14話


 市場にいた魔獣は初めて見るもので、サフィールさんたちからは駝鳥型と呼ばれていた。

 長い首に小さな頭、丸みを帯びた胴体からは太く長い脚が伸び、それで地面を踏みしめてものすごい速さで駆け回っている。


 牙はない。だが、足の先には凶悪な爪が生えており、走るたびに敷き詰められた石を穿った。

 走り回っているせいで正確な数は分からないが、大体十五頭ほどいるだろうか。


「西へ回れ! 包囲しろ! 民家の方には絶対に行かせるな!」


 サフィールさんの怒号にも等しい命令が響き渡る。

 槍や剣を構えた衛兵たちが三十名以上集まっており、駝鳥型魔獣たちの包囲を少しずつ縮めていた。


「見事な連携だ」


 そう呟くのはレオンさんだ。

 実際、市場から街の人々を避難させるのも、怪我人の救護も、とても手慣れていた。

 レオンさんが言うには、魔獣襲撃の現場がこれほど統率されているのは珍しいのだという。


「ギルドの副団長が、衛兵たちに命令する権限を持っているのが大きいんだろうな。領主の命令を待っていたら、魔獣を取り逃してしまうから」

「ふうん」


 権限とかにはあまり興味がない。

 それよりも私は、衛兵たちの持つ武器に定着された魔素が気になっていた。


「うーん、アカネの魔素を使っているのはいいんだけど、少し原始的過ぎるかも。あのままじゃ押し負ける」

「おいおい、あの衛兵たちはそんじょそこらのハンターじゃ太刀打ちできないほどの練度だぞ。駝鳥型の魔獣は確かに珍しいが、押し負けるとは思え……」

「気をつけろ、魔法が来るぞ!」


 レオンさんが言ったそばから、魔獣たちが首を寄せて、けたたましく泣き叫び始めた。

 魔素の込められたその声は、鼓膜にぎりぎりと突き刺さってくるようで、思わず耳をふさいでしゃがみ込む。


「しまった、包囲網を破られた!」


 サフィールさんの焦ったような声。

 顔を上げれば、衛兵たちはほとんどが地面にしゃがみこんでしまっており、魔獣たちがその体を飛び越えて行くところだった。


「あっちは民家の方だわ」


 人々が逃げて行った方へ、魔獣たちが駆けだしてゆく。

 それを見た瞬間、レオンさんが立ち上がった。剣を握り直し、苛烈な眼差しを魔獣たちに向ける。


 やる気だ。


 レオンさんの剣には、兎型魔獣を倒す時に付与したガラガラ蛇の魔素が残っている。


「行かせるかよ」


 呟いたレオンさんが剣を振り降ろすと、黄土色の刃が再び現れ、魔獣たちの背中に直撃した。

 魔獣たちは聞くに堪えない悲鳴を上げて地面に倒れたところを、追いすがる衛兵たちの手によってとどめを刺された。


 その光景を見て、残りの魔獣たちが怯んだように足を止めた。

 それを見逃すレオンさんではない。


「街の中で剣を振るうのはご法度だが――魔獣がいるんだ、特例措置ってことにしてくれよな!」


 動きの止まった魔獣の首を切り落とし。

 返す刀で、丸太のように太い足に素早く切りつけ、バランスを崩したところを上段から斜めに叩き割る。

 あの剣の重さを、私は知っている。だからそれを軽々と操ってみせるレオンさんの腕力に舌を巻く。

 俊敏さと重さ、どちらも兼ね備えている脅威のハンター。

 それがレオンさんだ。

 そこに「天使の目」が加わっているのだから、恐ろしい。

 けれどなぜか、目を奪われるほどに美しい。


 私は安全な場所に隠れながら、レオンさんが魔獣たちの命を奪うのを、じっと見つめていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る