第14話 待ってるんですよ…助けを
『え……?』
その声に裕太は立ち止まり、振り返る。
『……何かあった時に軽トラ使うって、どんな時ですか?』
『彰宏さん……?』
『これ以上、一体何が起こるって言うんですか…
今だってもう十分“何かあった時”なんじゃないんですか!?
いつまでここに籠っていなきゃいけないんですか!?』
彰宏は震えながらも搾り出すような大きな声で、裕太に詰め寄る。
『ちょっと……彰宏さん、落ち着いて……』
傑が二人の間に入ろうと身を乗り出す。
『家族が別々の避難所に誘導された人だって沢山いるんですよ!
それなのにみんな遠慮して……半ば諦めて……ここで生きていくしかないって……助けが来るまで生き残るしかないって……
そうやって無理やり気持ち切り替えて!』
彰宏の目には、うっすらと涙が浮かんでいる。
『でも!! 本当に諦めたわけじゃないんですよ!!
会いたいんですよ!! 確かめに行きたいんですよ!! 助けに行きたいんですよ!!
たとえ危険だと分かってても!!』
震える声はやがて悲痛な叫びへと変わり、その手は裕太の肩を掴もうと伸びる。
他の整備チームも慌てて仲裁に入り、彰宏を引き剥がそうとするが、徐々に抵抗が強くなっていく。
『家族と離れ離れに避難してる人が沢山いるんですよ!
誰がどこの避難所に行ったかさえも、市役所でも把握しきれていません!
でも、バイパス沿いのガソスタの近くにはいくつか避難所があります!
そこに行けば誰かがいるはずなんです!
腹空かせてるかもしれない、怪我や病気で苦しんでるかもしれない、周りを動物たちに囲まれて身動き取れないかもしれない!
だから行かなきゃいけないんです! 助けに行かなきゃいけないんです!
そんな人たちを見捨てて、このままずっとここで生きていけっていうんですか!?』
『どうした?』
『何かあったの?』
騒ぎを聞きつけた避難民たちが様子を見に外へ出てきて、辺りはざわざわと騒然となる。
それでも彰宏の叫びは止まらない。
それは、避難民が心の奥底に閉じ込めていた本心を代弁してくれているかのようだった。
彰宏は市役所の職員として、避難所開設当初から農業高校に入り、避難民のために尽力してきた。
離れ離れになった家族を心配する声や、長引く避難生活から来るストレス、時には心無い苦情まで、丁寧に聞き取り、親身になって支えてきた。
避難民たちがガソリンを集めるのに協力してくれたのも、そんな彰宏の日頃の行いを知っていたからだろう。
人々は普段からは想像もつかない彰宏の姿に驚きながらも、それを止めようとはしなかった。
静かに耳を傾け、うんうんと頷き、同じように涙を浮かべる者もいた。
『彰宏さん……前に家族が別の避難所にいるって言ってましたよね?』
傑が彰宏を制止しながら、心を落ち着かせようと話題を変える。
その言葉を受けて彰宏の身体は一瞬ぴたりと止まり、こくりと力なく頷く。
次第に力が抜け、やがて落ち着きを取り戻した。
『……はい、一緒に住んでた両親がいます』
『どこに行ったか、分からないんですよね』
『はい……記録を漁っても、避難民の方に聞いても、手掛かりはありませんでした。
太陽フレア直後の混乱と度重なる獣害の対応に追われて、俺が家に帰らずにいたせいです。
この避難所に配属になると決まった時、荷物を取りに一度家に戻ったんですが……すでに両親の姿はありませんでした。
代わりに市民センターに避難するってメモだけが残されてて。
その後すぐ市民センターに行ったんですが、定員オーバーを理由に受け入れを断られたらしく……
俺が来る前に別の避難所に行ったって言われて……そこから両親の足取りは掴めていません……』
彰宏はうなだれるように、力なくそう答えた。
『……俺も、獣害の対応や避難誘導してるうちに、家族と連絡がつかなくなりました』
終始無言で彰宏の言葉を受け止めていた裕太が、伏し目がちに口を開く。
『!……そうだったんですね……すいません、感情的になってしまって……』
裕太も自分と似た境遇だと知った彰宏は、申し訳なさそうに頭を下げた。
『皆さんも……すいませんでした。お騒がせして……』
整備チームや、集まった避難民たちにも同じように頭を下げる。
『大丈夫だから』
『気にしないで』
『大変だったな』
『いつもありがとうね』
『ごめんな』
周囲から口々に励ます声が上がる。
そのあたたかさに、彰宏は思いがけずまた涙を浮かべた。
そして顔を上げると、意を決した表情で裕太を見つめる。
『裕太さん、無理を承知でお願いがあります。どうか、ガソスタまでの護衛をお願いできませんか?
……できれば、1箇所だけでもいいので他の避難所の様子も見にいきたいと思っています。
その為には裕太さんの力が必要なんです! お願いします!!』
彰宏は深々と頭を下げる。
それに続くように、周囲の避難民からも――
『俺からも頼むよ』
『助けに行こう』
『誰かの家族がいるかもしれない』
『お願いします』
――と声が上がり、同じように頭を下げた。
『頭を上げてください……皆さんの気持ちは痛いほど分かります。
俺もずっと、他の避難所の事が気掛かりでした。
助けを待つばかりじゃなくて、自分たちで動ける範囲で動くべきだとも思います。
……でも、俺個人に決められる事ではありません。
避難民全員で避難所を回すと決めた以上、最低でも役職者の意見や許可がないと……。
でも、行くと決まったらその時は護衛でもなんでもしますよ。
それしか俺にはできませんから』
いざとなった時に猟銃で動物と対峙できるのは、今のところ自分しかいない。
だからこそ勝手な行動は取れない。
それが皆の気持ちに寄り添う、裕太なりの精一杯だった。
『……分かりました。俺からも課長に言ってみます』
彰宏はそう言って、分かってはいたが、やはり残念そうに悔しさを滲ませた表情で裕太を見つめ返した。
『その必要はありませんよ、彰宏君』
人だかりの向こうから、昔から聞き慣れた声。
振り返るとそこには、忠司や信介をはじめとする役職者たちの姿があった。
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