18話
「ん? どういうことだ?」
「報告書を読んだ時、気になるなーって顔してた。何が引っかかったの」
「よく見てるな。別に大したことじゃないよ。ただ、今まで出現した魔獣は、荷物に隠れて街中に入り込むとか、門番をかいくぐるとか、そういうことをする魔獣じゃないんだよなと思って」
レオンさん曰く、そういう知恵を働かせるのは、猿型や猫型の魔獣らしいのだ。さらに彼らは魔法を使い、人間を幻惑することもあるという。
狼型もハイエナ型も、それから今日倒した駝鳥型も、どちらかと言えば実力行使が好きな方で、魔法などもあまり使わないらしい。
「そっか、今日見た駝鳥型魔獣、魔法を使ってたもんね。サフィールさんがそれで焦ってた」
「ああ、本来魔法を使うはずのない魔獣が、簡単とは言え魔法を放ってかく乱してきたんだ。想定していなかっただろう」
「……」
本来魔法を使うはずのない魔獣が、魔法を使う。
そのからくりについて考えながら、鹿肉の大きな一切れを口の中にねじ込む。塩のきいた鹿肉は、噛むたびに野性味ある赤肉の味がして、それを追いかけるようにベリーの甘酸っぱさがきいている。
地下室で食べていた、塩辛い干し肉とは大違いだ。噛みしめる喜びがある。
レオンさんの分も鹿肉を食べていいかなあと迷っていると、レオンさんがエールのジョッキを口にしながら、じとりとこちらを睨んだ。
「なに」
「こっちだってお前に聞きたいことがあるぞ。さっき、魔獣襲撃の背景が分かったって言ってただろ。あれは何なんだ」
「別に大した話じゃないわよ。あの駝鳥型魔獣の心臓には、魔法を使ったあとがあったってだけ」
「魔法を使ったあと? 魔導呪印があったってことか?」
魔導呪印。
それは強い魔法を使うためのマークであり、対象に刻まれた魔法の痕跡である。
たとえば、相手を自分に惚れさせたいと思ったとする。
基本的に心を操る魔法というのは、強い魔法を要求するものだから、相手の体のどこかにマークをつけなければならない。
そのマークを通して、相手の体に自分の魔力を挿入するイメージだ。
しかしこのマークをつければ、誰がどんな意図を持って魔法を使ったのか、第三者からも丸見えになってしまう。
強い魔法を使う代わりに、手の内をさらす。
魔導呪印とは、そういう意味を持つのだ。
「ううん。魔導呪印はなかった。でも、本来魔獣の心臓にあるべきではない魔素を感じた」
「魔獣の心臓にあるべきではない、魔素……?」
「汚濁。泥。沼。罠。絡みついて離れない、入り組んだ思惑」
レオンさんは顔をしかめた。
「入り組んだ思惑? なんだそれは」
「分からない。だけどこれは明らかに人為的なもの」
「つまりお前は――誰かが魔獣を操り、市場に解き放ったと言いたいのか?」
「多分ね。それはレオンさんが抱いた違和感とも符合するでしょ」
「魔獣本来の性質とは異なった行動をとる……確かにそうだが」
エールをぐっと飲み、レオンさんは唇を引き結んだ。
そうしてじっと私に視線を据える。
「この二つを結び付けるのは、少しばかり結論を急ぎすぎていないか」
「そうね。私はまださっきの魔獣の魔素しか見ていないもの。――だから、これからもっとたくさんの魔獣を倒して、その魔素を見ていけば、色々なことが分かる気がするの。取り急ぎ明日ギルドに行って、これまでに倒した魔獣の体の一部が残ってないかどうか聞いてみようと思って。もしまだ残ってたら、そこから魔素を抽出できるかもしれないし」
忙しくなりそうだ。そう思いながら私もエールのジョッキを手にして、ぐびり、ぐびりと飲む。
ほどよい苦みと、強すぎない炭酸が、食欲をますます増してくれる。
「ね、鹿肉もう一皿頼んでもいい?」
「いいぞ。ついでにイノシシ肉の串焼きも頼もう」
運ばれてきた串焼きは、大きくてとろとろで脂が輝いていたので、それから私たちはしばらく食事に専念した。熱々のイノシシ肉の串焼きを前に、難しい話をするのはマナー違反だ。
やがてお腹はいっぱいになり、私たちは唇の周りを脂とソースでてかてかにして、満足のため息をついた。
レオンさんは存外上品な仕草で口元を拭うと、おもむろに言った。
「お前は賢すぎるくせに無防備すぎる。ここは地下室じゃない。お前を閉じ込める代わりに、お前を守っていた壁はもうないんだ」
「どういう意味?」
「――決めた。俺はもうしばらくお前の側にいる」
「それは……嬉しいけど。なんで?」
「お前は知りたがり屋だ。厄介なことに、とても優れた目と頭を持つ知りたがり屋だ。だからだよ」
私は目を瞬かせる。
「言ってる意味が分からないよ。だけど……レオンさんとまだ一緒にいられるのは、嬉しいな」
「そうかい」
「だってこうして誰かと一緒にご飯を食べるのって、十年ぶりなのよ? そのうち一人に戻るんだろうけど、もう少しだけ堪能したかったから」
レオンさんは微かに目を細めた。それから、ふんと鼻を鳴らす。
「相手が俺みたいにむさくるしいので悪かったな」
「むさくるしい? そんなこと思ったことないけど。むしろ整った顔立ちしてるでしょ。昔のお話に出てくる騎士様みたいじゃない?」
「……そうかい」
レオンさんは口の中でぶつぶつと一人呟いていたが、やがてカメのように首を縮め、明後日の方を向いてしまった。
変な人だ。
そう思いながら私は、鹿肉の最後のひときれに、たっぷりとベリーソースを乗せて口の中に放り込んだ。
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