第8話 正義とか悪とか
「へえ、それなら面白そうだ」
品川
「あ、あれっ」
江藤浩太はそのあと追いながら、慌てて聞いた。
「ねえ、まだ三階の敵、全員倒してないよ。三年生の教室が残ってる」
「あ? だからなんだよ」
「助けなきゃ」
「なんで俺がそんなことしなきゃいけねえんだよ」
「え、だ、だって……」
では今まで他の教室のテロリストたちをぶっ飛ばしてきたのは、なんだったのか。
一緒についてきた文月京も混乱していた。
「品川君、あなた、みんなを助けたいんじゃなかったの?」
「俺がいつそんなこと言った? 俺はただ、強い奴をボコボコにしたいだけだ」
品川百万が右手の木刀を一振りし、風切り音を鳴らす。
「たぶん、教室を占拠してる奴らは、全員無能力者だ。ここまでそうだったからな。超能力を持った奴は、別なところにいる。そいつを探すぞ」
柳台冬也が、ひひひ、と不気味に笑う。
「百万はいつだってこうさ。正義感なんて欠片も持ってないよ。もちろんぼくもね」
「文句あるなら自分でやるんだな。あ、浩太は来いよ。お前は便利だから」
「う、うん。もちろんだよ」
江藤浩太はビクつきながらも品川百万のあとについていく。文月京も、不満を感じながらもついてきた。
江藤浩太は元々、いじめられっ子だった。勉強もスポーツもできず、反論も反撃もできない江藤浩太は、一年生の頃からいじめられていた。だが五年生のとき、いじめっ子よりうんと強い人を味方につければいじめられないんじゃないか、と思いついた。そして目をつけたのが、品川百万だった。
四年生のとき転入してきた品川百万は、クラスの空気を一変させた。実際に彼が何かをしたわけではない。しかし誰もが、はれ物に触るように品川百万と接し、常にみんなが彼の存在を気にするようになった。江藤浩太はそんな彼に頭を下げ、舎弟にしてもらった。
効果はてきめんだった。噂が広まると、江藤浩太へのいじめはぴたりと止まった。それ以来江藤浩太は、いじめられるよりはマシだと思って、品川百万の腰巾着になっていた。
「正義感がないなんて、ウソよ」
階段を下りて二階につくと、文月京がきっぱりと言った。
「だって品川君は、私を助けてくれたじゃない」
「……なんの話だ?」
品川百万は本気でわかっていない様子だった。
「去年、私が六年生の男子に絡まれてたときに、助けてくれたでしょ?」
「……?」
品川百万が首を傾げる横で、柳台冬也がひひひ、と笑う。
「たぶんあれだよ。去年、六年生や中学生をボコすのにハマってたじゃん。そのときにやったやつの中にいたんだよ」
「そういやそうだったな。たしかに、女子と一緒にいたやつもぶん殴った覚えがある。あれはお前だったのか」
「……」
文月京は絶句した。
「じゃ、じゃあ、私を助けようとしたわけじゃ……」
「当たり前だろ。なんで俺がそんなことするんだ」
「で、でも、悪い人を殴ってたんだよね?」
「相手が悪人かどうかなんて、見ただけでわかるわけねえだろうが」
「あなたに正義感はないのっ!?」
文月京は顔を赤くして怒りだした。
「なに怒ってんだよ。さっき冬也がそう言っただろ」
「どうして!?」
「しつけえな!」品川百万は、木刀で廊下の床を叩いた。「俺はな、正義とか悪とか、そういうの大っ嫌いなんだよ!」
品川百万はイライラしながら話した。
「俺の親は、俺が四年のときに離婚したんだ」
「え?」
「お袋が親父の金を使い込んで、しかも借金までしたから離婚した。なのに裁判で、お袋が親父の財産をほとんど全部持っていった。残ったのは、金にならない古い重機だけだった。それで俺と親父はいま、解体業でなんとか食いつないでる」
「そ、それは……大変ね」
「お袋はそのときの弁護士と結婚して、優雅に暮らしている。法律上は、正しいのはお袋の方らしい。それ以来俺は、正しさってものに嫌気がさした」
文月京は、困惑した目で柳台冬也を見た。柳台冬也は目だけで笑った。
「本当の話だよ。実はぼくもいま、百万の家でバイトしてるんだ。ぼくらがこんな能力を得たの、それが理由かもね」
「え、バイト? 小学生って、バイトしちゃダメなんじゃないの?」
「もちろんダメさ。これは違法行為だよ。でもそうしなきゃ、親父さんの仕事は回らない。そうなったら百万はホームレスになって野垂れ死ぬ。ぼくだって毎日のご飯を食べられるかどうか。そんな状況じゃ、四の五の言ってられないよ」
「……」
品川百万は木刀を肩に乗せた。
「俺もこいつも、親父も、法律上は悪人だ。でも俺には、そうは思えない。だから俺は、正義とか悪とか、気にしないことにした。俺がやりたいことをやる、それだけだ」
「素晴らしい!」
突然、大人の男の声がした。振り返ると、廊下に一人の男が立っていた。ちょうど、家庭科室から出てきたところのようだった。
その男は、いままでの敵とは明らかに雰囲気が違った。痩せていて、顔を隠していない。それでいて、黒いマントで全身を隠しているため、てるてる坊主のようなシルエットだった。
文月京と江藤浩太は震えあがり、品川百万の後ろに隠れた。品川百万が木刀を構えると、男はにやりと笑った。
「そんなに警戒するな。もしかしたら我々は、仲間になれるかもしれない」
「あ?」
「私の名前はホドガヤ。ウォードグループのひとりだ。我々は君のような人材を待っていた。君は……品川
「てめえ、なんで俺の名前を……」
「名前だけじゃない。君の強さもすでにわかっている。そしていまの話も聞いたよ。我々なら君を救えるかもしれない」
「どういう意味だ?」
「この国は腐ってる」ホドガヤは真顔になった。「政府も法律も何もかも腐りきっている。だから我々がこの国を支配して、この国を正すことにした。そのためには武力が必要だ。そこで我々は、超能力という武力を生み出した」
ホドガヤは品川百万に手を差し出した。マントの内側の防弾チョッキが、ちらりと見える。
「こっちへ来たまえ、品川君。我々と一緒に、この国を正しい方向へ導こう」
品川百万は舌打ちした。
「てめえ、本当に俺の話聞いてたのか? 俺は、正しさってのが嫌いなんだよ!」
品川百万が、姿勢を低くして走り出した。木刀でホドヤガの足を打つつもりだ。これまでの相手には、初手でそうして動きを鈍らせてきた。
ホドガヤは動かない。痩せていて筋肉もなさそうだし、戦闘要員ではないのかもしれない。
間合いに入った。右手を横一線に動かす。木刀が、ホドヤガの細い足を打ち砕く――かと思われた。
ぴた、と品川百万の体が止まった。
「他愛ない」
次の瞬間、品川百万の体が後ろに吹き飛んだ。ホドガヤが彼の腹を蹴り飛ばしたのだ。
「がはっ」
「品川君!」
文月京が駆け寄って、助け起こす。
「触んじゃねぇ! てめえ、よくも……!」
品川百万はまたホドガヤに急接近した。今度は身を低くせず、木刀をホドガヤの顔面に叩きつけようとする。
だが、また直前で、品川百万の動きが止まった。次の瞬間、再び腹を蹴とばされる。
「もう少し賢いかと思ったが、所詮は子供か。話にならない」
「し、品川君」
江藤浩太も彼を助け起こす。そして、品川百万の顔を見て、ぞっとした。
品川百万は、笑っていた。獲物を見つけた猛獣の顔だった。
「お前、超能力者だな?」
「ご名答」
江藤浩太の手を払いのけ、品川百万は立ち上がる。木刀の先端をホドガヤに向けた。
「お前みたいなやつをずっと探してたんだ。ようやく見つけた。だが、思ったほど強い能力じゃないな。相手の体を一瞬だけ止める能力か。攻撃に使える能力ではねえな」
「ご明察。私の能力は戦闘用じゃない。だからこういうものと組み合わせて使う」
ホドガヤはマントから左手を出した。
そこには、小さい拳銃が握られていた。
「ひひ、そうはさせない」
柳台冬也がひとにらみすると、拳銃がぐにゃりと曲がった。
「なるほど。これが『鉄を操る能力』か。だが、甘い。所詮は子供だ。この手の戦いに全く慣れていない」
パァン!
と、銃声が鳴った。
「ぐあああっ!」
柳台冬也が右肩をおさえた。
「柳台君!?」
文月京が彼に駆け寄る。柳台冬也は、右肩から血を流していた。撃たれたのだ。文月京は急いで水筒の口を開け、柳台冬也の肩に万能薬を注いだ。
「な、なんで?」江藤浩太は混乱しながら、ホドガヤを見た。「拳銃は使えなくしたはずなのに」
それは単純なトリックだった。ホドガヤは、右手にも拳銃を持っていた。それを、マントの中から撃ったのだ。
柳台冬也が震えながら左手を伸ばした。右手の銃も操ろうとしているのだ。だが、うまくいかなかった。
「なるほど、見えていない鉄は操れないのだな。やはり、甘い。敵に情報を与えてはならない」
バキバキ、と音がした。見ると、品川百万の手の中で、木刀が変形していた。先端が鋭くとがり、全体的に細くなる。あれは、槍だ。
「お前ら、いったん逃げるぞ!」
できたばかりの槍を、ホドガヤに向かって投げる。ホドガヤはそれを、ひょいと避けた。品川百万は柳台冬也に肩を貸して走り出し、すぐ近くの教室に飛び込んだ。
「ま、待って!」
江藤浩太は、とっさに壁を作った。廊下の床と同じ素材の壁がせり上がる。壁は天井まで届いたが、横幅は足りなかった。ホドガヤを一瞬足止めすることしかできない。
しかし、一瞬あれば十分だった。江藤浩太は文月京の手を引いて、品川百万が飛び込んだ教室――図工室に駆け込んだ。
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