祭祀の夜、魂は交わる
舞夢宜人
祭祀編
第1話 祭壇へ
村の古びた時計台が正午を告げる鐘の音を響かせた時、透き通るような青空の下、神聖な祭祀が始まる合図が村中に響き渡った。11月の肌寒い風が木の葉を舞わせる中、今日の主役である二人の高校生――日高と、そして山吹――の胸に、その音は重く、しかし確かに響いた。
日高は、真新しい詰襟の学生服に身を包み、村の代表者である祖父に連れられ、村の中心にある大きな社へと向かっていた。がっしりとした体躯に秘められた緊張は、普段は意識することのない制服の生地のざらつきとして皮膚に伝わる。地元の国立大学農学部への進学を志し、将来は農業のリーダーとして村を牽引する立場にある彼は、この日のために与えられた役割の重みを痛いほど感じていた。次代の代表者として村を背負う者として、今日、伴侶を得ることは何よりも大切な「義務」なのだ。女性経験のない彼にとって、それは未知への領域であり、不安がないわけではない。しかし、それ以上に「誠実な努力家」としての彼が抱くのは、この見合い結婚が、やがて真の愛情へと繋がることを願う、かすかな希望だった。せめて、自分に協力的で、この村のしきたりを受け入れられる従順な相手であってほしい。その思いが、彼の内に募る緊張をわずかに和らげた。
一方、村のはずれにある古い家屋で、山吹は、紺色のセーラー服の襟元をきつく締めながら、祭祀の時間を待っていた。健康優良児という言葉が絵に描いたような彼女の体は、身長170cmとすらりと伸び、制服の下でCカップの胸がわずかに隆起している。しかし、その身体の健康さとは裏腹に、心の内は不安と諦念で揺れていた。親が村から借りた借金の一部が、この結婚で帳消しになる。それはつまり、彼女自身が借金の担保として、この祭祀に差し出されたことを意味していた。逆らえば、残りの借金のために性風俗産業に身を落とされかねない。背水の陣。後がない。
だが、山吹の胸中には、それだけではない、もう一つの感情があった。今日、夫となる相手は、日高――村の誰もが認める、誠実で責任感の強い青年。実際に会ったことも話したこともないが、噂でしか聞いたことのない彼だったが、その人柄は村でも評判だった。密かに抱いていた憧れが、この過酷な運命をわずかながらに彩っていた。未経験の身で、これから始まる“一夜”への恐れは大きい。しかし、もし憧れの人に処女を捧げ、夫婦となるのならば、いつか「愛情」という結びつきを本当に得られるかもしれない。漠然とした希望が、冷たい不安の奥底で、小さな炎のように揺らめいていた。
やがて、彼女もまた、村の使いの者に促され、社の奥へと続く石畳の道を歩き始めた。村人たちの好奇と憐憫の入り混じった視線が突き刺さる。その視線一つ一つが、彼女が背負う運命の重さを物語っていた。
社の奥に鎮座する、古びた拝殿のさらに奥。幾重にも張り巡らされた注連縄をくぐり、薄暗い回廊を進むと、ひっそりと佇む奥の院へと辿り着く。そこには、村の長老たちが厳かな面持ちで座し、中央には簡素な祭壇が設けられていた。神聖な空気が肌をぴりぴりと刺す。
日高は、すでに祭壇の前に立っていた。その背中を見つめながら、山吹の心臓がどくりと大きく跳ねる。彼の背丈、肩幅、そして静かに立つその姿から、噂に聞いた誠実さが滲み出ていた。それが、彼女の緊張をさらに高めた。
「これより、日高家の後継者と、山吹家の娘の契りを結ぶ祭祀を執り行う」
長老の一人が静かに声を上げた。日高と山吹は、互いに祭壇の前に進み出た。初めて間近で相対する。日高は、目線を合わせることに戸惑いながらも、ちらりと山吹の顔を見た。整った顔立ち、透き通るような肌、そしてわずかに伏せられた瞳。噂通りの美貌に、彼の心臓もまた、小さく脈打った。
祭壇の中央に置かれた黒漆の盆には、小さな盃が二つ、そしてとろりとした赤みを帯びた液体を湛える徳利が置かれている。長老が徳利を手に取り、それぞれの盃に丁寧に液体を注いだ。
「この酒は、古来より村に伝わる聖なる水。これを口にすることで、二つの魂は溶け合い、身体は清められ、子孫繁栄の礎となる。そして、性交を通じ、互いの記憶と気持ちは流れ込み、相手の全てを理解させるだろう。これぞ、真に分かり合った夫婦を作るための神の恩恵なのだ」
長老の言葉に、日高の喉がごくりと鳴った。山吹もまた、その液体を見つめる。甘いような、それでいてどこか刺激的な香りが、微かに鼻腔をくすぐった。
「さあ、飲み干すがいい」
二人は無言で盃を手に取り、互いの視線を交わすことなく、一気に飲み干した。
液体は、温かく、そしてどこか舌にぴりっとした刺激を残して喉を通っていった。その瞬間、日高の身体の内側から、得も言われぬ熱がじんわりと広がっていくのを感じた。指先が微かに震え、肌が粟立つ。そして、胸の奥から、普段とは違う高揚感がこみ上げてくるのを感じた。それは、異性に対して自分の魅力を増幅させ、性感を高める作用が始まっている証拠だった。
山吹もまた、同じような感覚に囚われていた。盃を置いた手が、かすかに震えている。身体の奥底から、これまで感じたことのない熱が湧き上がってくる。血液が指先の末端まで熱を帯び、肌が粟立ち、特に下腹部が、まるで内側からじんわりと温められるような、不思議な感覚に包まれた。それはわずかながら、快感に似たざわめきを伴っていた。彼女の身体もまた、排卵しやすい状態へと変化し始めていた。
祭祀は静かに終わり、長老たちは二人に、奥の院に隣接する新婚の寝屋へと案内するよう促した。そこは、簡素ながらも清潔な、二人きりの空間だった。
扉が閉じられ、世界から切り離された二人。
部屋の中は、どこからか漂う香炉の匂いと、祭祀の残滓のような静けさに満ちていた。
祭祀用の酒がもたらす熱が、まだ身体の奥底でくすぶり続けている。これから12時間続くという酒の効果と、その間に行われるであろう「魂が交わる」行為への予感が、二人の心臓を、同じリズムで高鳴らせ始めた。
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