第3話:Cecilia


◇謎の薬剤師◇

***


森山刑事からの予想外の報告に、ひよりは頭を悩ましていた。


「コーヒーによく似た成分」と「特殊なタンパク質」。

その言葉が、頭の中をぐるぐると駆け巡る。


愛と錦くんの急激な英語力向上、そして体調の異変。

これらが、あの白い錠剤と、そして「コーヒー」に何らかの形で繋がっているとしか思えない。


ひよりはマスターに助け舟を求める。


【ひより】「コーヒーによく似た成分……マスター、何か心当たりありませんか?」


ひよりは、マスターに尋ねたが、彼はいつものように淡々とモカを淹れながらも、少しウトウトとしている。

しかし、その瞳の奥には、どこか遠い過去を思わせるような光が宿っているように見えた。


そして「モーニング・グルービー」のランチ営業が本格的に始まった。

ひよりが考案した「ひよこ豆のシチューと自家製パン」は、森山刑事の辛辣な、しかし的確なアドバイスのおかげか、意外にも好評を博した。


午前の静けさとは打って変わり、ランチタイムには近所のビジネスマンや学生たちが次々と訪れ、店は活気に満ちていた。

ひよりは、忙しく立ち働く合間にも、愛と錦くんのことが頭から離れない。


そんなある日、ひよりが愛の部屋から持ち帰った白い錠剤について、もう少し詳しく聞こうと森山刑事に連絡を取ってみた。


【ひより】「先日のサプリみたいなやつだけど、あれから何か分かったことない?」


【森山】「ああ、あの薬か。さすがにそれ以上は俺の管轄じゃないから、専門家を紹介してやるよ」


そう言って、一方的に電話を切られてしまった。


【ひより】「なんだよ!恩知らず!」


ひよりはまたしても悪態をついたが、数時間後、ひよりのスマホに、一通のメールが届いた。


【ひより】「お、森山刑事!意外とやるじゃん!」


そこには、都心にある小さな薬局の住所と、「セシリア」という名前が書かれていた。


翌日、ひよりは半信半疑でその薬局を訪れた。薬局は街の中心部から少し外れた、ひっそりとした路地裏に佇んでいた。

ドアを開けると、店内にはアロマのような独特の香りが漂っていて、薬局というより薬草でも売っていそうな怪しげな雰囲気だ。


カウンターの奥から現れたのは、茶色のロングヘアを無造作に束ね、白い白衣を羽織った女性だった。

どこか掴みどころのない、ミステリアスな雰囲気を持つ彼女こそが、セシリアだった。


【セシリア】「あら、いらっしゃい。あなたが、森山刑事から紹介された方?ずいぶん若いけど、何の相談かしら?」


セシリアは、ひよりの顔をじっと見つめた後、フッと微笑んだ。

その笑顔は、どこか全てを見透かしているようで、ひよりは思わずたじろいだ。


◇探り合う言葉◇

***


ひよりは、愛の症状、錦くんの異変、そして森山刑事から聞いた白い錠剤の分析結果を、セシリアに詳しく説明した。

セシリアは、ひよりの話を遮ることなく、じっと耳を傾けている。

そして、ひよりが話し終えると、彼女は静かに口を開いた。


【セシリア】「なるほどね……『コーヒーによく似た成分』と、『特殊なタンパク質』、ね。警察もなかなかやるわね……」


セシリアは、そう呟くと、棚から自分でまとめたと思しき分厚い資料を取り出し、ぱらぱらとページをめくり始めた。


【セシリア】「その症状…集中力の異常な高まり、感情の起伏、そして頭痛や吐き気。心当たりがないわけでもないわね」


彼女の言葉に、ひよりの心臓が跳ねる。

セシリアは、まるでそういった症状を日常的に見てきたかのように、淀みなく語る。その知識の深さに、ひよりは驚きを隠せない。


【ひより】「あの、セシリアさん……この薬、一体何なんですか?」


ひよりが白い錠剤について直球で尋ねると、セシリアは顔を上げ、ひよりをじっと見つめた。


【セシリア】「それはね……まだ、ここでは言えないことね。でも、あなたには、一つだけ、ヒントをあげるわ」


セシリアは、そう言うと、不意にひよりの背後にある窓際を指さした。


【セシリア】「あなたの店にあるでしょう?あの、幹の太い観葉植物。あれをもう少し、よく見てみるといいわ。もしかしたら、ヒントが見つかるかもしれない」


セシリアの言葉に、ひよりはハッとした。マスターが大切にしている、あの多肉植物。

愛が、電話をしながら触れていた、あの植物。

ひよりは、その植物が「アディス・ヒーラー」という名前であることを、ここで初めて思い出した。


◇揺れる情報と新たな疑問◇


喫茶店に戻ったひよりは、すぐに窓際の多肉植物に駆け寄った。

改めて見ると、その植物は、どこか神聖な雰囲気を纏っているように見える。


ひよりは、セシリアの言葉の意味を必死に考えた。


【ひより】『アディス・ヒーラーかぁ……ヒーラーって、癒やすって意味?この植物が、愛の症状と何か関係があるっていうの……?』


その日の夕方、愛と錦くんが店にやってきた際、ひよりはいつもより熱心に彼らを観察した。

愛は相変わらず英語の勉強に没頭しているが、時折、多肉植物の方に視線を送っているように見える。


錦くんは、相変わらず体調が悪そうだ。


【錦】「ひよりちゃん、本当にやばいかもしれない。頭の中がグチャグチャで、もう何が何だか……」


錦くんは、ひよりに縋るように訴えた。

ひよりは、彼の苦しむ姿に胸を締め付けられる。


【ひより】「錦くん、しばらく愛と距離を置くしかないかも…」


ひよりは愛から少し離れた場所に錦を呼び、そう伝えるしかなかった。


森山刑事からの情報、そしてセシリアの謎めいた言葉。

ひよりの周りでは、情報の波紋が静かに広がり始めていた。


そして、その波紋の中心には、愛と錦くん、そして、マスターが大切にしているあの多肉植物があるように思えた。

ひよりは、この謎の核心に、一歩ずつ近づいていることを感じていた。


(第3話 終)

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