第12話
しまっ―――
俺の思考が、目の前の光景に追いつかない。
リーファを庇うには、あまりにも距離がある。ライアスも、グスタフも、誰もが絶望に顔を染めた。
その、刹那。
「――聖域障壁(サンクチュアリ)!」
凛とした、しかし絞り出すような声が響いた。
リーファの目の前に、黄金に輝く半透明の魔法陣が展開される。
放ったのは、シリルだった。
彼は杖を強く握りしめ、片膝をつきながら、その全魔力を障壁に注ぎ込んでいた。
ズドオオオオオォォォンッ!!
闇のブレスが、聖なる壁に激突する。
凄まじい衝撃が広間を駆け巡り、壁や天井に更なる亀裂を走らせた。
シリルの障壁は、ガラスのようにヒビ割れながらも、その一撃を完全に防ぎきる。
「シリル!」
リーファが叫ぶ。
障壁が砕け散ると同時に、シリルは糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。鼻と口から血を流し、完全に意識を失っている。
「よくも……よくも、俺の仲間をッ!」
ライアスが怒りに震え、コボルドの王に斬りかかる。だが、大技を放った直後の王は隙だらけに見えて、その巨体から放たれる膂力は健在だ。ライアスの剣は、分厚い皮膚に弾き返される。
「グルル……小賢しい……!」
王は、倒れたシリルと、駆け寄ろうとするリーファに再び狙いを定めようとした。
その一瞬の油断。
俺は見逃さなかった。
「お前の相手は、俺だろ」
地を蹴る。
シリルの覚悟と、ライアスの怒り。そして、俺を信じて見守るリリムの視線。
全てを力に変える。
「ルナリア!」
「心得ておりますわ!」
俺の意図を瞬時に察したルナリアが、闇の鞭を王の足に絡みつかせ、その動きを僅かに封じる。
「ゼノン!」
漆黒の騎士は、言葉なく王の背後に回り込み、その大盾で注意を引きつける。
完璧な連携。
かつてのパーティでは、決してありえなかった。俺の強さに嫉妬し、足を引っ張り合うことさえあった彼らとは違う。
ここは、俺の力を認め、活かしてくれる場所だ。
「ライアス!道を開けろ!」
「……チッ、指図するんじゃねえ!」
悪態をつきながらも、ライアスは俺が突撃するための最短ルートを確保するように動く。
その一瞬の連携に、俺はほんの僅かな懐かしさを感じた。
もう、迷いはない。
剣の切っ先が、白銀の光を極限まで凝縮させる。
「――これが、俺の答えだ」
リリムと契約し、新たに得たこの力。
追放された俺が、ようやく見つけた、俺だけの輝き。
「終焉の一太刀(エンド・オブ・ホープ)!」
放たれた斬撃は、光の槍となってコボルドの王の腹部、砕かれた弱点へと吸い込まれていった。
「グ……ギ……アアアアアアアアアアアアアッッ!!!」
断末魔の叫び。
それは、城全体を揺るがすほどの絶叫だった。
王の巨体は、内側から溢れ出す光によって聖別されるように浄化されていく。硬質な甲羅は砂のように崩れ落ち、その禍々しい魔力は霧散していく。
やがて、広間には静寂が戻った。
残ったのは、倒れたままのシリルに回復魔法をかけ続けるリーファの嗚咽と、全員の荒い息遣いだけ。
「……終わった、のか?」
グスタフが、呆然と呟く。
俺は剣を下ろし、静かに息を吐いた。身体の節々が悲鳴を上げている。
「アレン……」
リリムが、俺の元へ駆け寄ってきた。その紅い瞳は、心配そうに揺れている。
「すごいじゃないか、お主。妾の見込んだ通りじゃ」
「……あんたの力がなきゃ、無理だった」
俺がそう言うと、リリムは満足そうに微笑んだ。
その時だった。
ライアスが、ふらつきながらも俺の前に歩み寄ってきた。
その表情は、感謝でも、安堵でもない。
深い、深い葛藤の色を浮かべていた。
「アレン……お前は、本当に……」
言葉を詰まらせるライアス。
俺は、何も言わずに彼を見つめ返した。
俺たちの間に、気まずい沈黙が流れる。
共闘は終わった。
残ったのは、追放した者と、追放された者という、変えようのない事実だけだ。
パチ、パチ、パチ……。
不意に、乾いた拍手の音が広間に響いた。
音の主は、玉座に腰掛けたまま、面白そうにこちらを見下ろすリリムだった。
「見事な連携じゃったな、人間たちよ。そして、妾の愛しきアレン」
彼女は妖艶に微笑むと、すっと立ち上がった。
「褒美をやろう。そして、罰を与えよう」
「……どういう意味だ?」
ライアスが、警戒するように問いかける。
「お主たちは、妾の封印を揺るがし、厄介なペットを目覚めさせた。これは万死に値する罪じゃ」
リリムの瞳から、笑みが消える。
絶対的な支配者の、冷たい瞳。
「じゃが、そのペットを倒すのに貢献したのも事実。よって、命だけは助けてやろう」
彼女は、すっと指をライアスたちに向けた。
「お主たち『暁光の剣』は、今日この瞬間より、妾の――魔王リリムの奴隷となるがよい」
「なっ……!?」
「拒否権はない。これは、決定事項じゃ」
リリムの宣言に、広間が凍り付く。
ライアスも、リーファも、グスタフも、言葉を失い立ち尽くす。
俺は、そんな彼らを、ただ静かに見つめていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます