転生農民、魔王軍にスカウトされる
コテット
第1話 畑は俺の全てです
「今年もいい出来だ……!」
俺――リクは、たっぷりと汗をかいた額を腕で拭いながら、広がる畑を見渡した。
青々と茂る野菜たちが、陽光を浴びて生命力を振り撒いている。その様子は何度見ても心を打つ。
俺はこの世界に転生してからずっと、ここ辺境の小村で農民をしている。
前世は日本のしがない農学部の学生。気が付いたら馬車もろくに通らないような小さな村で目を覚まし、いつの間にか畑が俺の生きがいになっていた。
剣も魔法も才能ゼロ。
ステータスを測る水晶も、俺の数値を見た瞬間に薄暗く曇ったっけ。村の人間に同情されたのを今でも覚えている。
――だが。
「畑だけは、誰にも負けねぇぞ……!」
種を蒔き、土を耕し、肥料を選び、雑草を抜き、害虫を追い払う。
その繰り返しを三年。
今じゃ村一番、いや十里先の村の誰と比べても負けない自信がある。
作物は大きく瑞々しく、香り高く、甘味が濃い。
村の子供たちは俺の野菜を奪い合うし、村長は俺に毎週晩餐の素材を注文してくる。
……ただの農民だが、それがちょっとだけ誇らしかった。
「よし、今日は村の広場で即売会だ。みんな喜ぶだろうな」
収穫カゴを担ぎ上げた瞬間――。
突然、背筋が凍るような気配が畑を覆った。
「――ほう。ここが、あの噂の畑か」
聞き覚えのない、低く響く声。
振り返れば、そこに立っていたのは、常識を遥かに超えた存在だった。
二メートルを優に超える長身。全身を黒い鎧で覆い、その隙間から禍々しい紅の魔力が吹き出している。
兜の奥で、光る二つの瞳がこちらを見下ろしていた。
「な……な、なんですかあんた!」
情けなく後ずさる俺に、その騎士は不気味に首を傾げた。
「余の名はグレイオ。魔王直属、黒竜将軍と呼ばれている。人間よ――いや、リク・タカナシ。お前を魔界へ招待しに来た」
「…………は?」
招待?
今この場で、完全に言葉を理解できなかった。
だが、次の瞬間――俺の体はふわりと宙に浮いた。
「ひぃぃぃぃぃい!? ま、待って、何これ!? 地面が! 畑が! 俺の野菜がー!!」
ばさばさと風が巻き上がる。
いつの間にかグレイオの背後に巨大な黒い翼が広がっていて、それが俺を軽々と攫い上げたのだ。
視界の端で、俺の大切な畑がみるみる遠ざかっていく。
村人たちがぽかんと口を開け、畑に立ち尽くしているのが見えた。
「待ってくれ! 俺の畑! まだあの大根の収穫が……!」
必死に手を伸ばしても、もう届かない。
「心配するな。お前の畑仕事――いや、その才能を、余は存分に買っているのだ。魔界でも、好きなだけ畑を耕せ」
そう言ったグレイオの声は、なぜか妙に嬉しそうで。
……このときの俺はまだ知らなかった。
この“連れ去り”が、魔族と人間の長い争いを終わらせる小さな一歩になることを。
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