ただいま彼女を公募いたします
志乃原七海
第1話「ただいまわたくし、さざなみ流星!彼女を公募いたします!」
小説:流星学園、彼女公募事件
国立にも引けを取らない伝統と格式を誇る私立流星学園。その名を轟かせているのは、勉学でもスポーツでもない。生徒会長、さざなみ流星、その人の存在だった。
顔面偏差値100という言葉が、この世に彼のために存在するとしか思えない。透き通るような白い肌、吸い込まれるような深さを持つ瞳、品格ある立ち振る舞い。まるで絵画から抜け出してきたかのようなさざなみ様は、学園中の男子生徒からは嫉妬と畏敬の念を、女子生徒からは熱狂的な憧憬を集めていた。私も、ごく一般的な、しかし彼に焦がれる女子生徒の一人、北村涼子だ。教室の窓から見える生徒会室の明かりに、微かなため息をつく日々。それは流星学園の日常だった。
その日常が、音を立てて崩壊したのは、全校集会でのことだ。壇上に立つさざなみ様は、いつにも増して輝いていた。静まり返った体育館に響く、彼の、凛としていながらもどこか甘い声。誰もが次の言葉を固唾を飲んで待っていた。生徒会長として、どんな素晴らしい提言をするのだろうか。
「皆さんに、一つご報告とお願いがあります」
会場の空気が、ピンと張り詰める。
「ただいまわたくし、さざなみ流星!彼女を公募いたします!」
…は?
一瞬の静寂の後、体育館は爆発した。
「はぁあああああ!?ふざけんなさざなみ!」
「公募って何だよ!アイドルかお前は!」
「自分を何様だと思ってんだ!」
怒号に近いブーイングが、男子生徒たちのエリアから巻き起こる。それはそうだろう。これまで高嶺の花どころか、雲の上の存在だったさざなみ様が、「彼女募集」だと?まるで抽選販売にでもかけるかのようなその物言いは、彼らのプライドをこれでもかと刺激したのだ。
しかし、女子生徒たちも黙ってはいない。
「なによ!さざなみ様が決めたことになんで文句言うのよ!」
「そうよ!公募だろうと何だろうと、さざなみ様らしいじゃない!」
「さざなみ様を侮辱する男は許さない!」
瞬く間に体育館は二分され、怒号と罵声、そして互いを睨みつける視線が飛び交う戦場と化した。男子生徒は、自分たちを差し置いて何を偉そうに、という憤り。女子生徒は、さざなみ様の絶対性を否定されたことへの怒り、そしてこの前代未聞の事態への動揺。
その騒乱の中で、私は立ち尽くしていた。心臓が、嫌な音を立てて鳴っている。公募?彼女を?あの、さざなみ様が?
考察:なぜ、彼は「公募」という形を選んだのだろう?
生徒会長としての責任感?まさか。これは個人の恋愛の話だ。
目立ちたいから?いや、彼はこれ以上目立つ必要なんてない。むしろ隠遁したいくらいの注目度だろう。
本気で「運命の相手」を探したいから?だとしても、なぜよりによって「公募」?まるで商品の品質をカタログで吟味するかのように、応募者の中から「彼女」を選ぶというのか?そんな無機質なやり方で、本当に心を通わせる相手が見つかると思っているのだろうか?
彼の周りには、少し声をかければどんな美人だろうと寄ってくるだろう。学園のアイドルから、外部のモデルや女優まで、その気になればいくらでも相手は見つかるはずだ。にもかかわらず、「公募」。
これは、彼の傲慢さの表れなのだろうか?自分はそれほど価値のある人間だから、相手は選びたい放題だ、とでも言いたいのだろうか。あるいは、あまりにもチヤホヤされすぎて、普通の恋愛の仕方が分からなくなってしまったのか。
もしくは、これは生徒会長としてのパフォーマンス?何か新しい生徒会活動の一環?いや、そんな馬鹿な。
彼に憧れていた、ただ遠くから見ているだけで十分だった、私のような存在にとっては、この「公募」はあまりにも残酷だ。憧れの対象が、手の届かない星から、いきなりオークションにかけられた商品に変わってしまったような感覚。しかも、その商品の価値は、応募する「私」のスペックによって測られるというのか?
もし、私が「応募」したら?想像するだけで恐ろしい。書類審査?面接?「あなたのさざなみ流星への愛を語ってください」なんて言われるのだろうか?いや、それ以前に、何をもって「彼女」を選ぶのだろう。顔?スタイル?成績?家柄?それとも、彼の気まぐれ?
この「公募」は、彼を取り巻く「憧れ」という名の幻想を、一気に現実世界に引きずり下ろした。そして、私たち女子生徒の間に、これまで漠然としていた「さざなみ様が好き」という感情に、具体的な「応募」という行動を突きつけたのだ。
あの、非現実的なほど美しいさざなみ様が、私たちと同じ、俗っぽい「恋愛」というゲームに参加してきた。しかも、ルールは彼が決める。そして、そのルールはこれ以上ないほどに現実的で、そしてどこか歪んでいる。
公募。彼女。さざなみ流星。
私の頭の中は、その三つの単語だけがぐるぐると回っていた。体育館の騒音は、遠い世界の出来事のように耳障りだった。この日から、流星学園の恋愛事情は、予測不能な方向へと舵を切ったのだ。そして、私自身も、この波に巻き込まれることになるのだろうか
体育館の騒乱は、私の耳にはもう届いていなかった。まるで自分だけが、世界から切り離されたような感覚。公募。彼女。さざなみ流星。その言葉だけが、頭の中で木霊する。
しばらくして、私は人混みを縫うようにして体育館を後にした。誰もが興奮したり、憤慨したり、あるいは呆然としたりしている中で、私はただ、静かに考える必要があった。屋上へと続く階段を一段ずつ上る。冷たい手すりが、少し熱を帯びた指に心地よい。
屋上に出ると、夕暮れ間近の茜色の空が広がっていた。風が頬を撫でる。ここなら、誰にも邪魔されずに考えられる。
さざなみ様が「彼女を公募」する。その行為の奇妙さ、傲慢さ、理解不能さは、少し落ち着いても変わらなかった。書類審査?面接?一体何を基準に選ぶのだろう。きっと学園中の、いや、ひょっとしたら外部からも、美しくて、頭が良くて、家柄も良くて、非の打ち所のない女の子たちが応募するのだろう。私みたいな、ごく普通の生徒が、そこに割って入れる隙間なんて、あるわけがない。
「シンデレラストーリー、ねえ…」
ポツリと呟いてみる。あまりにも現実離れした話だ。ガラスの靴なんて持ってないし、魔法使いのおばあさんだって現れない。私は私。冴えない制服を着た、ただの北村涼子だ。さざなみ様の前では、きっと空気のように存在も認識されないだろう。
応募したって、どうせ笑いものになるだけだ。恥をかくだけ。分かっている。理屈では、痛いほど分かっている。
でも。
もしも、ほんの少しでも、可能性がゼロじゃないとしたら?
あの、雲の上の存在だったさざなみ様が、「彼女」という、もう少し人間的な、少しだけ手の届きそうな(たとえ「公募」という歪な形であっても)存在を求めている。それは、ひょっとしたら、彼に近づくための、最初で最後のチャンスなのかもしれない。
このまま、遠くからため息をついているだけの日常を続けるのか?それとも、ほんの一歩でも、彼の世界に足を踏み入れてみようとするのか?たとえ、それが泥沼だとしても。
「一か八か、か…」
もう一度呟く。軽い響きの中に、どれほどの覚悟が必要になるのだろう。きっと、この決断は、私の学園生活を、いや、もしかしたら人生そのものを、大きく変えてしまうだろう。良い方向に転がる可能性なんて、宝くじの一等よりも低いかもしれない。でも、ゼロではないかもしれない、という淡い期待が、胸の奥でチカチカと光っている。
どうせ、無理だろう。
どうせ、選ばれないだろう。
どうせ、惨めな思いをするだけだろう。
そんな「どうせ」という言葉を、心の中で何度も繰り返す。自分を諦めさせるために。無謀な挑戦を思いとどまらせるために。
それでも。
「…やってみるか」
声に出して、初めてその決意が確かなものになる。震える声だったが、不思議と迷いは消えていた。シンデレラストーリーなんて、おとぎ話だ。そんな奇跡が自分に起こるなんて、夢にも思わない。
でも、もしも、ほんの一瞬でも、あの輝く世界の片鱗に触れられる可能性があるなら。このまま、遠くから指を咥えているよりは、ずっとマシだ。たとえ、その結果がどんなに打ちのめされるものであっても。
これは、シンデレラを目指すというよりは、ただ、自分の中の「さざなみ流星への憧れ」という火を、最後に一度、燃やし尽くしてみようという試みなのかもしれない。一か八か、賭けてみる。たった一度の、無謀な賭け。
茜色の空を見上げながら、私は小さく頷いた。さざなみ様の公募に応募する。この、バカげていると分かっているけれど、どうしても無視できない衝動に、身を任せてみることにしたのだ。明日の朝一番に、生徒会室に張り出されるであろう、応募要項を探しに行こう。。
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