16話
ギルドでは、猫の獣人の秘書が、私とサフィールさんを応接室に通した。
白い毛並みがもふもふの、可愛らしいひとだったが、私をぎろりと睨みつけて敵意が剥き出しだ。
獣人はゆらりと尻尾を振ると、そのまま応接室を出て行った。
サフィールさんは私の対面にどっかと腰かけると、獣人が運んできた紅茶のカップをがっと掴んで口に運んだ。
湯気が立っているはずのそれを、熱がるそぶりもなく、ぐびぐびと飲んでいた。
「あんたたちも飲みなさい。茶菓の一つでも出せばいいのに、ソフィアも気が利かないったら」
私とレオンさんは、カップの取っ手を指でつまみながら、紅茶が冷めるのを待った。熱々の紅茶をあのスピードで飲めるなんて、サフィールさんの舌と指先は氷でできているのだと思う。
紅茶が冷めるのを待つ間、サフィールさんはギルドのことを軽く説明してくれた。
ここ、コントランド街のギルドは、ディメール王国の中でも二番目に大きいギルドらしい。
無論一番は王都のギルドだ。ディメール王国を代表するつわものたちが揃っているという。
コントランド山を背後にした雪がちの街であるコントランド街は、他国との交易の中間地点に位置しているため、大きいギルドを有しているのだそうだ。もめごとの仲裁や税率の設定なども、ギルドが請け負っているらしい。
団長は出張が多く、しょっちゅう留守にしているため、サフィールさんが事実上のギルドのトップというわけである。
「コントランドの領主とギルドは少し特殊な関係にあってね。通常であれば領主とギルドはそれぞれ独立し、お互い助け合う関係にある。だがこのコントランドにおいて、ギルドは領主より上の権限を与えられている」
「だから衛兵たちに指示ができたんですね」
「ああ。それはこのギルドの創設者が、国に大いに貢献した魔導士であったからなんだが、まあ詳しい話は置いておこう。ともかくそういうことになっている。だから、私の言葉は、コントランドの街を治める者の言葉として聞いて欲しい」
そうしてサフィールさんは、私たちに頭を下げた。
「まずは先ほどの助太刀に感謝する。あんたたちはあそこで逃げる道もあった。だけどそうせずに踏みとどまり、魔獣退治に貢献してくれた」
「ギルドに籍を置く者としては当然のことです」
レオンさんは平易な声で答える。感情を読ませない声音は、嘘をついているようには聞こえないが、真実を述べているようにも思えない。
ギルドに敵対したくはないが、さりとて尻尾を振るつもりもない。そんなレオンさんの思惑が透けて見えるようだった。
サフィールさんはレオンさんを見て言った。
「あんたの腕は見事だった。それに、剣に何か不思議な魔素を付与しているようだったね。今度見せてほしい」
「機会がありましたら」
「それにあんたも」
私に水が向けられたので、居住まいを正す。
「エルナと呼ばれていたね。あんたは魔獣に襲われても冷静だった。……自分の仕事をやってのける手際の良さも、単なるお嬢さん以上のものがあったよ」
「はあ」
ばれてる。勝手に魔獣から魔素を採取したこと。
まあこの様子だと、ギルドの掟を知らなかった、ということで見逃してもらえるかもしれない。初犯だし。
「あんたたちをここに呼んだのは、その腕を見込んで、しばらく魔獣退治の依頼を受けてほしかったからだ。そもそもそちらの彩師のお嬢さんは、魔獣襲撃の対策として、魔導石を飲ませる――なんて過激な手段を思いつくくらいだ。魔獣退治くらい朝飯前だろう」
「はい。今は魔導石を門番に飲ませる以外の方法が思いつきませんが、いずれ妙案を考え出すと思います」
「大した自信だ!」
「自信というか、事実です。私は今までずっと結果を出してきましたから」
サフィールさんはにやりと意地悪く笑った。
「その『事実』とやらが、早々に虚妄にならないことを祈ろう。依頼といっても、大して難しいものじゃない。レオン・スピリタスが、こちらが指定した魔獣を狩り、その死体をギルドに持ち帰る。ある程度の魔素の採取は許可してやれるし、剣の手入れ代や宿代といった経費もギルドで持つことができる」
「……」
私はちらりとレオンさんを見た。レオンさんも私を見た。
その眼差しの中に諦念のようなものを見つけて、ああこれは逆らえない奴だ、と悟る。
ギルドの副団長。要するにナンバーツー。
それに目をつけられて、ただで帰れると思うなということだ。
「……元より魔獣退治が俺の生業です。彼女と共にその依頼を受けましょう」
「良かった! ああ、ではそのために必要な情報と、契約書を持って来よう。エルナ、あんたの苗字を聞かせて」
偽の苗字を名乗ろうかと思ったけど、サフィールさん相手に下手な嘘はつかない方がよさそうだ。
「エルナ・シャウムヴァインです」
「へえ? シャウムヴァインって、魔導具の名家の?」
「その家の、傍流です。大したことありませんよ」
サフィールさんはそうかと答えるだけで、特に質問もなく応接室を出て行った。
二人きりになった私たちは、同時にでっかいため息をついた。
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