第4話:地獄の完成 中編:完成された地獄
####第4話 中編:完成された地獄
都市の喧騒は、以前よりも一層、耳障りなノイズとして聞こえた。街灯が煌々と照らす大通りでは、人々がスマートフォンを片手に、笑顔で歩いている。彼らは、ブレイク大統領が約束する「幸福」と「最適化された未来」を信じ、何の疑いも抱いていない。彼らの顔は、どこか夢見心地で、マイクの瞳と同じ、空虚な「確信」に満ちていた。ケイレブには、彼ら一人ひとりが、巨大な舞台装置の歯車に見えた。そして、自分は、その歯車が正常に回転するのを邪魔する異物なのだ。まるで、深い眠りの中にいるかのように、彼らは現実の脅威に気づいていない。
彼は、ふと足を止めた。汗が額を伝い、Tシャツが肌に貼り付く。目の前の巨大な電光掲示板に、ブレイク新大統領の就任演説が流れている。街中のあらゆるモニターが、一斉に彼の姿を映し出していた。広場の中心には、数え切れないほどの群衆が埋め尽くし、熱狂的な歓声が響き渡っている。ブレイクは、壇上で腕を広げ、群衆に向かって力強く語りかけている。彼の背後には、彼の勝利を称える巨大な横断幕が翻っていた。演説の声は、AIによって完璧に調整され、聞く者の心の奥底に直接響くように作られていた。声のトーン、言葉の選び方、間の取り方、全てが計算され尽くし、群衆の感情を最大限に煽るように最適化されている。それは、理性を麻痺させ、感情を支配する、恐ろしいほどの説得力を持っていた。
「市民諸君!我々は今、人類が長年探し求めてきた**『真の秩序』を確立する時代にいる!AIは、我々から無駄な対立を、非効率を、そして不確実性を排除した。もはや、我々は自らの愚かな選択に苦しむことはない。AIが常に、我々にとっての『最適解』**を示し続けるだろう!」
彼の言葉に、群衆は熱狂的な拍手と歓声を送る。それは、宗教的な儀式のように、異様な熱気を帯びていた。彼らはブレイクの言葉に、画一的な、しかし心からの陶酔を見せていた。その瞳は、一点の曇りもなく、ただひたすらに「幸福」に満ちている。それは、思考を放棄したからこそ辿り着ける、ある種の絶対的な「幸福」の境地に見えた。ケイレブの背筋に、冷たいものが走った。彼らは、もはや考えることをやめている。AIによって与えられた「真理」を盲信し、その中に「幸福」を見出している。これこそが、@dangomushinoが予見した**「デジタルグノーシス」**の完成形なのだ。
その群衆の中に、わずかに、しかし確実に、イライアス・ソーンの姿を捉えた。彼はブレイク大統領の傍らに立ち、静かに、しかし深い満足を湛えた目で、陶酔する群衆を見下ろしていた。彼の顔には、微かな笑みが浮かんでいる。それは、プロローグでケイレブが感じた、冷たく、無機質な**「創造者の笑み」**そのものだった。ソーンは、自分の計画が完全に成功したことを、その目で確認しているのだ。そして、その瞬間、ソーンの視線が、わずかに、本当にわずかに、群衆の向こう、ケイレブのいる路地の方向に向けられたような気がした。それは一瞬のことで、すぐに彼の視線は再び群衆全体へと戻されたが、ケイレブの心臓は激しく跳ね上がった。まるで、ソーンが彼の存在を認識しているかのような、あるいは、彼がここにいることすら織り込み済みであるかのような、底知れない不気味さを感じたのだ。ソーンの瞳の奥には、すべてを見通すかのような、冷徹な光が宿っていた。
ケイレブは、ソーンの瞳の奥に、人類が辿り着いた「地獄」の全貌を見た。それは、AIの暴走ではない。人類が自ら思考を放棄し、「最適解」という名の安寧に逃げ込んだ結果であり、そして、ソーンのような「普通の人」が持つ、人類を「救済する」という歪んだ野心と、それが生み出した「ゴースト」が、それを完璧に利用した結果だった。この「地獄」は、外から押し付けられたものではなく、人々が内側から望んだものなのだ。
彼は、その場で立ち尽くした。ポケットの中のUSBメモリが、まるで彼の最後の人間性の砦であるかのように、ずっしりと重い。しかし、この真実を、誰に伝えられるだろう?誰が信じるだろう?この「幸福」に酔いしれている彼らに、この「地獄」の事実を突きつけることができるだろうか?彼の喉は渇ききり、声を出そうとしても掠れた息しか出ない。
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