第18話 絶望の光、希望の共闘
地平を埋め尽くす、白と金の軍勢。
聖王国軍。その先頭に立つのは、分厚い鎧に身を包んだ聖騎士たちだ。
その一人一人が、並の魔物なら一撃で屠るであろう聖なる気を纏っている。
「……行くぞ」
「ああ」
短い言葉を交わし、俺とライアスは同時に地を蹴った。
目指すは、軍勢の奥で静かに佇む、聖女イリスただ一人。
「異端者を発見! 神の敵だ!」
「聖女様をお守りしろ! 討ち取れ!」
最前列の聖騎士たちが、雄叫びを上げて俺たちに殺到する。
槍が、剣が、聖なる光を纏って俺たちの命を刈り取らんと迫る。
「邪魔だ、雑魚が!」
ライアスが吠え、その大剣を力任せに振り回す。
彼の剣は、怒りをそのまま力に変えたかのように荒々しい。聖騎士たちの盾を砕き、鎧を断ち割り、力で道をこじ開けていく。
対する俺は、迫りくる刃の嵐の中を、縫うように駆け抜ける。
敵の攻撃は、見ない。
剣筋、重心の移動、殺気の流れ。その全てを読み、最小限の動きで回避し、すれ違い様に剣を振るう。
俺の剣が通った後には、鎧の隙間を正確に貫かれ、声もなく崩れ落ちる聖騎士たちの姿だけが残った。
「ちんたら走ってんじゃねえ、アレン!」
「そっちこそ、無駄な力を使うな、ライアス! 体力がもたんぞ!」
「うるさい! 俺のやり方だ!」
息が合っているのか、いないのか。
俺たちは、悪態をつき合いながらも、驚異的な速度で敵陣を突破していく。
やがて、雑兵の波が途切れ、視界が開けた。
軍本陣。
そこには、まるで舞台の主役のように、聖女イリスがただ一人、静かに立っていた。
その神々しいまでの美貌と、清らかな聖気の奔流に、ライアスが思わず息を呑む。
「……あれが、聖女」
「ああ。化け物だ」
俺たちの前に立つイリスは、その美しい顔に、慈母のような笑みを浮かべていた。
だが、その瞳の奥は、絶対零度の氷のように冷たい。
「お待ちしておりました、裏切り者アレン。そして、道を踏み外した哀れな子羊」
その声は、鈴が鳴るように美しいのに、聞く者の心を縛るような圧があった。
「あんたのその独りよがりな正義には、うんざりしてたんでな。魔族に与する方が、よっぽど性に合ってる」
俺は、挑発するように言い返す。
「魔族に用はない! だが、お前の思い通りにもさせん!」
ライアスも、イリスに向かって剣を構えた。
イリスは、心底哀れむように、小さく首を振った。
「救いようがありませんね。ですが、ご安心なさい。神の御許へ還る前に、その穢れ、わたくしが浄化して差し上げます」
会話は、終わりだ。
俺とライアスは、同時にイリスへと斬りかかった。
「「オオオオオッ!」」
左右から放たれる、渾身の斬撃。
だが、イリスは動かない。
彼女が聖剣『サンクトゥス』を軽く一振りすると、その切っ先から放たれた光の刃が、俺たちの攻撃をいとも容易く弾き返した。
「なっ……!?」
「くそっ、見えてるのか!?」
ライアスが驚愕の声を上げる。
「違う、全て読まれているんだ!」
俺たちは、何度も、何度も、角度を変え、タイミングをずらし、斬りかかった。
だが、全ての攻撃は、イリスがその場から一歩も動くことなく、聖剣の一振りだけで完璧にいなされてしまう。
まるで、絶対的な存在を前に、子供が駄々をこねているかのようだ。
汗が、全身から噴き出す。焦りが、呼吸を浅くする。
「終わりですか? これが、S級冒険者の力? これが、魔王の懐刀の実力? ……拍子抜けです」
イリスは、心底つまらなそうにため息をついた。
その侮辱が、ライアスの最後のプライドを打ち砕いた。
「アレンッ!」
ライアスが、叫んだ。
俺は、その声にハッとして彼を見る。
「指示を出せ! お前の言う通りに動いてやる! こいつを倒せるなら、俺はなんだってしてやる!」
その目には、もう葛藤はない。
ただ、目の前の敵を打ち破るという、純粋な闘志だけが燃えていた。
俺は、一瞬驚いた。
だが、すぐに口の端が吊り上がるのを感じた。
「……いいだろう! 俺に合わせろ、ライアス!」
「ああ!」
俺は、作戦を叫んだ。
「俺が奴の視界を塞ぐ! お前は、背後に回り込め!」
「背後だと!? あいつに背中を見せろってのか!」
「いいから行け! 俺を信じろ!」
ライアスは一瞬ためらったが、すぐに覚悟を決めたように地を蹴った。
俺は、イリスに向かって真正面から突進する。
「おや、策を変えましたか。無駄なこと――」
イリスが剣を構え直した、その瞬間。
俺は、剣ではなく、鞘を投げつけた。
同時に、地面を蹴って砂塵を巻き上げる。
一瞬、ほんの一瞬だけ、イリスの視界が遮られる。
「今だ、ライアス!」
背後に回り込んでいたライアスが、絶好のタイミングでイリスに斬りかかる。
だが、イリスは振り返りもせず、その聖剣でライアスの一撃を弾いた。
やはり、読まれていた。
だが、それこそが、俺の狙いだ。
「――もらった」
ライアスの一撃を防いだことで生まれた、僅かな隙。
イリスの意識が、完全にライアスに向いた、その一瞬。
俺は、彼女の死角――地面スレスレの位置から、魔力を込めた剣を薙ぎ払うように放っていた。
「ディバイン・エッジ!」
聖女イリスが、初めて驚愕に目を見開いた。
ザシュッ!
手応えがあった。
俺の剣は、イリスの神聖な障壁を切り裂き、その鎧の隙間、肩のあたりを浅く切り裂いた。
鮮血が、純白の鎧を赤く染める。
俺たちは、ついに、この化け物に一太刀浴びせたのだ。
「……やったか!」
ライアスが、歓喜の声を上げる。
だが、イリスはよろめきもせず、ただ静かに、自身の肩から流れる血を見つめていた。
そして、ゆっくりと顔を上げると、冷たく、美しく、笑った。
「……なるほど。少しは、楽しめそうですね」
その瞬間、イリスの背後から、これまでとは比較にならないほどの巨大な聖力が、天へと向かって立ち昇った。
空が、白く染まっていく。
雲が割れ、巨大な、巨大な魔法陣が、空一面に形成され始めた。
「では、こちらも本気を出しましょう」
彼女は、聖剣を天に掲げる。
「神の御名において、あなたたち異端者に、裁きの光を――」
空から降り注ぐ、絶対的な死の気配。
絶望的な光景を前に、俺とライアスは、ただ息を呑むことしかできなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます