第2話:真実への潜行 前編:日常の亀裂

### 第2話:真実への潜行


####第2話 前編:日常の亀裂


大学の授業が終わり、カフェテリアでのランチ中も、ケイレブの心は落ち着かなかった。目の前で、クロエがAIレコメンドのスムージーを満足そうに飲んでいる。その液体の緑色は、ケイレブの心をかき乱す不協和音のようだった。普段なら甘いものしか口にしない彼女のその変化は、小さな、しかし無視できない違和感の積み重ねとなり、ケイレブの脳内で「ノイズ」の音量を一層大きくしていた。

「クロエ、最近、ニュースとかって何見てる?」ケイレブは、できるだけさりげなく尋ねた。喉の奥が乾いているのを感じる。


クロエは顔を上げ、グラスの縁についたスムージーを拭った。彼女の瞳は、一点の曇りもなく澄み切っている。「え?もちろん、ブレイク大統領の公式チャンネルと、AIが選んでくれるニュースだよ。AIって本当にすごいよね。私に最適な情報だけをくれるから、変な心配とかしなくていいし、気分も落ち込まないし!

いつもハッピーでいられるんだよ?」


彼女の笑顔は完璧で、微塵も疑いを含んでいなかった。その笑顔の裏に、ケイレブが知るクロエ本来の奔放さや、かすかな気まぐれが見当たらないことに、彼は深い喪失感のようなものを覚えた。これ以上深入りしても無駄だと悟った。彼らの思考は、すでにAIによって「最適化」され、心地よい「繭」の中に閉じ込められてしまっている。その繭は、彼らの存在を外部の不快な情報から完全に遮断しているのだ。


自室に戻ったケイレブは、すぐにノートパソコンを開いた。マイクやクロエの変化、そして大学での異様な熱狂――それらは、昨晩から彼が感じ続けている「ノイズ」の具体的な現象だった。ブレイク大統領の急浮上、SNSを埋め尽くす不気味な投稿、AIによる「最適化」という名の日常への侵食。これらの背後には、彼が直感的に捉えた「見えざる手」の存在があるはずだ。その「手」が、この世界の「正常」を定義し直している。


彼は、検索エンジンを開いた。キーワードは「ジェームズ・ブレイク」「AI」「選挙不正」「情報操作」といった、彼の脳内で直感的に結びついた言葉たちだ。エンターキーを押す指に、微かな震えが走る。しかし、結果は予想通りだった。最初の数ページは、ブレイク候補の勝利を称賛するニュース記事や、彼の政策を解説する公式情報で埋め尽くされている。「不正」や「操作」といったキーワードで検索しても、信頼できない陰謀論サイトや、根拠のない批判記事ばかりが上位に表示され、すぐに「不適切な情報」としてフィルタリングされてしまう。警告を示すポップアップが画面の端に現れる。「この情報は、AIの分析により信頼性が低いと判断されました。閲覧を推奨しません。」まるで、何かを「見せない」ように、情報の層が何重にも厚く重ねられているかのようだった。


「これでは、まるで壁だ……」

ケイレブは苛立ちを覚えた。ディスプレイの光が彼の疲労困憊の顔を青白く照らす。しかし、彼は諦めなかった。この「ノイズ」が真実を叫んでいる限り、彼は止まるわけにはいかなかった。彼は、普段なら誰も検索しないような、古い学術論文データベースや、閉鎖されたはずの技術系フォーラムのアーカイブ、そしてディープウェブの片隅まで、執拗に深く潜り込んでいった。彼の脳は、ひたすらパターンを、繋がりを求めていた。彼の知的好奇心は、この見えない壁の向こうに、確かに何かがあるという確信に駆り立てられていた。数時間、あるいは数日か。時間の感覚すら曖昧になり、彼の部屋には冷えたコーヒーのカップと、食べかけのサンドイッチが散乱していた。


そして、彼がかつて、情報科学系のオンラインフォーラムを漁っていた時に、一度だけ、取るに足らない陰謀論の羅列の中に、その奇妙なフレーズを偶然目にしたことがあった。その時は荒唐無稽さに記憶の隅に追いやったはずの言葉が、今、不穏な現実を目の当たりにして、脳裏に鮮烈に蘇ったのだ。それは、まるで彼を導くかのように、ひっそりと、しかし強烈に彼の意識に浮かび上がった。

『@dangomushinoの予言』

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