第一章 その列車は、夜を運ぶ
汽笛が、低く鳴った。
春も終わりかけの夜、都内から発車する観光寝台列車“
薫は、窓辺のソファに腰かけながら足を組み、ひらひらとチケットを弄んでいた。
「……まあ、いい気分転換にはなるわよね。どうせ途中で怪異に出くわすけど」
その隣には、旅ガイドを読みながらうとうとしている白菊。
「……薫ちゃん、こういう列車で事件起きると、やたら張り切るよね……」
「張り切るって何よ、あんたを守る為に気を張ってるだけよ。“鈴の音が聞こえたら死ぬ”って都市伝説つきの列車なんて、どこからどう見ても調査対象でしょ?」
白菊の目がわずかに見開かれる。
「……あ、それ、聞いたことある。“夜行桜”の旧路線では、工事事故で亡くなった作業員の霊が、満開の桜と一緒に“鈴を鳴らして現れる”って……」
「そう。で、今回はその旧路線を含めた“記念運行”ってわけ」
薫の口調が鋭くなる。
「何かあるに決まってる。しかも──今回の列車には、“あんたを招いた”人間が乗ってる」
白菊が瞬きをする。
薫は手帳から一枚の封書を取り出した。
差出人は不明。だがその内容は、
> “この列車の中に、“本物の殺人者”が乗っています。
あなたの物語で、暴いてください。白菊先生”
「……あんたが、こんな招待状を受け取るってことは、やっぱり“巻き込まれ体質”も健在ね。……ったく、平穏な旅なんて夢のまた夢ね」
白菊は、少し申し訳なさそうに微笑む。
◆
深夜0時――。
走行中の列車内で、異常が起きた。
“2号車個室C”に宿泊していた会社重役が、密室状態の室内で死亡していた。
ドアには内側からロックがかかっていた。
部屋に凶器はない。
窓も鍵も、開いた痕跡はなかった。
「──これは、殺人よ。間違いないわ」
慌てふためいている車掌を宥めながら薫は、鋭い視線で現場を見回す。
そして、足元に落ちていたものを拾い上げる。
それは、小さな金の鈴だった。
「……あたし、こういうの嫌いなのよ。
“人間”が、“怪異”のふりをして殺すやつ」
白菊が、薫の後ろで呟く。
「……じゃあ、今回は……」
「そう──これは“怪異”なんかじゃない。
誰かが、“鈴の怪異”を“利用して”、誰かを殺したのよ」
列車は夜を裂いて走り続ける。
だがこの車内には今──
怪異と、怪異の名を騙る人間と、
本物の“夜の殺意”が、同じ車両に乗っていた。
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