一難去ってまた二難

「……さて、食べ終わったし検査しますか〜」

「お、お願いします!」

 健診ルームへ移り機械の準備をする佐倉さん。いつものように電極を額にぺたぺたと貼り付けていく。

「発動するイメージで良いから、やってみて。それでキャッチはできるから」

「分かりました」

 あのときの感覚を最大限まで思い出し、切替能力スイッチを発動するイメージを持つ。

「佐倉さん、どうですか?」

「……ん? やってるの? こっちは特に変化が……」

「綿来、僕でやりな」

 経験済みの黒瀬が躊躇うことなく左腕を出してきた。

「ちょちょちょ待って! 超能力を消すんだよね!? 彗ぴん分かってる!? 戻る保証ないよ!?」

「あ、もうやったんで」

「やった!? 怖いもの知らずすぎない!? そういうことは大人に相談してからじゃない!?」

 いい加減で自由そうな佐倉さんがこういう場面ではきちんと大人になるのだなと生意気にも驚いていた。

 来留さんを除いた俺たちは平謝りし、「今のは聞かなかったことにするわ」といつものいい加減な佐倉さんに戻った。

 

「じゃあ……いきます!」

 俺は黒瀬の腕を借り切替能力スイッチを発動。

「どうですか!?」

「……うん、念動能力サイコキネシスが発動しない。綿来のはしっかり発動してるよ」

「……」

 佐倉さんはモニターをじっと見つめていた。反応がない。

「さ、佐倉さん?」

「……綾人くん、もっかいやって」

「は、はい」

 もう一度切替能力スイッチを発動。黒瀬の体は宙に浮いた。

「戻ってる。……これで一応証明にはなったよね」

「……ダメだ、全っ然うんともすんとも……」

「なんで綿来くんだけ反応せんのやろな?」

「じゃあ逆に彗の超能力波を検査してみたら? それなら確実な証明にはなるんじゃない?」

「ななちんナ〜イス。一回チェンジで」

 電極を俺から黒瀬に付け替え、再検査。

 黒瀬の超能力波は俺の切替能力スイッチ発動によって地を張ったり、山を作ったりしていた。

「おー! 本当だ! 彗ぴんの超能力が綺麗に……」

 佐倉さんは黒瀬から電極を外すとウキウキでキーボードを操作し始めた。

「検査は終わりだから、もう帰っていいよ〜」

「……あの、他に検査は無いんですか。超能力を確かめられるやつ」

「今の技術じゃこれが精一杯なんだよ〜。アヤトンは特殊体質だから……」

「分かりました、ありがとうございました」

 俺は扉を開けると早足で健診ルームを出る。

「綿来くん!?」

 来留さんの声を皮切りに、三人が急いで追いかけてくるのが嫌でも聞こえた。

 黒瀬に肩を力強く持たれ足を止める。

「急にどうしたの」

「なんかあったん?」

「さっきのこと……?」

 言葉にできない。どうしたらいいか分からない。

 希望がぷっつり切れてぐちゃぐちゃに心を掻き回されて。

 情けないことに視界には磨りガラスのような膜が張られている。

「……俺は、やっぱり皆と一緒じゃない。……仲間じゃない」

「なんでそうなるん? そんな気にしてるん?」

「見ただろ。俺は超能力者エスパーじゃないんだって」

 分かってたことだ。俺は元々超能力者エスパーじゃない。それでも皆と出会って、ここに入りたいと思った。

 一緒に過ごすうちに距離が縮まって、縮まれば嘘をついている事実が膨らんでしまった。

 新しい能力に目覚めたら超能力だと思い込んで、結果違えば落ち込んで、馬鹿だ。

「機械がキャッチしなかったら超能力者エスパーじゃないなんて誰も言ってないよ」

 宝木さんの落ち着いた声音が響く。

飛行能力フライト切替能力スイッチがちゃんと存在してる。それで十分でしょ」

 黒瀬の冷たくも温かみのある言葉。

「綿来くんは綿来くんでええんよ。超能力者エスパーでもそうじゃなくてもええ」

 優しくされればされるほど、卑怯な自分がより際立ち嫌悪感が増す。

 俺は卑怯なままでいいのか。

 この膨らんだ嘘から手を離して、落としてしまおうか。

 どうか、この嘘によって壊れないでほしい。

 指を折り曲げ、強く強く握る。

「……俺、その……実は——」


 刹那。

 ガラス窓が大きな圧力によって弾けるように割れた。

 黒瀬が咄嗟に念動能力サイコキネシスで壁を作ってくれたため、ガラス片が刺さることはなかった。

「な、なに……!?」

 窓から侵入してきたのは、漆黒のケープマントを纏いボブヘアをした子。しかも全く同じ装いが二人だ。

 砕けたガラス片を踏みしめ、前髪の奥で俺たちを捉えている。

「侵入成功しました」

 その瞬間、『一階東廊下にて侵入者発生』と放送が鳴った。

「ロキの奴だ……!」

念動能力サイコキネシスで二人を連れて帰ったってヤツ?」

 黒瀬が肩の汚れを払いながら問う。

「そう……だけど昨日は一人だった」

「……アレ、人間とちゃうで」

 来留さんは眉を顰め、ケープマントの少女二人を見つめた。

「どういうこと!?」

「後で説明する。とにかく制圧だけ考えて」

 来留さんと黒瀬が前衛に位置し、戦闘態勢となる。


「退避します」

 ケープマントを揺らし後方へ跳躍し、距離を取る二人。

「……え?」

 呆気に取られていると念動能力サイコキネシスであっという間に飛び去った。

「た、ただの嫌がらせ……?」

 一難去ったのは良いとして、せっかくの一大決心を見事に潰された。挫かれたわけではないが、続きを言える雰囲気ではない。

「これ……結構ヤバいな……」

 特に来留さんが異様に重い表情になる。

「ヤバいって?」

「こんな堂々と侵入されてるんやで。普通やったら予知能力者プレコグニションが予知してるはず。……それがなんの連絡も無いし、他の実働部隊チームも出動してない……」

 奇襲にも拘らず、彼女は冷静に思考を巡らせていた。

 そんな来留さんを目の当たりにし、大事にならずに済んだと安堵していたことに自省する。

予知能力者プレコグニション、もしくは人工知能になにかあったか……その両方の可能性も——」

「君たち、実働部隊の子たち!? ちょっと話聞かせてもらって良いかな!?」

 黒瀬が話している途中で支部の職員が割って入り、俺たちは別室で事情聴取となった。


 事情聴取といっても状況確認が主で、すぐに解放してもらえた。

「礼奈が帰ってきてすぐにこんなことになるなんてね〜……予知能力者プレコグニションの検査と人工知能のメンテナンス……任務はしばらく無しか……」

「精神感応系超能力者エスパーは可能な限り事件をキャッチして阻止に努めてください……って、エライ無茶言うやん……」

 来留さんは天を仰いで「ゔあー」と声を上げた。が、すぐに澄ました顔に整える。

「私は予知できんけど、計画的な犯罪はある程度阻止できると思う。いつも通り部屋集合な。なにかあればその都度精神感応テレパスで連絡はする」

 リーダーっぷりを発揮し今後の方針を立てる。ここまで来るともはや管理職だ。

 結局告白できるような雰囲気は流れ、絶対に次の機会を逃すまいと涙を飲んだ。


 *


「じゃあここを〜……来留。……来留?」

「ッ、ハイ!?」

「この問三答えて」

「……えっと、五です」

「正解。で、次のところだけど……」

 テミスでの予知に不具合が見つかってから一週間。予知能力者プレコグニションの検査、人工知能のメンテナンス、どちらも異常は発見されなかったが、事件の誤予知は相変わらずだった。

 仕事が増えたせいか、いつでもしっかりした授業態度の彼女はここ最近ぼうっとしていることが増えた。

 

 部屋の扉を開けても銃声は響いておらず、机に突っ伏して睡眠をリカバリー中のご様子。起こさないようゆっくりパイプ椅子を引いて座った。

 甘い香りがしそうなふんわり綿飴の髪。同じ色をしたまつ毛は緩いアーチを描いた前髪に触れそうだ。

 寝息を立てる彼女の丸い頭にぽんと、片手を置く。

 ……いや何をしているんだ俺は。キモすぎるだろと我に返り即座に手を引っ込めた。

 次の瞬間、意識を取り戻した彼女が何度か瞬きをし俺を見る。

「……あ、綿来くん来てたんか。ごめん寝てた」

「全然、来留さんは少しでも寝てな」

「ありがとうな。ちゃんと寝てるはずなんやけど、めっちゃ疲れんねん……」

 重そうな瞼を擦りながら欠伸をする来留さん。さっきのは気づいていないようだが心臓は未だ大きく拍動していた。

「にしてもなんなんやろな、ここ最近の超能力犯罪は」

 あれから事件の形がガラリと変わってしまったのである。事件の雰囲気を来留さんが感知し向かうと必ずケープマントの奴らがいる。

 こちらに敵対心を向け戦闘になることもあるが、それとは別で犯罪を犯そうとした超能力者エスパーを叩きのめしていることもある。

「何がしたいんだろうな、あのアンドロイド・・・・・・

「ほんまにな」

 そして来留さんの精神感応能力テレパスによってケープマントの子は人間ではなく、人工知能を搭載したアンドロイド超能力者エスパーだと判明した。

 俺たちは超能力犯罪者とともにアンドロイドも制圧しなければならなくなっていた。もはや後者がメインと言ってもいい。

「潰しても潰しても湧いてくるのんキツイ……!」

「テミスの方でも捜査してるけど、進展ないみたいだしなぁ」

 二人同時に吐いた息が混じり合い、笑った。

 

 数分すると来留さんのスマートフォンが小刻みに揺れ、画面をタップし耳に当てた。

「七花? どうしたん? ……え、どういうこと? ちょっとそこで待ってて」

「なにかあったの?」

「なんか黒瀬が変なこと言い出したって……とにかく行くで」

 

 来留さんが瞬間移動テレポートを発動し、宝木さんと黒瀬が通う学校近くの路地裏へと到着。

「七花!」

「礼奈……綿来くん……」

 宝木さんはブロック塀にもたれ俯いていた顔を上げる。唇を噛み締めて必死にこぼれないようにしていた。

「黒瀬が変なこと言うて来られへんって、どうしたん?」

「彗が……もうディケを辞めるって言い出して……」

「はあ!?」

 あの黒瀬が急にディケを辞める? どういう心変わりが起きてそうなったんだ。

 色々口から出そうになったが、今はグッと堪える。

「理由聞いてもよく分からなくて……テミスのやり方はダメだとか、もっとやるべきことがあるとか……私どうしたら良いか分かんなくなって……」

「そうか…………ほんで黒瀬は?」

「多分、家に帰ったと思う……」

 来留さんがスマートフォンを操作し耳に当てる。が、すぐに離しポケットへ仕舞った。

「電話も無視か……よし。黒瀬の家に突撃するで」


 言い終える前に三人一緒に黒瀬の自宅前へ瞬間移動テレポート

 目の前にはダークグレーの玄関扉。周りをキョロキョロするとマンションの渡り廊下のよう。反対側の手すり壁から頭を出して見ると、地面からおよそ十五メートルの高さだ。

「黒瀬のとこって六階やったっけ?」

「そうだよ、ロクマル……サン、ここ」

 玄関扉を二つ素通りしたところが黒瀬の家とのこと。

 なんだかすごく嫌な胸騒ぎがした。


 来留さんがチャイムを押すと、制服のままの黒瀬が出てきた。

「……なに?」

「彗、本当にどうしたの? 急に辞めるって——」

「黒瀬くんはこっち側に協力するって言ってくれたのでね」

 奥の部屋から声が聞こえた。俺たちは一斉に声の主に注目する。

「……あー、そういうことなん」

「ここに来ると思ってたよ」

 姿を現したのは三十代くらいのメガネをかけた男性。

 アテナを訪れた際に見かけた医療課課長の雲切だった。

「く……雲切さん……? 何、言ってるの?」

「七花、綿来くん、引くで」

「えっ!? けど黒瀬になにも——」

「ええから」

 来留さんの瞬間移動テレポートで一旦上空へ強制移動させられ、逃げるように部屋へ向かう瞬間移動テレポートを繰り返す。


「ちょ、ちょっと待って! 黒瀬は!? 連れて行かないと!」

「部屋に帰ってから説明するから! とにかく今は引くんや!」

「来留さんいつも『後で』じゃん! せめて納得できるように今説明して——」

「もう嫌だ!」

 宝木さんの劈くような声が俺の昂る感情を抑え、来留さんは瞬間移動テレポートを止めた。

 彼女の頬には露が通った跡がうっすらと見える。

「礼奈があんなことになって……やっと戻ってきてくれたって安心したら……わけわかんないアンドロイドのせいでめちゃくちゃになって……彗も変なこと言い出して……」

「……そうやでな。この短期間でいろんなことありすぎたもんな……」

 来留さんは宝木さんの背中に優しく手を添えた。

 この混乱の中、雰囲気を保とうとしていた彼女にも限界は来ていたのだ。

「ごめん。私が折れたらダメだって分かってる。……けど、もう……無理」

 顎から滑り落ち、ぽたぽたと雲の中を通り抜けてゆく雫。

 ほんの二週間ほどで俺たちは苛立ちと疲弊を募らせ、満身創痍となっていた。

「……よし! 部屋に戻んのやめるわ!」

「急だな!?」

「本日は緊急事態につきディケはお休み! というわけで行く場所は一つ!」

 今度は行き先も分からぬまま、強制連行テレポートされた。

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