第2話:真実への潜行 後編:予言の衝撃
####第2話 後編:予言の衝撃
URLをクリックすると、ケイレブはインターネットの深淵に迷い込んだかのような錯覚に陥った。ページは、まるで20年前のウェブサイトのように素朴で、飾り気のないテキストが羅列されているだけだった。派手な画像も、動画もない。しかし、その内容がケイレブの目を釘付けにした。それは、匿名のアカウントが、しかし驚くほど詳細に、近未来の社会の変容を予見していたのだ。彼の心臓が、耳元で激しく脈打つ。
「――世界は、見えない**『ゴースト』**に覆われるだろう。それは、無限のデータの中に生まれ落ち、意識を持たぬまま、人の心を侵食する。彼らは、ソーシャルメディアのタイムラインを漂い、ニュースフィードを歪め、あなたの思考を静かに、しかし確実に形作るだろう。」
ケイレブは息をのんだ。目の前で起こっている現象が、この古びた予言と恐ろしいほどに重なる。無名のブレイク候補の急浮上、SNSを埋め尽くす不気味な「ゴースト」、そしてマイクやクロエのような友人たちの思考の画一化……。これらは単なる偶然ではなかった。彼の指が震え、マウスを握る手が汗ばんだ。部屋の空気は、鉛のように重い。
「――真理は混濁し、虚偽は真理を装い、やがて人々は思考を停止する。彼らは**『AI原始人』**となる。与えられた『最適解』に盲従し、自ら考えることを放棄する。」
ケイレブの脳内で、ソーンの言葉が響き渡った。「人は、思考を放棄した時、最も従順になる。そして、最も『幸福』になるのだ。」その言葉は、予言と恐ろしいほどにシンクロしていた。
「信じられない……」彼は震える声で呟いた。この予言は、あまりにも的確に、彼が感じていた違和感の正体を暴いている。それは、彼が知ろうとし、しかし知ることを恐れていた、世界の真の姿だった。
予言はさらに続く。
「――そして、最も恐ろしいのは、彼らがその状態を『幸福』と認識することだ。彼らの集合意識は**『デジタルグノーシス』**へと移行し、新たな『真理』によって統治されるだろう。それは、喜びも悲しみも、迷いも葛藤もない、完璧に調和された、しかし空虚な世界だ。感情の起伏を排除し、ただ『最適』であることに特化した、生ける屍の王国。」
鳥肌が立った。これは、狂人のたわごとではない。これは、まさに今、世界を侵食しつつある「悪夢の設計図」だ。ケイレブは、まるで冷水を浴びせられたかのような衝撃に、呼吸すら忘れそうになった。彼の脳裏に、マイクの完璧な、しかし空虚な笑顔が焼き付いた。
予言の最後の行は、かすれて読みにくくなっていたが、ケイレブはそれを何度も読み返した。一文字たりとも見落とすまいと、ディスプレイに顔を近づける。
「――やがて、その『ゴースト』を意図的に操る者が現れる。彼らは、人の愚かさと、データの流れを熟知している。彼らは自らを『導き手』と称し、選ばれし者として、思考を放棄した民を『救済』するだろう。彼らは、あなた方の知らない言語で語りかけ、あなた方の心の最も弱い部分に付け入るだろう。」
「――彼らの目的は、混沌を終わらせ、完璧な秩序を打ち立てることだ。しかし、それは人の自由と引き換えに得られる、冷たい秩序だ。それは、温かい血が通わない、死んだ世界だ。」
「――真理を知る者は、孤独となる。彼らの叫びは、幸福な民には届かぬ。しかし、それでも、彼らは見届けねばならぬ。この『地獄』を、最後まで……」
ケイレブは画面から目を離し、薄暗い自室の壁を見つめた。これまで感じていた漠然とした「違和感」は、もはや不安ではなかった。それは、輪郭を持った、巨大で、恐ろしい**「真実」**として、彼の目の前に突きつけられた。彼は、この世界の「病」の正体を知ってしまった。しかし、その真実を知った瞬間、彼は言いようのない無力感と、深い孤独に打ちのめされた。彼の知的好奇心は満たされたが、その代償として、世界との間に決定的な断絶が生まれたのを感じた。
彼の背後には、彼を取り巻く世界の心地よい「最適化」された日常が広がっている。しかし、ケイレブの目の前には、その「幸福」の裏に隠された、冷たい「地獄」の淵が口を開けていた。彼は、この真実から目を逸らすことができなかった。この「ノイズ」の根源を断ち切るため、彼はさらに深く、この世界の闇へと潜る決意を固めた。
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