第14話 俺達の力で

 阿逹仁はただひとり、屋上からの階段を転げ落ちるように降りていた。

 神田千代が拘束されたのを見た瞬間、扉の近くにいた阿逹仁は、迷いなく逃げ出した。

 全員が戦闘不能にされる前に、自分だけでも逃げるべきだと判断したのだ。

 阿逹仁には、ボスの能力が見えていた。あの能力は、強すぎる。いくら未来を予知しようとも、勝てるわけがない。

 六年一組の教室に飛び込むと、残っていた全員がこちらを見た。三階の教室を回っていた板橋類と葛飾神楽も戻ってきていた。

「じ、仁! 大変! みんな次々捕まって……ああ、全員捕まった!」

 左目を隠した大田稲荷が叫ぶと、杉並洋一が頭を抱えた。

「うそだろぉーっ!? 戦闘能力高い奴ばっかだったのに!」

「ボスは、どうやって捕まえたの?」

 豊島成美の質問に、大田稲荷は首を振った。

「よくわからなかった。なんか、リモコンみたいなものをみんなに向けたら、次の瞬間には捕まってて……」

「たぶん、ワイヤーガンだね」

 宿村新奈が、タブレットを操作しながら答えた。

「アメリカの警察とかが使ってる、ワイヤーを発射する武器だよ。犯人の体に巻き付いて、相手の動きを封じるんだ。……ほら、これじゃない?」

 宿村新奈は、大田稲荷にタブレットの画面を見せた。

「あ、これだ!」

「私たちをこれで捕まえて、連れ去ろうとしてるんだね」

 板橋類が首をひねった。

「でも、こんな武器があったからって、どうして負けたんだ? こっちには、のどかがいる。未来を予知していたら、捕まるはずないだろう」

 眠たげな目を、阿逹仁に向ける。

「ボスはいったい、どんな能力を持っているんだ?」

 阿逹仁はつばを飲み込んだ。

「……同じだよ。未来予知能力だ。それで神田さんたちの攻撃をすべて予知して、よけたんだ」

 板橋類は小さくため息を吐いた。

「なるほどね」

「だから危険だって言ったのに」

 弘中真央が、ふてくされたように言った。

 阿逹仁は反論した。

「でも、成果もある。一二年生や五年生は外に連れ出せた」

「それとこれとは関係ない。これからどうするんだ。千代ちゃんたちが勝てなかったんだから、ぼくたちじゃもっと勝てない。ここにいるのは、戦闘に向かない能力者だけなんだから」

「その通りだ」

 北聖人も、弘中真央と同じ意見だった。

「僕の能力なんて、空中に図形を描くだけだ。弘中の能力は音を操れるだけ。大田の能力は遠くを見るだけ」

「おれなんて人真似するだけだぞ!」

 杉並洋一も口をはさんだ。

 阿逹仁は、改めて全員の能力を確認した。

 豊島成美は、光の玉を出す能力。

 葛飾神楽は、相手に自分を信じさせる能力。

 板橋類は、瞬間移動能力。

 宿村新奈は、機械を操る能力。

 練馬梢は、暗闇を作る能力。

 そして阿逹仁は、相手の能力がわかる能力。

「いや、いける。オレたちの力で、ボスを捕まえらえる」

「ええっ?」

「みんな、オレの作戦にのってくれないか!」

 阿逹仁は、自分の作戦を説明した。

 それを聞いて、最初に口を開いたのは、杉並洋一だった。

「ホントにそんなのでうまくいくのか?」

「正直、わからない。いくつか関門があるのはたしかだ」

「僕はのる」

 北聖人が賛成した。

「その攻撃なら、たしかに未来を予知してもよけられない」

「ぼくもやるよ」

 板橋類ものった。

「ぼくの役割が一番重要そうだしね」

「ありがとう」

 北聖人も板橋類も、クラス内での信頼度が高い。北聖人は、融通の利かないところはあるが真面目だし、板橋類は顔も成績もいい。二人が作戦にのったことで、全員が阿逹仁に従うことにした。

「じゃあ、屋上に行こう。みんなを助けるんだ」

 そう言って、阿逹仁は教室を出た。


 蹴破られた屋上の扉をくぐると、目の前に壁がある。江藤浩太が出した壁だ。

 阿逹仁たち十人は同時に、その壁の横から飛び出した。

「来ると思っていたぞ。いや、わかっていたと言うべきか」

 神田千代の横に座っていたボスが、立ち上がる。

 ボスを囲むように、十人が屋上に広がる。

「どんな作戦か知らないが、何をしても無駄だ」

 懐から、ワイヤーガンを取り出した。

 そして、ハッと気づいたように、ワイヤーガンを背後の宿村新奈に向けた。

 カチ、とスイッチを押す音が聞こえた。だが、ワイヤーは発射されなかった。

「よかった」

 宿村新奈が、にこりと笑った。

「どうやら、私の能力の範疇にある武器だったらしい。まずは第一関門突破だ」

「ちっ」

 ボスはワイヤーガンをしまうと、銃を取り出した。

 その瞬間、ボスの周囲を真っ黒なドームが覆った。練馬梢の、暗闇のドームだ。

「出番、だよ、北君、杉並君」

「任せろ」

 暗闇のドームのすぐ隣に、全く同じ大きさの半球が現れた。北聖人が、ドームと同じ図形を描いたのだ。

 その中で、杉並洋一がとまどった顔をしている。それは、彼がとまどっているからではない。ボスの表情をそのままコピーしているからだ。

 杉並洋一が走り出した。ボスが暗闇から抜け出そうとしているのだ。それを見ながら、練馬梢はドームの位置を動かした。

 やがて、暗闇から抜け出せないと気付いたボスは、銃を構えた。北聖人が、暗闇のドームから直線を引く。

「みんな、あれが銃弾の軌跡だ。あれに触れないように!」

「そんなこと言われても、私たち動けないんだけど!」

 荒川紅緒が叫ぶ。

「そこは僕が……いや、江藤君がなんとかしてくれる」

 板橋類が、江藤浩太とともに直線の前に瞬間移動した。

「ひぃっ!?」

 江藤浩太が壁をせり出すと、ちょうどそこに銃弾が当たった。真後ろにいた荒川紅緒が怒りだした。

「こんな危ない作戦立てたの、誰!?」

「阿逹君だよ」

「あいつめ!!」

 弘中真央が感心して、北聖人に言った。

「よく銃弾の軌跡がわかるね。杉並君とボスの位置はズレているのに」

「ズレてても、ベクトルを平行移動すればいいだけなんだから簡単だ」

「その説明はよくわからないけど……とにかくこれで第二関門も突破だね。次はぼくの番だ」

 弘中真央が指を振ると、杉並洋一が耳を塞いだ。顔が苦痛に歪み、足が止まる。

「阿逹君もよく気がついたよ。ぼくたちには攻撃能力がないようで、実はあった。音は、ときに暴力になるからね」

「そして光も」

 豊島成美が、手のひらから光の玉を出した。それはふわふわと移動して、ドームの中に入っていく。

 外からは、その光は全く見えない。だがいま、強烈な明かりを放っているはずだ。杉並洋一が両眼を固く閉じ、その場にうずくまった。

 いまあのドームの中では、爆音と閃光がほとばしっている。

 それは、形のない範囲攻撃。

「いくら未来を予知しても、空間中から攻撃されたら、よけようがない!」

「あとは、ボスの精神がいつまで持つか。それが最後の関門だ」

 北聖人がそう言い、全員がドームを見守った。

 杉並洋一は苦しそうな顔をしながらも、ときどき銃を構えるポーズをした。そのたびに板橋類が江藤浩太を連れて瞬間移動し、銃弾を防いだ。

 屋上は、銃弾をよけるために大混乱していた。


 その最中、阿逹仁は、あるクラスメイトにそっと近づいた。

「ねえ、ちょっと、話をしたいんだけど」

「話? こんなときに、なに?」

「重要な話だ」

 阿逹仁は、他の人に聞こえないように、声を小さくした。

「ボスの、本当の能力についてだ」

「本当の能力?」

「ボスの能力は、未来予知じゃない」

 クラスメイトは目を丸くした。

「えっ、どういうこと? みんなを騙してたってこと?」

「そうだ」

 阿逹仁は、薄く笑った。

「そしてきみには、裏切り者になってほしいんだ」

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