イルカ

おる

イルカ

ピンポピンピンポーン

「ごめんくださーい」


嫌な予感を抱えつつ覗き窓を覗くとイルカが立っていた。嫌な予感は当たるものだ。彼らはチャイムをノックだと思っているようで必ず3回鳴らす。そのため音がダブっていたら彼らが来たのだとわかるのだ。

仕方なく応じる。

「はい」

「突然申し訳ございません。今回は帥にお願いがございまして」

「お願い……ですかぁ……」

彼らは相手がどんなものでも基本『帥』と呼ぶし、一人称は『あっし』である。彼は構わず話し続けようとする。

「実は……」

「一旦あがろうか。入りな」

イルカは話し始めると長い。この暑い中玄関で話し続けられてはたまったものではない。クーラーの効いた部屋でギリギリだ。

「で、願いとは?」

「実は良い日本酒が手に入りましてね。帥に何と合わせるのが良いのか教えを請いたいんですよ」

彼はそう言ってカバンから一升瓶を取り出す。

「勿論、純米大吟醸です」

「わざわざ私のために?」

「どうでしょうかね。フフッ」

相変わらず食えないイルカだ。それに彼の目的は私につまみを聞くことなんかでは無い。

「実際のところ、今日の要件は?」

「つまみを作ってください。一緒に飲みましょう」

彼とも長い付き合いだ。こういうときは要件を一言でというのが私たちの暗黙の了解なのだ。

「そうだと思った。だったらちょうどうちにいくつかのお刺身とサワークリームがあるよ。何とかしようか」

「恐悦至極に存じます」

イルカはわざとらしくかしこまってみせる。こういう所も変わらない。

私がツマミを作るために立ち上がったところでついにイルカは喋り始める。

「しかし久しぶりですね。帥と前に会ってからもう4年ほど経つのですか」

「そうだねぇ」

サワークリームを冷蔵庫から探しながら相槌を打つ。ここからの私は基本イルカが話すのを聞きつつツマミの用意をすることになる。

「いやぁ懐かしい。4年前は今ほどの暑さではなくて帥が海に来ていたのですよね。というかそれもあって今度はあっしが帥の家に伺うべきだと思ったんですよ。現代ですから文通以外にも連絡手段は沢山あるとはいえどやはり直接会って話す。これにまさるものはありませんからね。」

言われてみると確かにそうだった。4年前はまだ猛暑日がレアな日、珍しい日という扱いであったし、私も能動的に海に行こうとなる日があった。

「いやぁしかし最近は暑くて敵いませんね。あっしなんてイルカなもんですからヒトよりも黒い面積が多いんですよね。しかもこの暑さ、イルカジャーキーになってしまいそうです。まぁ海も水温が昔より上がってはいますがこちらほどでは無いですからね。陸に上がってきているあっしの仲間がコンビニのあたりめとかの列に並ぶ日もそう遠くないのではないかと思ってしまいますね。」

やっとサワークリームが見つかった。これとししゃもっ子をボウルに入れてしばらく混ぜればそれだけでツマミになる。イルカの話は続いている。

「……とまぁこんな感じでこの酒を手に入れたのですよ。そうそう、そういえばあっしの弟も陸に上がることにしたらしくてですね、なんの職に就いたと思います?」

酒の入手経路を聞き逃したようだ。まぁいい。 しかし彼の弟の職業なんて彼の職業すら知らない私にわかるわけが無いのだが一応考えてみる。

彼の弟には私も会ったことがある。聡明で、良い子だと感じた。イルカなのに平泳ぎか得意なのは意外だったが……。

「中学か高校の教師かい?教師ならばイルカの同僚も多くて働きやすいだろう。彼は聡明な子に見えたしね」

私の言を聞いたイルカは身体をくねらせて笑った。かと思ったら急に動きを止めた。

「ハッハッハッハッ、帥は面白いことを言いますね。教師ですか〜。……いや?案外近いかもしれませんね」

今度は彼の話に耳を傾けつつ冷蔵庫から刺身類を取り出す。彼は話し続ける。

「あっしの弟は水族館に就職しましたよ。千葉だと聞きました」

「それはめでたい。水族館だなんて。さすがだねぇ。やっぱり水族館なんて相当優秀じゃないといけないんじゃないのかい。」

「彼は優秀らしいですからねぇ。学生時代彼は生徒会長なんかをやったこともあるらしいですよ」

「そうかい。流石君の弟だね。そういえば君はそういうのをやっていたりしたのかい?」

言ってからしまったと思った。

「いやぁ、あっしなんて弟に比べたら全然でしたよ。別に集団を引っ張って行くタイプでもなければたいして頭が良い訳でもなかったですから」

「へぇ」

彼の話が思ったより早く区切りを迎えたことに驚きつつ長方形の黒い皿にツマを置き、刺身を並べる。そういえば彼は自分の話をしようとしない。彼の話は既に全く別の方向に進んでいる。

「……だからあっしはマグロ派なんですよ」

『いくつかの刺身』には勿論マグロが含まれている。彼は中トロが好みだったはずだ。

「できたよー」

完成したサワークリームししゃもっ子と刺身達をテーブルに並べる。イルカが一升瓶をだし、2つのグラスに注ぐ。やっと始められるというわけだ。

「じゃあ音頭をお願い」

「かしこまりました。それでは、久しぶりの再会を祝って……乾杯!!」

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イルカ おる @orukaikou

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