第7話 魔王の誘惑、そしてアレンの決断

リリムの魔力によるプレッシャーが、広間に満ちていた。ライアス、リーファ、シリルは、その重圧に押され、一歩も動けないでいる。リリムは、俺の言葉で一旦は魔力を収めたものの、その瞳は未だ怒りで燃え盛っていた。


「アレンを傷つける者は、私が許さない」


リリムは、静かに、しかし威圧的にそう告げた。その言葉は、魔王としての威厳に満ちていて、俺でさえ背筋が凍るほどだった。


「リリム、大丈夫だ。これは俺の問題だ。お前は、手を出さなくていい」


俺は、もう一度リリムに言った。彼女の魔力は強力だが、この状況で全てを破壊してしまうのは得策ではない。何より、俺は彼らと直接決着をつけたかった。


リリムは、俺の目を見つめた。しばらくの沈黙の後、彼女はゆっくりと頷いた。


「分かったわ、アレン。あなたの決意、しかと受け止めるわ。ただし、アレンが少しでも不利になったら、私が助けに入るからね」


そう言って、リリムは俺の背後に下がり、眷属たちと共に控えた。その視線は、決してライアスたちから離れることはなかった。


「ライアス、リーファ、シリル。聞きたいことがある」


俺は、剣を構え直した。


「なぜ、俺を追放した? そして、なぜ今になってここへ来た?」


ライアスは、顔を歪ませた。


「貴様を追放したのは、パーティの和を乱すからだ。それにお前は、自分の力に溺れて傲慢だった! S級パーティにとって、それは最大の癌だ!」


「傲慢? 和を乱す? 俺は、お前たちを守るために、誰よりも先陣を切ってきた。どんなに危険な依頼でも、お前たちを庇って戦ってきたつもりだ。それが、俺のやり方だった」


俺の声には、怒りがこもっていた。


「そんなことは分かっている! だが、お前は常に一人で突っ走る! 俺たちの連携をまるで無視する! そのせいで、何度危機に陥ったと思っている!」


ライアスが、激情に駆られたように叫んだ。彼の顔には、疲労と苛立ちが滲んでいる。


「俺が突っ走らなければ、お前たちはとっくに死んでいた場面もあっただろうが!」


俺の言葉に、ライアスはぐっと言葉を詰まらせた。その通りだ。俺が単独で突破しなければ、全滅していたであろう状況は確かに存在した。


「そんなのは結果論だ! 俺たちは、パーティとして成長したかったんだ! お前は、その成長を阻害する存在だった!」


リーファが、震える声で言った。その目には、悲しみが浮かんでいた。


「リーファ……」


俺は、リーファの表情に胸を締め付けられた。彼女は、本当に俺のことを心配してくれていたのだろう。しかし、その心配が、俺の追放という形に繋がったのかと思うと、複雑な感情が湧き上がる。


シリルは、相変わらず無言だ。だが、その視線は、俺の言葉を否定するように冷たい。


「そして、なぜここへ来た。まさか、俺を連れ戻しに来た、なんて馬鹿なことを言うつもりじゃないだろうな」


俺の問いに、ライアスは大きく息を吐いた。


「……いや。俺たちは、貴様を探しに来たわけじゃない」


「何だと?」


「ギルドから、情報が入ったんだ。この森の奥深くに、魔王城があるらしい、と。そして、その魔王城に、人間が一人、入り込んだ形跡がある、と」


ライアスは、俺を真っ直ぐに見つめた。


「俺たちは、魔王城にいる人間が、貴様だと知って、確認しに来たんだ。もし貴様が魔王に操られているのなら、この手で討伐する覚悟でな」


ライアスの言葉に、俺は怒りを通り越して呆れた。討伐? 俺を? 彼らの勝手な思い込みで、俺を殺すつもりだったというのか。


「馬鹿げているな。俺は、誰にも操られてなんかいない」


「ならば、なぜ貴様は魔王と共にいる!? 魔王は、人間にとって敵だ! 貴様は、その敵と手を組んだというのか!?」


ライアスが、叫んだ。その剣先が、俺の喉元を狙う。


「リリムは、お前たちが思っているような魔王じゃない」


俺は、剣を払ってライアスの攻撃を受け流した。


「ふざけるな! 魔王は魔王だ! 人間を苦しめる邪悪な存在に決まっているだろう!」


「それは、お前たちの勝手な思い込みだ!」


俺とライアスの間に、激しい剣戟が再び始まった。互いの剣がぶつかり合うたびに、火花が散る。その度に、広間には甲高い金属音が響き渡った。


「アレンさん、ライアスさんの言う通りです! 魔王は、人間を滅ぼそうとする存在です! アレンさんも、早く目を覚まして!」


リーファが、懇願するように叫んだ。彼女の回復魔法が、ライアスの傷を癒し、シリルの魔法が、俺の動きを封じようとする。


しかし、俺は一歩も引かない。リリムを守る。その一心で、俺は剣を振るった。


ライアスの攻撃は、以前よりも重く、鋭くなっている。彼の剣には、俺を倒すという強い意志が込められている。リーファの回復魔法は的確で、シリルの魔法は狡猾だ。彼らは、俺が抜けた後も、パーティとしての連携を磨いてきたのだろう。


だが、俺もまた、以前の俺ではない。魔王城での生活で、リリムの魔力を間近で感じ、俺自身の魔力も活性化されている。剣に込める魔力の量も、以前とは比べ物にならないほど増している。


俺は、渾身の力を込めて剣を振るった。


「うおおおおおっ!」


『ディバイン・スラッシュ』が、ライアスに襲いかかる。ライアスは、それを必死で受け止めるが、その衝撃に耐えきれず、剣が手から滑り落ちた。


「くっ……!」


ライアスは、膝をついた。その顔は、悔しさと驚きに満ちている。


「ライアスさん!」


リーファが、悲鳴を上げた。シリルは、俺に攻撃魔法を放とうとするが、リリムがその前に立ち塞がった。


「それ以上、アレンを傷つけることは許さない」


リリムの深紅の瞳が、シリルを睨みつけた。その魔力は、シリルを動けなくするほどの重圧を与えている。


「くっ……!」


シリルは、苦しそうに顔を歪ませ、魔法を放つことができなかった。


俺は、剣をライアスの喉元に突きつけた。


「俺は、お前たちを殺すつもりはない。だが、これ以上、リリムを侮辱するなら……容赦はしない」


俺の言葉に、ライアスは顔を上げた。その目には、敗北の悔しさだけでなく、驚きと困惑の色が浮かんでいた。


「アレン……貴様、本当に……」


「俺は、もう『暁光の剣』のアレンじゃない。俺は、リリムの執事、アレンだ」


俺の言葉に、リリムは嬉しそうに微笑んだ。


「そうよ! アレンは私の執事なの!」


その時、城の入り口から、新たな声が聞こえた。


「これは、一体どういう状況ですかな?」


声の主は、ギルドの幹部である、恰幅の良い中年男性だった。彼の後ろには、数人の冒険者たちが控えている。


「ギルドの……グスタフさん!?」


リーファが、驚いたように声を上げた。


「ライアス君、リーファ君、シリル君。まさか、君たちがこんな場所にいるとはね。そして、アレン君も……」


グスタフは、広間の状況を見て、眉をひそめた。そして、俺とリリムを見て、その表情が険しくなった。


「まさか、噂は本当だったのかね? 君が、魔王と契約したというのは……」


グスタフの言葉に、俺は思わず息を飲んだ。どうやら、俺の行動は、すでにギルドにまで筒抜けになっているらしい。


「グスタフさん、違います! アレンさんは……」


リーファが慌てて弁解しようとするが、グスタフはそれを手で制した。


「リーファ君。これは、君たちが口を出すべき問題ではない」


グスタフは、俺とリリムを交互に見た。その目は、警戒と疑念に満ちている。


「アレン君。君が魔王と契約したというのなら、容赦はしない。君は、人間界の敵となる」


グスタフの言葉に、俺は剣を強く握りしめた。


「俺は、敵じゃない。リリムも、お前たちが思っているような存在じゃない」


俺は、そう言い切った。しかし、グスタフの表情は変わらない。


その時、リリムが俺の隣に並び立った。


「私は魔王リリム。そして、このアレンは私の執事であり、私の大切な人間よ。あなたたちに、アレンをどうこうする権利はない」


リリムの言葉に、グスタフは息を飲んだ。彼の顔には、驚きと、そして微かな恐怖の色が浮かんでいる。


「魔王が……人間の味方だとでも言うのかね?」


「信じないのなら、試してみればいいわ」


リリムは、挑発するように微笑んだ。その笑顔は、どこまでも無邪気で、しかしその裏には、魔王としての強大な力が秘められている。

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