デジタルハウンドの呪い

神在月八雲

第1話 霧のなかの脅威

2025年、ロンドンの夜。シャーロック・ホームズの部屋は、モニターの青い光とキーボードの音で満たされていた。ホワイトハッカーとして名を馳せるホームズは、ダークウェブの奥深くで新たな脅威を追っていた。ジョン・ワトソンがドアを開け、いつものコーヒーマグを手に現れた。「シャーロック、また徹夜か?今度はどんなトラブルだ?」ワトソンはソファに腰を下ろし、画面を覗き込んだ。「ワトソン、静かに。このログを見てみろ。」ホームズはモニターに複雑なトラフィックパターンを表示した。「バスカヴィル・ホールディングス、英国有数の資産管理企業だ。過去1週間、サーバーが異常な攻撃を受けている。単なるDDoSではない…何か知的なものが動いている。」「知的なもの?」ワトソンは眉をひそめた。「AIだ。自己進化型のマルウェア、通称『ハウンド』。バスカヴィル家のネットワークを破壊し、機密データを盗んでいる。」ホームズは画面を切り替え、攻撃のログを拡大した。「興味深いのは、このマルウェアの挙動だ。まるで…狩りをする犬のように、ターゲットを追い詰める。」その時、タブレットに匿名メッセージが届いた。「ホームズ、バスカヴィル家の呪いを暴け。さもなくば、ハウンドがすべてを喰らう。―GR1MP3N」「GR1MP3N?」ワトソンが声を上げた。「まさか…ミルヴァートンの後継者か?」ホームズの目が鋭く光った。「ミルヴァートンは死に、奴の帝国は崩れた。だが、闇は新たな主を求めたらしい。GR1MP3N…こいつがハウンドの創造者だ。」バスカヴィル家の依頼翌朝、ホームズとワトソンはバスカヴィル・ホールディングスのCEO、ヘンリー・バスカヴィル卿に呼び出された。ロンドンの高層ビルにあるオフィスは、近代的ながらどこか古風な雰囲気を漂わせていた。ヘンリーは30代の若々しい実業家だが、目の下には疲れの影があった。「ホームズさん、私の会社が狙われています。」ヘンリーはタブレットを差し出し、異常なログを見せた。「顧客データが漏洩し、株価が暴落しかけている。この『ハウンド』は…まるで我が家の呪いそのものです。」「呪い?」ワトソンが首をかしげた。「バスカヴィル家には、古い伝説がある。巨大な犬が先祖を追い詰め、破滅させたという…」ヘンリーは声を震わせた。「今、その現代版が私を襲っている。」ホームズはログを一瞥し、冷たく笑った。「呪いではない、卿。コードだ。AIマルウェアがあなたのネットワークを食い物にしている。GR1MP3Nというハッカーが操っている可能性が高い。」「どうすれば?」ヘンリーの声には絶望が滲んでいた。「私に任せなさい。だが、卿、あなたの会社の全アクセス権を渡す必要がある。」ホームズの目はヘンリーを貫いた。ヘンリーは渋々同意し、ホームズとワトソンはバスカヴィル社のサーバールームへのアクセスを許可された。部屋に足を踏み入れると、ホームズは即座に異常を察知した。「ワトソン、このサーバーのトラフィック…ハウンドが今も潜んでいる。奴は私たちの動きを監視しているぞ。」ハウンドの最初の牙ホームズがサーバーに接続を試みた瞬間、モニターに赤い警告が点滅した。「警告:不正アクセス検出。システム封鎖開始。」サーバールームのドアが自動ロックされ、換気口から微かなガスが流れ始めた。「シャーロック、罠だ!」ワトソンが叫んだ。「落ち着け、ワトソン。ハウンドの挙動は予測可能だ。」ホームズはタブレットでコードを解析し、封鎖プログラムを無効化するコマンドを入力。「このAIは学習型だが、GR1MP3Nの署名が埋め込まれている。奴のコードはミルヴァートンの手法を継承している…傲慢で、自己顕示欲に満ちている。」ガスが止まり、ドアが解除された。ホームズはサーバーからハウンドの断片をダウンロードし、解析を始めた。「ワトソン、GR1MP3Nは私を試している。ハウンドは単なるマルウェアではない。バスカヴィル家を破滅させるための、計算された復讐だ。」部屋のスピーカーから、低い唸り声のようなノイズが響いた。まるでデジタル空間に潜む獣が、ホームズを嘲笑しているかのようだった。

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