第4話 魔王城の目覚め

「えっと……本当に全部やるのか?」


俺は目の前に広がる石像の群れを見上げて、呆然と呟いた。一体何体あるんだこれ。数百体どころじゃない。数千、いや、万を超えるかもしれない。


「もちろんよ、アレン! 私の大切な眷属たちだもの。早くみんなに目覚めてほしいわ」


リリムは目をキラキラさせながら、俺の腕を掴んで最初の石像に押し付けた。その瞳には一切の妥協が見られない。


「はぁ……分かったよ。やるだけやってみる」


俺は覚悟を決め、石像に魔力を注ぎ始めた。リリムとの契約で活性化した魔力が、俺の手から石像へと流れ込んでいく。すると、石像の表面に微かな光が走り、次第にその光が強くなっていく。


「おぉ……」


最初の石像が光に包まれ、やがてその輝きが収まると、石の表面にひびが入った。そして、まるで殻を破るかのように、中から新たな姿が現れる。それは、美しい羽を持つ女性の姿だった。


彼女はゆっくりと目を開け、あたりを見回した。そして、リリムの姿を捉えると、その場に跪いた。


「リリム様……このメルキア、ご無事でしたか!」


「メルキア! 目覚めてくれたのね!」


リリムは嬉しそうにメルキアに抱きついた。メルキアは戸惑いながらも、優しくリリムを抱きしめ返している。


「しかし、私の魔力はまだ完全に回復しておらず……一体、何が……」


メルキアは、俺の方に視線を向けた。その視線は、警戒心と疑問に満ちている。


「メルキア、彼がアレンよ。私の執事になってくれたの。アレンの魔力で、あなたが目覚めたのよ」


リリムが説明すると、メルキアの表情が驚きに変わった。


「人間が……まさか、リリム様と契約を?」


「ええ。アレンは私の大切な友達よ」


友達、か。そう言われると、なんだかむずがゆい。


「メルキア、他にもたくさん眷属が眠っているわ。アレン、この子たちも目覚めさせてあげてね」


リリムは、まるで子供に遊ばせるかのように、次々と俺の手を別の石像に触れさせた。俺は、言われるがままに魔力を注ぎ続ける。


一人、また一人と、眷属たちが目覚めていく。美しいエルフの女性、屈強なドワーフの戦士、可愛らしい獣人の少女……。彼らは皆、目覚めるなりリリムに忠誠を誓い、俺に対しては警戒と戸惑いの視線を向ける。


「リリム様、この男は一体……」


「リリム様、なぜ人間に魔力を与えるのですか?」


疑問の声が次々と上がる。リリムは、その度に「アレンは私の大切な執事よ!」と胸を張って答えるのだが、眷属たちの疑念は晴れないようだった。無理もない。魔王と人間が契約するなど、前代未聞だろう。


しかし、魔力を注ぎ続けるうち、俺の身体に異変が起きた。魔力は確かに活性化しているが、これほどの量を消費すると、さすがに疲労が蓄積する。頭がガンガンしてきて、視界がかすむ。


「ぐっ……」


俺は思わず膝をついた。


「アレン!? どうしたの!?」


リリムが慌てて駆け寄ってくる。メルキアも心配そうな顔で俺を見つめている。


「大丈夫だ……ちょっと、魔力を使いすぎただけだ……」


俺はそう言ったものの、身体は正直だ。全身が鉛のように重い。


「無理しすぎよ、アレン! あなたの魔力は、まだ私のように無限ではないのだから」


リリムは、俺の額に手を当てた。すると、温かい光が俺の身体を包み込み、疲労が少しずつ和らいでいく。


「これは……リリムの魔力か?」


「ええ。あなたの頑張りを見ていたら、私も少しだけ魔力が回復したの。これで、少しは楽になったでしょう?」


リリムは、心配そうに俺の顔を覗き込む。その瞳には、俺を労わる色が宿っていた。


「ああ……助かる」


リリムの魔力のおかげで、なんとか立ち上がることができた。しかし、全ての眷属を目覚めさせるには、まだまだ時間がかかりそうだ。


「リリム様、残りの眷属は我々でお世話いたします。アレン殿は、しばらくお休みになられては?」


メルキアが、気遣わしげな表情で俺に言った。


「そうね、アレンはもう十分頑張ってくれたわ。残りはメルキアたちにお願いするわね」


リリムは、俺の顔を撫でてくれた。その手つきは、まるで子供をあやす母親のようだ。


「ありがとう、リリム」


俺は、そのまま彼女の肩に頭を預け、少しの間だけ意識を失った。


目覚めると、俺は自分の部屋の豪華なベッドに寝かされていた。身体の疲労はかなり回復している。


「アレンさん、起きましたか?」


扉が開いて、メルキアが入ってきた。彼女は、温かいスープを運んできてくれた。


「これ、リリム様がアレンさんのために作られたものです。どうぞ」


「リリムが? 料理なんてできるのか、あいつ」


俺がそう言うと、メルキアはフフッと笑った。


「いいえ、ほとんど私が教えました。リリム様は、あなたの回復をずっと気にかけていらっしゃいましたよ」


メルキアは、どこか嬉しそうな顔をしている。彼女にとって、リリムが目覚め、そして俺という人間と接していることが、喜ばしいことなのだろう。


「そうか……ありがとうな、メルキア」


俺はスープを一口飲むと、その温かさと優しい味に、心が安らいだ。


「それで、眷属たちはどうなったんだ?」


「はい。おかげさまで、ほとんどの眷属たちが目覚めました。あとは、リリム様の魔力が完全に回復すれば、この城も昔の活気を取り戻すでしょう」


メルキアは、満足そうに頷いた。


「しかし、人間であるあなたが、リリム様の執事になるとは……私にはまだ信じられませんが、リリム様があなたを信頼されているのはよく分かりました」


メルキアの言葉に、俺は少しだけ照れた。


「俺も、まさか魔王の執事になるとは思ってもみなかったよ」


俺はそう言って、窓の外に目を向けた。日が沈み、満月が空に浮かんでいる。この魔王城での生活は、まだまだ始まったばかりだ。

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