・満福まる太の中のひと

来生ひなた

贅肉時代の到来に捧ぐ



 私、ともえ 満月みつき、明日で十八歳!!

 私には長年の悩みがあった……それはちょ~~っと人より、ちょっと、ほんのちょっと太めな体型。


「でも、いよいよ明日でこの忌々しい外見ともオサラバよぉ! 待ってなさい、私の百万人のファンたち!」


 おろしたてのマイクが、机の上で首を長くして朝を待ってるふうに見えた。



 世は大・大・バ美肉時代!! 老いも若きも配信に取り憑かれ、中でも顔バレの心配がないバーチャルアバターを用いたV配信は、親しみやすさもあって広く注目を集めていた! 私は、中学の頃からVデビューを誓っていた! どれだけおやつを我慢しても一向に痩せないこの肉体へ早々に見切りをつけ、ネットの世界で美少女に生まれ変わろうと目論んだのだ!


「誕生日おめでとう、愚妹よ。兄ちゃんからは約束通り、お前のために作成した2Dモデルを贈ろう」

「待ってましたッ 流石は時間だけは余ってるニート! もとい、それは世を忍ぶ仮の姿! その正体は数多くの人気Vを世に送り出したママ、カリスマ絵師・せんべろ正吉まさきち!」

「持ち上げても表情差分は増えないぞ」


 兄貴とは成人するまで大人しくしている約束で、無事にジュウハチを迎えた今、その軛から私は解き放たれたッ! 身内割引のためゴマをすりまくり、毎日の風呂掃除と現金五千円で作ってもらったアバターは、私の発注どおりボン・キュッ・ボンのオッドアイ美少女――


「どうだ、お前によく似て可愛いだろう。まるまる肥えたぽっちゃり系V『満福まんぷく まる子』だ」

「似せてどうすんだバカ兄ぃぃぃぃぃ!!」

「いや、まる太のほうが更にふとましい感じがして縁起がいいか? 男の娘設定で……まあ今どき男の名前の女配信者くらい珍しくもないか。まる太でいこう」

「勝手に話進めてんじゃねえーーーッ!!」


 クソ兄貴、ボケるにゃ若すぎると思っていたが、世を捨てた人間は老成するのも早いらしい。顧客の注文を総無視のうえ納品されてきた美麗絵は、ボン・ボン・ボンと景気の良い体格で愛嬌たっぷりに微笑んでいる。あ、オッドアイのところは叶えてくれてる。なら余計注文改変がタチわりーじゃねえか。


「俺は多くのVに肉体を授けてきた。その中で痛感したのだ。現し世はあまりに生きづらさに満ちている」

「返品! クーリングオフ!!」

「書き直しはリテイク工賃を正規の額で請求するぞ。まあ聞け。この世は何でも外見だ。男女の美醜の話だけじゃないぞ、おっさんがカワイイものを愛でるのは顰蹙を買うし、女は怒らないと思われて痴漢だなんだとナメてかかられる」


 言わんとすることはわかる。私だって、ごはん屋さんで何も言ってないのにおかわりは別料金ですって厳しい顔で告げられることしばしばだ。失礼極まりないね。ちゃんと事前に大盛りオーダーしておくし。


「だから兄ちゃんは、依頼者の魂にふさわしいカタチを与えることにしている。カワイイものを気兼ねなく愛せる姿、男からナメられず奔放にやれる見た目。その人がしたいことを、外見の偏見から解き放てるアバターを」

「私の場合はこれが魂のカタチだと?」

「ふとっちょでカワイイだろう。これからの時代はドカ盛りだぞ」

「そんなおっぱいだ太ももと同じ感覚で全身盛ってんじゃねえ、ガバガバ近視野郎! メガネ新調しろ!」

 

 あったまきた。このやろう、可愛い妹が何に悩んでバ美肉を企てたか右から左に全部抜けてんのか。私なりに体質に悩み抜いての、やっと見つけた希望だったのに。だが兄貴は首を振ってよくわからない講釈を続ける。


「お前な、健康的に太れるのも才能だぞ」

「はああ?」

「とにかく、リテイクには金がいるぞ。俺も一応は売れっ子なんでな。お前、配信機材買うのにバイト代ぜんぶ注ぎ込んですっからかんだったはずだが……工面できるのか?」

「ぐぬっ ぎぬっ」

「まあ、騙されたと思って俺のプロデュースを受け入れろ。俺の仕事垢でしっかり宣伝してやるし、経費も全部出してやろう」

 

 手始めに、と差し出されたのは配信定番の知育菓子だった。



【新人V】満福まる太が知育菓子食べてみた【生配信】


『はーいどもー……ハジメマシテー……満福……まる太でぇ~す……』


《うお……》

《はじめまして!》

《正吉ママの末っ子か すごい……見た目だな……》


『今日は、懐かしの駄菓子を紹介したりしていきます……見えてますかね、手元のサブカメラ』


《見えてる!》

《なんかリアルの手も丸っこいな》

《また知育菓子かよ、最近の新人はワンパターンだな》

 

『混ぜてー……色が変わりました。食べます……味はまあ、駄菓子って感じ』


《ハジメテで緊張してるのカナ?》

《反応ふつー》


『……………………足りねえなこれ』


《ん?》

《は?》


『すみませんちょっと席外します』

 

《放送事故》

《おいおい自由自由》


『えー、台所見てきましたが使えそうなお菓子がない。すみませんが、今からカップめんのレビューに切り替えます』


《ふぁーーーーーーーーーー》

《お湯入れてきたwwwwwwwwwwww》

《  大  物  確  定  》


『おいし~~~~はふっずるっ やっぱマルトクヤの鬼BIGみそコーンが黄金ですね。しおならカップラメンメのシーフード・SIOが最強。みなさんは……ふずっ ほふっ んめ、どこのラーメンがオススメです? 今度それ食べるんで』


《すげえよこのデブ、この見た目で期待されるすべてを叶えてる》 

《自由すぎる女》

《方便じゃなく絶対食べてくれるという信頼がおける》

《ハミマ限定のミミガー豚骨めちゃうまでした》


『んぐっ んぐっ ……ぷはーーっ ごちそうさまでしたーー!! あれ、なんか同接めちゃ増えてません?』


《伝説が生まれる瞬間に立ち会えると聞いて》

《これ地味にすごいな、なんでこんなVがメシ食う仕草の2Dモーションだけ豊富にあるんだ 新人だろこの子》

《正吉ママすげえ……時代はあんたのもんだよ……》

《気持ちの良いごちそうさまが言える子 いい子》

 

『……ぬぐぐ』



 ……こうして、アホの兄貴の口車に載せられ渋々始めたV配信は、謎に食レポ(……とこのアバター)がウケて大成功を収めたのだった。納得いかない!



「え、兄貴、コンビニ各社の取り扱いカップめん全種類買ってくれるの!? 配信が条件!? 足元見やがって!」


《すんげー食うなこのデブ》

《健啖家だよね》

《俺も同じの昼に食べたよー》


 

「妹よ、洋風と和風どっちがいい?」

「え、洋風……待ってまた配信のネタ? もう大食いデブ呼ばわりされたくないんだけど!」

「そろそろ月見の季節じゃないか? 駅前のマクドナはいいとして、ボーガーキングやドナドナバーガーは車出さないと行けないよな。俺は免許持ってるぞ」

「行ぐぅ〜〜元太ッキーも連れてってぇ゛〜〜」


《大手チェーンの月見食べ比べ、🪵の配信が一番見応えある》

《あ゛〜〜こんな時間に見るんじゃなかった》

《ろくに感想言語化してないのに、食べてるASMRとアバターの笑顔だけでもうお腹いっぱいになる へんなⅤ》

《🪵ちゃん、北海道来たらシッパイマートの限定月見も食べてみて!》

 


『このはうぴあ? ってのおいしー!! えっパンケーキすごっ デカッ 鬼盛りクリームごっつあんです!!』


《うまそうにたべるなぁ》

《🪵のおかげで拒食症が治りました》

《っ5000円 これでおかわりして》

《こころなしか、アバターがさらにもっちりしてきたような……》

《↑シッ 黙ってろ 痩せたらどうする》

 


 チャンネル登録者数は右肩上がりに好調。アーカイブも順調に再生数が伸びて、とんとん拍子に収益化までできちゃった! ……でもなんか複雑。私が思い描いてたⅤってのはもっとこう、オシャレで、かわいくて、歌とか歌っちゃったりもして⭐︎ ……私、食べてるだけじゃん。それ、Ⅴでやる意味ある?

 

「次は白米に合う焼肉の部位決定戦でいくぞ。そろそろ有名Ⅴとのコラボもいいかもな。ツテから打診を受けている」

「ええー……」

「なんだ、乗り気じゃないな。おにぎりの具最強決定戦のほうがいいか?」

「白米から離れな。……いやさ、私兄貴におごられるまま、ご飯食べてるところをⅤの皮被せて垂れ流してるだけじゃん? コラボなんて……第一、Ⅴってのは生身を感じさせないからバ美肉なんじゃん。私のは殆ど、生身の配信者っていうか……」

「それの何が悪い。 皆、完全な無味無臭が欲しければ二次元でもAIでも勝手に推している。視聴者はちゃんと人肌を欲しているんだ。ただ面と向かって人の目を見るのが怖いだけで」


 兄貴は、一番新しい動画を手元の端末で再生して、賑やかに流れゆくコメント欄を拡大する。


「俺は魂のカタチに沿ってガワを与える。その人のやりたいことのために、外見が邪魔になるならば。でもなぁ、美醜なんてぶっちゃけ好みや文化でブレまくる。絶対の価値基準じゃあない」

「……みんなかわいいとか、痩せないでとか、無責任なことばっか言ってる。おかしいでしょ」

「おかしくないぞ。お前の個性が、美醜の偏見に打ち勝って魅力的だと彼らに届いているってことだ。俺は、おっさんがカワイイものを好きでいたりするのも、個性っていう立派な武器だと思ってるんだけどな」


 そううまく行くことばかりではない。だから、バ美肉がきっかけとなって社会と繋がりを生み、彼らの生き方を肯定できればいいのだと、兄貴はなんだかお坊さんみたいな難しい話をしている。


「個性を潰した平等なスタートで、人はようやくあるがままの自分を出せるってことさ」

「仮面を被って初めて、人前に素顔を出せるってこと? ややこしいな」

「妹よ、お前はⅤになって何がしたかったんだ? ゲームもへたくそですぐ放り出すお前が、行き着く先なんてきっとメシ系だよ。そんで、その時に痩せて取り繕った美貌なんて纏ってたら、きっと心無い中傷もあったと思う。……お前はお前のままで、好きなことに打ち込む姿を配信すればいいんだ」

「……痩せたいんですけどー」

「それは自力でダイエット頑張れ。今ならリスナー諸君も応援してくれるぞ。一部は断固反対するかもしれないが」


 なんだかうまく丸め込まれた気がする。ぶー垂れて頬杖をついた私の視線に、ふと止まった長めのコメント。スマホを持ち上げて文字を追う。


《私、薬の副作用で30キロも太ってしまって、食べるのが怖くなって、また薬が増えての悪循環でずっと苦しんでました。でも🪵ちゃんが幸せそうに食べる姿を見てたら、こんな私でも生きてていいのかもって思えたよ。ちょっとずつ食べれるように頑張ってみます。大好きです》


「…………」

「こういう病んだ太り方をしてる人もいる。逆に、太れなくて苦しんでる人もいる。体型の呪いに一度囚われたら、抜け出すのは本当に難しい。そんな人たちに、『いいんだよ』って言ってやれるんだぜ、お前は」


 結局私はご飯を食べてるだけだ。けどそれが、他の誰かの許しとなって届いているなら。それってすごいことなのかもしれない。

 

「そんな高尚なこと考えて私の発注全無視したの?」

「いや、単に俺がデブ専なだけだが」

「この倒錯クソ兄貴!!」


 お前が一番ありのままを生きてるじゃねーか。全部ぶん投げてやろうかとも思ったけど……まあ、焼肉は食べたいので、引き続き配信の大役を任されてやることとする。待ってくれてる人もいるみたいだし。


 ◆


「でもこの急展開は……聞いてない!」


 クソ兄貴が組んだ突発企画。それは抽選で当たった五十名と、せんべろ正吉直筆美麗イラスト入り紙袋を被った私の、ほぼ生身の握手会だった! 曲がりなりにもⅤだぞ!? 無茶言いやがって!


「大丈夫だ、衝立もあるし兄ちゃん直々に剥がしもやるから」

「そういう問題じゃ……うわーっほんとに並んでる! 五十人! 暇なのかおたくども!?」


 あれよあれよと始まった握手会。顔と手の位置にだけ穴の空いたアクリル板の衝立から、おそるおそる手を出してはじめの一人の手を握る。なんかすごい手汗じっとりしてる! やだァ!


「もっ、もっちもち……ほんとにモチモチ……僕のスパチャで肥えた手……ぎゅふっ 一片の悔いなし……」

「い、息絶えるのは自宅帰ってからにしてね!?」


 幸いトラブルもなく、サクサクと進む。マナーのいい変人たちでよかった。入れ替わり立ち替わり衝立越しに伸べられる手をぐにぐに揉んで、上擦ったファンコールを半笑いで受け止めた。……最後のファンは女の子。見れば、衝立からちょっとはみ出るくらいの、私より少しだけみっちりめのレディが、まごついた様子でスカートを握りしめていた。流行りのティアードチュールで、薄いレースに花の刺繍がふんだんにあしらわれた愛らしいデザインだ。


「スカート、綺麗……! そのサイズでこんな可愛い服あるんだ!?」

「! え、ああ、はいっ あの、ネット通販で、私でも着れる素敵なお洋服がいっぱいあって……」

「へえー! 知らなかった! 私の地元もおっきいサイズ揃えてる量販店があるけど、だいたい地味でー」

 

 無駄話を交わしても、兄の剥がしは発動しない。私から話しかけたのがあるからかな? あ、握手してないからか。慌てて手を出して彼女が応じるのを待つ。


「ま、まる太ちゃんのおかげなんです!」

「私の?」

「私生まれてからずっと太ってて、内気に閉じこもってて……こんな私がオシャレして外に向かう気になれたのは、あなたが輝いていたから!! 今日は、そのお礼を伝えにきたんです……!」


 差し出されたぷくぷくの手は、爪の先まで綺麗に彩られていて。なんだか私、誇らしい気持ちになっちゃって。手のひらだけど、女の子の手を抱きしめるようにぎゅってした。

 

「ねえ、キミは結構食べる人?」

「はい、甘いものに目がなくて……自制ができずお恥ずかしい限りです。親も痩せろって言うんですけど」

「キミ、健康的に太れるのも才能だぜ」

「!」


 あの時の兄貴の言葉を、必要とする人に伝えられたこと。ちょっとした伏線回収だと胸を張って、女の子へと手を振り見送る。


「言うようになったな、妹よ」

「へへ……こんな私でも、誰かのモチベの元になるなら、ちょっとはカッコつけたいじゃん?」

「なら次の企画はダイエット配信で決まりだな」

「は?」


 ちょっと待て、急にハシゴを外すなと振り返れば、クソ兄は用意の良すぎるプレゼン資料をタブレットに映してイキイキとプレゼンを始めた。


「健康的に、いつまでも食を楽しむための、最低限の生活管理! お前が永久にもちもちクイーンで居続けるために、避けては通れない道だ! この通り企業案件がズラリと来ていて……」

「いやいや、ぽっちゃりⅤ返上になるでしょそれは」

「ふはは、甘く見過ぎだ妹よ」


 こうして不本意に始まった運動企画も好調に伸び、私の健康寿命も伸びた……運動後に食べるラーメン、サイコー!


「で、プラマイ0で全然痩せねー!」

「永久機関が完成してしまったな……健康ぽっちゃりⅤ、満福まる太の伝説はこれからも続く!」

「勝手にシメに入んな! あっ替え玉お願いしまーす」


 これは後に伝説となる、時代の革命Ⅴ誕生の序章――になるといいなあ! これからも応援、よろしくねみんな!


〈了〉

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ドぽっちゃり美少女系新人V・満福まる太の中のひと 来生ひなた @naniwosuruder

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ