第3話




Side: オフィーリア



「ずるいわ。お姉さまばかり……。いつもそうよ。お父さまとお母さまに期待されているのはお姉さまばかり。どうして、ジュドー様の婚約者候補になるのをお父さまもお母さまもダメだと言うの……。私には皇太子妃になれないと言うの……?」


 ジュドー様にお会いしたその日、今までお会いした誰よりもジュドー様は素敵な男性だと私は思ってしまった。たとえ、ジュドー様がエレノアお姉さまの婚約者候補だとしても、誰よりもキラキラと輝いているジュドー様を心の底からほしいと思ってしまったの。

 エレノアお姉さまはお父さまとお母さまの期待を一身に受けている。お父さまとお母さまは私にはまったく期待していないのに。それが、とても妬ましかった。

 私にも期待してほしいのに。

 皇太子妃候補になれたのなら、お父さまもお母さまも私に期待してくださるのではないかと浅はかにも思ってしまったのだ。

 

 私は、ジュドー様のことが欲しくなってしまった。それと同時に皇太子妃になることで、お父さまとお母さまに期待してもらえると思ってしまった。私がジュドー様の婚約者候補になることは、一石二鳥だと思ってしまったのだ。

 

「……お父さまとお母さまがなんと言っても私はジュドー様の婚約者になるのだから。」


 涙で濡れた枕に顔を押し付けて声を押し殺して泣きながら、決意を新たにする。

 誰にも邪魔はさせない、と。

 エレノアお姉さまには負けたくない、と。

 だから、三か月後に控えている正式なジュドー様の婚約者発表前になんとしてでも、ジュドー様に私を選んでもらわなければならない。どんなことをしてでも。

 



☆☆☆☆☆




 ジュドー様の婚約者になるためには、まずはジュドー様に私を覚えてもらわなければならない。

 エレノアお姉さまよりも、私のことをジュドー様に選んでもらわなければならない。

 つまり、エレノアお姉さまよりも頻繁にジュドー様に会って私を印象付けなければならない。

 けれど、お父さまもお母さまも私がジュドー様の婚約者になることは反対しているから、お父さまにお願いしてジュドー様と面会の約束をとりつけることも、この間みたいにジュドー様を屋敷に招待することもできない。

 私は今のところジュドー様の婚約者候補でもないのだから、直接会いたいと言ってみても門前払いされるだけだろう。

 でも、エレノアお姉さまのことで話があると言えば、もしかしたらジュドー様は私と会ってくださるかもしれない。

 そんな淡い期待をもって、使用人に馬車を用意させ王城に向かう。


「本日はどのような用件でしょうか?お名前とご用件をお伺いいたします。」


「オールフォーワン侯爵家のオフィーリアですわ。ジュドー様にエレノアお姉さまのことで相談したいことがあってお会いできないかと……。」


「お約束はされていますか?」


「いいえ。しておりませんわ。」


「……そうですか。確認いたしますのでしばらくお待ちください。」


「……お待たせいたしました。ジュドー殿下はただいま会議中です。会議が終わった後に、ジュドー殿下に確認いたしますのでお待ちいただくことは可能でしょうか。」


「……そう。仕方ないわね。急に来た私がいけないのだもの。ジュドー様の会議が終わるまで待つわ。でも、会議が終わったらすぐに確認をとってちょうだいね。」


 案の定、王城に入るのは難しかった。

 にっこり笑っていれば誰でも私の言うことを聞いてくれるのに、王城の門番はにこりともせずに事務的に対応する。

 手持ち無沙汰で用意されたソファーに座って、足をぶらぶらとさせる。

 その間にも王城に用があってやってくる人は何人もいたけど、皆予めアポイントメントをとっていたのか、スムーズに王城の中に入っていった。

 待たされているのは私だけ、だ。

 いつもは私がお願いすれば誰だってすぐに対応してくれるので、こんなに長い間待たされたことはない。

 私の言うことを聞いてくれない王城の門番がちょっとだけムカついて、思わず口をとがらせてしまう。

 

「ねえ。まだジュドー様の会議は終わらないのかしら?ジュドー様のお部屋で待たせていただくことはできないの?ここは人通りが多くて落ち着かないわ。それに、喉が乾いたの。紅茶を用意してくださらないかしら?そうねぇ、今日はダージリンがいいわ。たっぷりのミルクも用意してちょうだいな。」


「オフィーリアお嬢様……それは……。」


 一時間が経ったころ、私は待ちきれなくて門番に話しかけた。

 ついでに、ここに座っていると人通りが多くてとても落ち着かないし、喉も乾いてきたので紅茶を要望する。

 本来なら、私が要望をする前に私の要求に応えるのが普通だというのに。この門番は気が利かないようだ。

 一緒に来ている侍女は王城という慣れない場所で怖気づいてしまっているのか、私の後ろで縮こまって私の言葉に慌ててしまっている。本来だったら、侍女が率先して門番と調整してくれたっていいだろうに。

 この侍女は気が弱くて使えないってお母さまに配置転換をお願いしてみようかしら。


「ジュドー殿下の会議は長引いているようです。ジュドー殿下は多忙ですし、アポイントメントをお取りになって後日いらしてはいかがでしょうか?」


「……そうなの。では、明日はジュドー様にお会いできるのかしら?」


「……アポイントメントは私どもではなくジュドー殿下の補佐をされておられるメンフィス様にお願いいたします。」


「では、そのメンフィス様とやらを紹介してちょうだい。」


「メンフィス様もジュドー殿下と会議に参加しており……。」


「じゃあ、どうしろというのかしら?」


「メンフィス様に対してお手紙でアポイントメントをお取りください。」


「わかったわ。あなたが手紙を届けてくれるのかしら?それなら今すぐにここで書くわ。紙とペンを貸してくださらないかしら?」


 私がそう言うと門番はギョッとした表情をした。

 私の行動力に驚いているのかしら。

 

「……お嬢様がご使用になられるような紙もペンもここにはございません。ご自宅でお書きになったらいかがでしょうか。」


「まあ!私に貸してくださらないなんてっ!!」


「オフィーリアお嬢様。お手紙を出すにはオールフォーワン侯爵家の蜜蝋も必要でございます。こちらでお書きになるのは……。」


「ジュドー様にお手紙を書くわけじゃないのよ?メンフィス様とおっしゃるジュドー様のお付きの方に手紙を残すだけなら紙の切れ端で良いのではなくて?」


「そういうわけにはまいりません。侯爵家の令嬢として、正式なお手紙を……。」


「もうっ!わかったわよ。仕方ないわね。あなたがそういうなら出直すわ。」


「ありがとうございます。オフィーリアお嬢様。」


 私が手紙を書けばお父さまもお母さまも紙の切れ端に書いたものだとしても喜んで受け取ってくれるというのに。メンフィス様とおっしゃる方はジュドー様よりも身分は下なのでしょう?

 私のお父さまは侯爵だし、いくらなんてもメンフィス様だって侯爵ではないはずだ。

 侯爵であるお父さまが切れ端に書いた手紙を喜んでくださるのだもの。メンフィス様だって私の手紙を喜んでくださるに決まっているのに。

 お堅い侍女に私はイラっとしながらも表面上は笑顔を浮かべる。

 だって、私の武器は笑顔なのだから。

 

「では、また来ますわ。」


 私はそう言ってせっかく来た王城なのに、ジュドー様にも会わずに帰路についた。





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