第四章 久我詩織”を消したのは誰か

 列車は、次の停車駅「名無坂ななしざか」に向かっていた。

 車掌の案内で薫と白菊は、再び2号車個室E──詩織が“存在していた”部屋へと入る。


 白菊がふと立ち止まる。


 部屋の空気が、冷たい。


 ──まるで“誰か”がまだ、そこに座っているかのように。


 薫は壁に指を這わせた。

 すると、ライトの当たった壁紙に、わずかに擦れた跡が浮かび上がる。


 「見て。ここ、フォトフレームの跡よ。つまり、詩織は“誰かの写真”を飾っていた」


 白菊が声を潜める。


 「それって、もしかして母親のかな……?」


 「多分ね。彼女は母の死の真相を暴こうとしてた。そして……何かを掴んだ」


 薫の指が机をなぞり調べているとふと手がが止まる。

 部屋のテーブルの裏に、小さなナイフで彫られた文字が見つかる。


 > “この列車に、犯人がいる”


 ふたりの背筋に、冷たいものが走った。


 ◆


 同日昼。薫は全乗客から“過去の経歴”に関する聴取を再開した。

 そして、一つの“隠された接点”にたどり着く。


 元秘書・相良美月の過去に──「久我楼」火災に関する証言隠蔽の疑い。


 「あなた、事件当時“片桐氏の代理で久我楼と接触していた”のよね」


 薫の鋭い言葉に、美月がわずかに揺れる。


 「……私は、ただ……会社の命令で……」


 「じゃあ、詩織さんを見たの? この列車で?」


 沈黙。

 そして──小さく、震える声。


 「……乗ってきたのよ。白い服で、チケットを持って……

 “母の敵を討ちにきました”って……私、怖くなって……」


 白菊の心に鈍い痛みが走る。


 「それで、詩織さんを……?」


 「……違うの、私は……あの子に言われて“車掌に頼んで、乗車記録から名前を外させただけ”……!」


 ◆


 そのとき、車内放送が流れる。


 「──ご乗車中のお客様にお知らせいたします。当車両は燃料補給の為に、名無坂にて一時停車いたします。外出はご遠慮ください」


 だが、白菊の耳には別の音が届いていた。



 “ちり……ちりん……”


 ──また、鈴の音がする。


 窓の外。名無坂のホームに、白い人影が立っていた。


 それは、まぎれもなく“久我詩織”だった。


 しかし、今度は…。


 泣いていた。


 ◆


 列車は再び動き出す。


 だが、その瞬間。


 車内に第二の悲鳴が響いた。


 鳴海理沙──カフェスタッフが、車両間の連結部で倒れていた。


 意識はある。だが、手には血がついていた。

 近くに落ちていたのは、小さな金の鈴。


 薫が顔をしかめる。


 「まだ“終わってない”。……今度は、怪異のふりをした人間の真似を、怪異が始めたのかもしれない」


 怪異と人間の悪意が、重なってきている。


 白菊の胸に、浮かんだ言葉。


 “誰が最初に嘘をついたのか”──

 それが、この列車の呪いを呼んだ原因なんだ。

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