第4章『重見天日は見る人次第』
第4章 1.
咲坂高校冒険部活動報告書
第4章 「重見天日は見る人次第」
1.
咲坂高校には野球部がある。弱小野球部であり、将来の夢は甲子園出場だ。そのためにまず県大会初戦に確実に勝てる実力を身につけねばならない。そんなところから始まる程度にはさほど強くない。
つまり、そんな微妙な野球部には、いわゆる設備が整っているかどうかも怪しいということだ。
「『山本』! 行くのか!?」 「おう、今日も行く。大丈夫だ。この間のお金でピッチングマシンやグラウンドの整備もまともにしてくれるよういなっただろ! 今度もいける!」
ダンジョンビギナーズラックとやらで大金をつかんだ『山本』はその金で野球部を強くするのだという使命感に駆られていた。別に冒険者じゃないのに。
そして、そのビギナーズラックをダンジョン冒険者として実績が『あるはず』の連中から恨みを買っていることも特に考えず
「また、ダンジョンで稼いで野球部に入れるんだ!!」 「山本ぉぉぉおおおおおッ!!! おまえ、お前ってやつは!!」
むさくるしい男子高校生たちが歓喜の涙を流しながらお互い抱き付き合い、それをマネージャー女子&イケメン『山本』についたミーハーファンの女子が騒ぎ立てる。青春の一ページというやつだ。『咲坂高校冒険部』の『部長』が青筋立てて『山本』達を見ているところに視線を向けなければという注意書きは必要だけど。
「でも、『山本』気を付けてくれよ……この間はともかく、今度はお前ひとりだろ」 「くっそっ、早くバイトで入場料稼いでお前に続かなきゃいけないのに」
「みんな……」
何かが致命的に間違っていることをすっかり忘れている野球部の面々はバイトで入場料を稼ぎ代表して『山本』ともう一人を送り出した。そのバイトの時間で練習すればとか、バイト代をそのまま使えよとは言ってはいけない。彼らは青春の一ページを描いている瞬間できらきらと輝いているのだ。何かを致命的に間違えていることを指摘してはならない。
「けっ、ここのところ毎日やってるじゃん」
黒髪のお嬢様系優等生の姿をした『部長』が吐き捨てるようにイライラした口調でやりながら部室を開ける。
部員たちが勢ぞろい。『部長』を除く3人組はノートPCの画面を前に難しそうな顔をしている。
「再生回数は!? どう? バズれそう!?」
新入生を呼び込むための動画投稿のはずだが、何やらバズ狙いになっている『部長』をしり目に3人は画面を見ながらため息を吐く。
「やっぱ、再生回数72……こんなもんか」 「というか、絶対10回前後は私たちですよね?」
「それより、ビックプログレムはこのコメントズ。映像がAIによるフェイクだと本気で思われてる事はヤバイ」
帰国子女がキャラ付けに困って、迷走した挙句すっかり見慣れた風景になった『オキタ』の謎口調は無視してそれを聞いたみんなが確かにと考え始める。
「……フェイクじゃないと証明するにはやはり、リアルタイムで配信するしかないんでしょうか?」
「リアルタイムのAI編集は機材がごっつ高い、そういうものは持ってないって見せたうえでなら納得するかも。それでもうるさいのは、シカトや。それしかない」
「ちょっと、みんななんでそんなに夢がないの!? 一発あてようって気をまず持たないと!!」
『部長』が何やらギャンブル依存症患者のような事を言い出しているのを3人組は無視して話を続けていく。
「でも配信する場合、通信料すごいことになる可能性ありますですよね。どうしますです?」
「……安いエリアで、時間も短く何とかするしかないやろな」
『関西』の提案。
「ショートなタイムで取れ高……いけるか?」 「この際それは無視。リアルタイムで質問に答える。つまり雑談が半分」
「雑談が半分。そもそも質問来るんですか? もしかして友達に頼んでサクラを入れようとか考えてます?」
「それ以外にあるかい。サクラの質問が2~3つほど入ればそれっぽくは見えるやろ」
「あのーみんなー? ねー。私の話聞いてる?」
では、配信の日時はどうするか。怪しまれないサクラの質問はどういうものでどんな風に回答するかということを相談する3人組とハブられた1人。
ハブられた黒髪長髪のお嬢様はいじけながらスマホで動画を見始める。ダンジョンでの動画配信や動画投稿の傾向を見ようとそれっぽい単語を検索する。
『 みんなー? 今日はライブに来てくれてありがとう! 見てよこれ、ダンジョンの「
画面に映る少女は手を振っている。まるでライブ会場だ。
『3Dスタジオって維持整備費がものすごく高くて、でもダンジョンだと入場料さえ1回払ってしまえば無視できるから、私たちの事務所は年に2~3回ほど1か月近くダンジョンに滞在してライブしまくる、ライブ月間を設けてます。ライブ月間もそろそろ後半戦!! いろいろなスキルやアーツを使うことで色々とすごいんだよ! みてよ、この流れ星の演出。スタッフさんのアーツなんだ!』
きらきらした目で何やらバーチャルアイドル系配信者がライブ活動をしている動画が早速出てきた。
『ちーきたんのアイドル活動700日目!』というタイトルが彼女が一体何をしているか説明している。
どうやらわざわざ現地にまでいってライブを見ている太客もいるようで、その太客らしき人間たち――イケメンのアバターにしているのが多い――がオタ芸に走っている。
(……ダンジョン?)
『部長』は次の動画を再生してみる。
『 これは100年前、CGをなるべく使わずに考え出されたトリックショットの映像です。すごいですね。CGを使わずに迫力のあるアクション映画を撮るために色々な工夫が編み出されました。
この言ってみれば特撮、トリックショットの技術は現代でも使われています。そう、ダンジョンです。ダンジョン内部でこれらの仕掛けを用意します。もちろんレベル0に比べて低コストで済みます。死亡事故が起きないためですね』
映画解説系動画投稿者らしいその投稿者の動画は、トリックショットの取り方を実際の映画撮影風景とともに解説を進めていく。
『 結局は単なるトリックショットだろ? 何のためにダンジョンで撮影するんだという答えは単純です。何度も言いますけど、ダンジョンでは死亡事故はほぼゼロ限りなく起きない空間です。
つまり、多少手抜きセットにしても問題がない。むしろそういうハプニングが迫力と俳優たちのリアルな演技の2つを引き出すためです』
動画に映るのは監督達のインタビュー画像や記事らしきもの。
『またCGの予算を規模によってはこっちの方が使わないという現実的なコスパの話にもなっていきます。ダンジョンは1キログラム100万円かかるロケットの打ち上げよりは安いですが、場合によって1人当たり100万円単位の入場料、投入コストが必要です。それでもハリウッドの大作映画の予算からしたら安いのです』
何やら映画撮影中にモンスターが出現したが、監督は大喜びで護衛兼エキストラの傭兵たちにカメラを向けて彼らの射撃シーンをカメラに収めていく。なかなか、迫力があって本物の銃撃戦だと大喜びのご様子。
なお、苦労点はモンスターの姿を隠す事だそうだ。人間同士のアクション映画でモンスターがいたら台無しとのこと。
「…………」
なんか思い描いてたのと違うなーと思いつつ、面白いから動画の再生を続ける。
『 こちらの女優さんはある映画の出演料交渉をしています。実は彼女は映画に出演していないのです。デジタルなAI肖像権問題は以前と違って様々な法令や条約によって守られてきていますが、ダンジョンアバターはこの辺の縛りがまだ緩く対策が間に合っていません』
法廷の絵が映し出される。実際に起きた裁判風景らしい。
『そのために、身勝手にもダンジョン内部での撮影の際に誰かが、彼女の肖像権を侵害し、彼女の姿かたちのアバターで映画に映っているのです。もしも主演でこんなことをされたら大問題ですが、これはエキストラの起こした事件であり、さてどうしたものか裁判中となっています』
映画撮影風景は『
『 俳優、ロジャード・カイはレベル0で今回の映画のような危険なスタントアクションには従来、保険会社から難色を示されたが、今回は認められたと発言しておりダンジョンを活用した映画撮影は急速に拡大中といえるでしょう。人によってはそもそも保険料を払うのがもったいないという人もいるとか』
「へー」
『部長』が映画解説動画投稿者の動画に夢中になっているのに気付いた3人組は、一言注意しようと思ったが、その動画がダンジョン冒険者の作ったものだとすぐに気づいて自分たちもスマホを取り出して見始める。
『 それでは素人でもすぐに撮影できるダンジョントリックショットを一つご紹介』
「「「へー」」」
4人組が、動画投稿者本人が撮影したトリックショットを見せられ、本気で驚嘆していると、動画投稿者本人が脚本監督を務める自主製作映画を現在制作中。是非クラウドファンディングをしてねというダイレクトマーケティングが始まって動画が終了する。
「すごいですね。ダンジョンを活用して映画を撮るっていうのは聞いたことありましたけどそれ事態を題材にした動画投稿者ってのはびっくりですしすごく面白いです」
「ふむ。ダンジョンレベル1の天井を爆破してみた。4年くらい前の動画で、再生数は2億4千万回ィ!?」
「あっ、似たような動画見つけました。去年です。再生数4080回……。題材がすごい飽きられてるみたいです。あと最初の人は本気で金のかけ方がやばかったみたいですね」
実際に爆薬を購入することがある4人組には戦慄するほどの物量としか言いようが無い。
「怖い世界だ……」
今更ながら軽い気持ちで初めて見たダンジョン動画投稿、動画配信の界隈というやつが魔窟であることを思い知らされ、自分たちの自己紹介動画がなんだか学生が背伸びして作った動画に見えてきた。なお、学生であることは単なる事実である。
「私たちがやるにはこれにインパクトで勝たなきゃいけないわね……」 「「「ん?」」」
「映画っていうのは良いわ。いっそ私たちも映画作りを始めてもいいかもしれない」
何やら着地点がおかしくなっている。まぁ、どうせすぐに飽きるだろう。『部長』だしと3人組はスルーすることにした。
「あーこんなのもあるんですね」
『いちちゃん』が見ているのはダンジョン動画投稿・配信界隈の掲示板の一つ。
3人が『いちちゃん』のスマホ画面をのぞき込むと
【AV制作】、薄い本みたいなシチュが現実に可能。
「「「いやいやいや」」」
「ちっ、ちがっ!! そこじゃないです!」
むっつりの異名をいただきそうな『いちちゃん』が全力で否定し彼女が指さすのは男1人美少女3人のハーレムパーティの配信者だ。
「「あっ、こいつ」」
何やらすでに知っているらしい男子2人と知らない女子2名に分かれて会話が始まった。
「へー可愛いじゃん」
「アイドル? って感じのふるまいですけど基本はあくまでも冒険者でアイドルっぽいことしてます。でもアイドルではありません! って活動方針みたいですね」
「こいつあれだよな」 「ああ、ファンの女の子に手を出しまくりって噂のあるやつ」
「ハーレムPT率いてて、まだ足りてへんのか!」
「「「…………………………………………………………………………」」」
女子組と男子組に分かれた会話が沈黙という形で合流した。掲示板の内容もそれを示唆している。
というか、このハーレムPTの奴ら、いわゆる同人AVってやつを制作してるとする書き込みがあってリンクまで用意されている。男子組は知ってる。そのリンク、国内再王手の合法アダルトサイトのリンクだということまで。
「「……」」 「「……」」
女子から何となく向けられた視線から思わず逃げるように顔をそむける男子2人。
部室の外から山本応援団の声が響く中、冒険部の部室は静まり返っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます