それ行け、坂杉巡査!
松月彼方
第1話 俺は新米警察官
今夜も聞こえてくる。冷たい風が空を切る音が。錆びついたブランコがキイキイと軋む音が。そして、どこか遠くで鳴り響くけたたましい消防車のサイレンの音が。
「この街の平和は、どこへやら……」
そんな独り言を呟きながら、俺は今夜も公園の電灯の明かりの中でサッカーボールを蹴っていた。
俺が住む
放火が行われるのは、決まって毎週火曜日。時間は二十時から二十四時の四時間の間。この「魔の四時間」に、どこかで何かが燃やされる。
消防車のサイレン音は少しずつ近くなり、そして止まった。今日は火曜日。時刻は二十時過ぎ。また、どこかで放火が行われたのかもしれない。
俺はサッカーボールを蹴り続けていた。これが俺の仕事終わりのルーティーン。こうして仕事で疲れた脳と
公園の出入口に赤色灯を回転させたパトカーが停まった。中から警察官が一人降りてきて、こちらへ近づいてくる。
「こんばんは」
俺はサッカーボールを蹴る足を止め、声を掛けた。
「こんばんは。ちょっといいかな?」
警察官の問いかけに、俺は「どうぞ」と答えて首を縦に振る。
「こんな時間にどうしたの? 君、高校生?」
「あ、いえ……」
「生徒手帳、見せて」
俺は童顔だ。
俺は生徒手帳の代わりに別の手帳を取り出し、それを開いて見せた。金色に輝く旭日章のエンブレムがついたチョコレート色の手帳。警察手帳だ。そこには制服姿の俺の顔写真と、その下に俺の階級と名前「巡査
俺の名前は坂杉明紘。警察学校を卒業してまだ一か月。四之神市内の交番に勤務するピチピチの新米巡査だ。
「
俺は先輩警官に敬礼する。先輩警官も俺に倣って敬礼を返す。
「こんな時間にずいぶんと元気だな。君はサッカーが好きなのか?」
「はい。子どもの頃はずっと、サッカー選手になるのが夢でした。でも、いろいろあって諦めちゃって、警察官の道を選んだんです」
「そうか……まったく今夜も嫌な夜だ。君も早く家に帰るように」
先輩警官は小さく溜息をつくと、手をひらひらと振り、パトカーへと戻っていった。俺はその後ろ姿に敬礼をし、公園を後にした。
帰り道、サッカーボールを抱えながら俺は思い出していた。幼い頃から憧れていたサッカー選手という夢を諦め、警察官になる道を選んだ、あの日のことを。きっと一生忘れることのない、甘くて苦くてそして酸っぱい、あの日のことを——。
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