第2話
サリーの基本的な仕事は各無線機から入ってくる情報をまとめ、将に提出し、またその指示を伝える事である。並大抵の集中力では出来ないだろうそれを出来る人材だと、彼女を推挙したのは私だ。去年は敵同士だったけれど、本当に強敵だったから。四方同時射撃とか、小学四年生に避けられるわけがない。それでも二発は落とした自分を褒めてやりたい。今でもだ。BB弾を落とせるとか、私凄い。
その嵌められ方に逆に信頼を抱いたのは当然で、だから敵に獲られないよう後方待機の任務に就いてもらった、というのもある。でもやっぱり、一番の理由はサリーの体力のなさからも来るものがある。ちょっと体格の良いサリーは、体力がない。代わりに集中力に全振りしている、と言っても良いぐらいだ。だから体育以外の成績は良いし、水泳やマット運動ならそこそこ出来る。
そんなサリーの澄んだ声を聴きながら、私たちが集められたのは裏山だった。こっち側に敵将の位置があるらしい。だけど味方でも将の位置は秘匿されているので、多分こっち、と言う程度だった。
実際山狩りしてみても敵将どころか敵の位置さえ分からない。いないんじゃないかと思った時、かちっとどこかで音がした。やばいと思ってとっさに狭庭と一緒に藪に隠れると、カラフルなBB弾が飛び交ってくる。地雷だ。踏んだ男の子のアウト音がビーっと響く。本人もぽかんとしていた。人間案外死ぬときはそんな顔なのかもしれない。
「サリー、地雷が仕掛けられてる。多分こっちはブラフ」
『みたいね。その辺りを検索したら、地雷原だったわ。だからうかつに動くのは禁物』
「そーでもねーぜ?」
「へ?」
木によじ登った狭庭に、ほら、と手を差し出される。え、と促されるまま手を差し出すと、ぐいっと強い力で引っ張り上げられた。勿論私も木にしがみ付くけれど、男の子の力はやっぱり強い。ちょっと悔しい、と思いながら、枝に乗せられる。
「全員木の枝に乗って、それ伝いに山を下りれば良い。勿論辿り着ける奴は限られてるだろうが、地雷原であたら味方を失うよりはましなはずだ」
『――それもそうね。全員木に登って、それ伝いに山を下りて! 地雷原にいる人々は常に足元に注意すること! 敵スナイパーのいる可能性も少なくないから、なるべく早く!』
どぉん。どぉん、と二回ほど地雷は鳴ったけれど、他の連中は何とか木に逃げられたらしい。そしてそれ伝いに山を下りて行く。と、掃討部隊が待っていた。弾を使い切って戦線離脱らしい。
「結構倒したと思う。二十人ぐらい」
「その前に白陣営を倒した数は?」
「……二十人ぐらい」
「つまりやっとイーヴンが良い所って訳か」
ふむ、と私が息を吐くと、サリーがそうでもないわ、と声を上げる。
『こっちの陣営の方が少ない。さっきの地雷でやられた連中もいるからね。そして地雷でやられた兵は戦線復帰出来ない』
「……膠着してもいられないかあ」
『そうね。残り時間中に敵の本拠地を潰さないと、本当に引き分け――イーヴンになっちゃう。それは嫌でしょう? さくり』
「嫌だね、取るなら金星だ」
『あはっ言うと思った! もう一つ目星をつけている場所があるんだけど、ちょっと考えにくいのよね。それでも行ってくれる?』
「おっけーおっけー、I see, I see。で、どこ?」
『波豆中学』
「――――」
『学生が潜むには学校の中、ってね』
一緒に山を下りて来た狭庭を見ると、こくん、と頷いた。
まず正門から入るのは得策ではないと踏んだ私たちは、グラウンド側の入り口から入ることにした。するとすぐに話し声が聞こえて、私は身体を隠す。見るからに戦闘兵ではない生徒が、そこを歩いて来るところだった。かと言って制服姿でもない、準軍服のTシャツとズボン。通り過ぎるのを待って、後ろからバキュンバキュン。え、とやはりきょとんとした顔で、二人はアウト音を響かせる。これで校内に敵兵が入ったことは知れてしまっただろうけれど、二人が持っていた資料をかっぱらって近くの教室に入った。無線の周波数を変えて、腕章をひっくり返した二人は、どうして、と言ってくる。
「生徒を隠すには生徒の中――でしょ?」
『ちょっとさくり! それ私のセリフ!』
「いーじゃんいーじゃん。で、捕虜になった二人には質問して良いんだよね? 敵将はどこ?」
「それは――」
がんっとドアに何かがぶつかる音。
と同時に、ドアが外れて二人が吹っ飛ぶ。
二度目のアウトは死。
尋問は、出来なくされてしまった。
「――チィッ!」
『さくり、今のは手榴弾! あなたも軽傷扱いになってるわよ!』
「やってくれるじゃねーの中学生、いや小学生か!? 狭庭、生きてる!?」
『生きてるけど何の音だよ、一瞬耳が馬鹿になったぞ!』
「狭庭の耳が馬鹿に? サリー、あんたの耳は!?」
『スポンジ付けてるから大丈夫!それより確実にあなたの事を認識している敵がいるのに気を付けて! 今中西さんを向かわせたから、いざとなったら決戦兵器にしてちょうだい!』
「オッケー!」
しかし手榴弾なんて去年まであったっけ? だんだん複雑化してくるゲームだけれど、ドアを吹っ飛ばす威力の物は初めて見たわよ。私は二人が持っていた書類に目を通す。こっちの将の位置をあぶり出そうとしているようだった。こっちも知らない件なので読み飛ばす。新兵器の受領? あの手榴弾の事か? うちの方にはなかったよそんなの。そして――盗聴器の仕掛け!? 確実にうちには来てない、こんなの全然イーヴンなゲームじゃない! 紅組に有利に出来ている!
呆気に取られていると、狭庭がやって来てうわっとカラフルなBB弾の散り用に驚く。私はその狭庭を呼んで、ペンで新兵器だの盗聴器だののところを指す。しぃっと口元に手を当てて、携帯端末を取り出した。それから資料をパシャパシャ映して行って、本部にいるはずのサリーに渡す。インカムの向こうで息を呑む声が聞こえた。
待ってて、と言われて、随分時間が経ったような気がする。それからモールス信号で通信が来た。こっちには来てない情報だ。いったん撤退を。
でも私には私付きの敵がいるようだし、合流してしまった狭庭にもそれは同様だろう。撤退って言ったって、どこに帰れって言うんだ。爪を噛んでいると、またぽいっと何かが投げ入れられてくる。反射的に銃で撃つと、それは弾けた。手榴弾。
そのBB弾の中をすり抜けて行くと、紅組の腕章をつけたニキビ面の男の子にぶち当たる。たんっと撃ったのは脳天。ビーっと音が鳴る少しはやりやすくなったかな、と、私は彼の腕章をひっくり返し、意味はないかもしれないけれど無線機の周波数も変える。
「――教えて。手榴弾はどこから来たもの?」
「え。町内会から今回の追加武器だ、って」
「そう――」
「もしかして白組には回ってないのか?」
「生憎とね」
「地雷は」
「それはある。でも誰も踏んでないってことは、まだ誰もうちの将に辿り着いてはいないってことね」
「地雷は将の近くにあるのか?」
「何であなたが質問する方に回っているの。まあここみたいなところじゃ地雷は仕掛けられないわね、精々裏山のデコイに使うしかない。おかげで何人か死んだわ」
「――ははっ」
準軍服の男子生徒は笑う。
「なんだ、案外役に立つんじゃないか。こんな所にいるのに地雷なんてって思ってたけど、存外に」
ぱあんっと私は男子生徒の額を撃った。
二度目の死はゲーム脱落。
ちょっと聞くに堪えなかったんで、やっちゃったわ。
ビーっとアウト音。額にぶつかったBB弾にいってーいってーとわめいている男子生徒を置いて、狭庭と合流し、私たちが迎えのはPC室だ。
多分そこになら何か誰かいるだろう――と、踏んで。
膨大な情報を整理するならそれほどうってつけなところもないだろうと、踏んで。
取り上げた手榴弾一つを、ポケットに詰めて。
しかし仲間を撃ったとなると軍規違反が怖いなあ。一応でも仲間になった奴だったのだ。無線機も腕章もこっちのものに変えた。その上で私は撃った。敵はやはり敵なのかもしれない、と思いながら、PCルームに辿り着く。
だけどそこから聞こえたのは、聴きなれた澄んだ声だった。
がらっと開ける、ドア。
サリーが呆然として、そして他の白組のメンバーも呆然として私たちを見ていた。
本当なら私がここで手榴弾を投げ入れる予定だったんだろうな、と思う。そして自分の将を討ってしまう、そう言うシナリオだったんだろう。サリーにとっては。サリーとしては。
でも私はそうしなかった。
サリーの声がしたから、そうしなかった。
これは喜劇か、悲劇か?
自分の命を賭した裏切者だった、サリー。
「大将――白組の御大将、ですね?」
「あ、ああ」
「サリーから画像は受け取りましたか?」
「何の画像だ?」
「これです」
ぽてぽて近付いて、私は御大将にさっき撮った写真データを見せに行こうとする。
そこに銃を向けて来たのは、サリーだった。
だけどそのサリーの頭も打ち抜かれる。
狭庭によって。
腕章を見ると、半分ひっくり返して白に見せているだけだった。
ちょっとぞんざいなそれに、私は思わずくすりと声を漏らしてしまう。
私の渡したデータを見た御大将は、吊り眼気味の目を余計に吊らせ、なんだこれは、と怒鳴る。
「去井! お前このデータを俺に隠していたのか!」
「――はい、御大将」
「何故!?」
「私はこのゲームの中のトラップの一つだったんですよ」
「トラップ?」
「そう。情報士官が裏切っていた場合の、トラップです」
「いつから」
「組決めが終わった時から。先生にそうしろって言われていたの。だからこの席に私を推挙してくれたことには、感謝してるのよ。さくり。あなたは本当に良い相棒だった」
「過去形なのね」
「ええ」
そしてサリーは。
自分の頭に銃を当てた。
「これ以上余計なことを話す前に、脱落しておくわね」
ぱぁん、と音を立てたBB弾に、あいたたた、と言うサリーには、それ以上の尋問は出来ない決まりだった。
だって死んでしまった扱いになるのだから。
死人に口なしなのだから。
――私はなんだかもやもやしたものを抱えながら、廊下に出て行く。PC室は棟の端だ。誰も入って来ないから、将の居場所にふさわしい。だったらさっきの堂々と歩いていた紅組は? この学校の、どこかに紅組の将がいると言う根拠にはならなくって?
途中で中西先輩に追いつかれる。PC室での顛末を話すと、彼女は私にロケットランチャーを預けて来た。
「私も去井さんにこれでPC室を打ち壊せって言われていたの。今思うと、自爆トラップの一つだったんだろうけれど――これは、さくりちゃんに預けるわ」
「ありがとうございます。役に立てます、必ず」
どこか棒読みのようにロケットランチャーを背負う私を、先輩は心配しているようだった。
狭庭が追いかけて来る。彼にもサリーを撃った責任があるとでも思ったのだろうか。そんなものはないのに、狭庭は、なあ、と声を掛けて来る。私は無線の周波数を変えた。狭庭も同じようにする。こうすれば誰にも聞かれない。
「どこに行くんだ?」
「紅組の御大将の所」
「場所が分かるのか!?」
「大体目星は付いてる」
「どこだ?」
「情報器具の排熱に強い場所。クーラーが付いているPC室でないとしたら、あとは一つか二つしかない。楽器を保管しているから湿度や温度に敏感な音楽室か――」
ばたん、と戸を開ける。口を閉じたグランドピアノ以外には何もない。誰もいない。
「――そんなもの気にならないほど巨大な空間」
「――まさか」
「多分そのまさかよ」
私はさくさく歩く。中学は体験入学で見に来たことがあるから、迷うところは特にない。大きなドアの前には何人かの見張りが立っている。私は片足から取った拳銃を手に、独学の二丁拳銃で二人三人四人五人と片付けて行く。三人ぐらいは狭庭もマシンガンで撃ってくれた。ビーっビーっと死んだ音が鳴る。いちいちそれに構うこともせず、私はその重く固いドアを開いた。
体育館のドアを。
真ん中にはPCの山が出来上がっていて、ぽかん、と事務作業員たちと御大将が私たちを見ていた。
私はそれに向かって、手榴弾を投げる。
PCに当たって弾けたそれに、ビーっビーっとまた音が鳴った。
ついでに背負っていたロケットランチャーもぶっ放した。
完全に、敵は沈黙する
そうして。
今年のローカル・コンバットは白組の勝ちに終わった。
……なんとも歯切れの悪い、終わり方だった。
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