ダイヤモンドダスト
「うわ本当だったんだ、すご!」
「菜月ナイス〜」
「
二人はキャッキャと喜んでいる。
「……は……?」
「あとは飛ぶ奴と治す奴か。勝ち確じゃん」
「アンタもついでにやってやるよ!」
菜月という女が俺の肩に触れる。が、何も起きない。
「……え? なんで平気なの——」
俺の中、奥の方で、何かが目を覚ましそうだ。
湧き立って溢れそうな。
俺は肩に触れている彼女の腕を掴んで剥がした。
「今……来留さんに何をした……!」
「さあね? 私の超能力知ってるんだから考えてみたら?」
「お前……!」
次の瞬間
「……は、なに、これ」
目の前の女は立っていられなくなったのか、床に膝をついた。
「菜月!?」
「……ヒーラーは戦力外だって、ハナから油断してくれるから助かるんだよね」
「……宝木さん?」
隣を見るといつも明るい宝木さんは静かに険しく、微笑していた。
宝木さんはゆっくりとスカジャン女に近づいていく。
「お前、何を——」
「私の超能力知ってるんだから、考えなよ」
「——ッ、菜月、引くぞ!」
危険を察知した由梨という女の
「あともう一歩だったのに、残念。……綿来くんは大丈夫?」
「あ、あぁ、俺は……それより来留さんは!? それにさっきのは……!?」
来留さんは未だ粒子から戻らない。あの女は俺にも同じことをしようとしたが、なんなのか全く見当がつかない。
「とにかく今は緊急事態だからテミスに連絡するね。そのあと、支部に行って綿来くんは検査してもらおう」
「あ……うん」
来留さんの次に古株の彼女は、イレギュラーが発生しても冷静に対処している。
俺はただ、来留さんがいるはずの空間を眺めるしかできなかった。
「今のところ、特に検査で異常は見つからなかった。……それにしても礼奈ちんが粒子化してそのまま、か……」
支部へ飛び、俺は一通りの検査を受け終え佐倉さんから話を聞いていた。
「相手は
「それなら前の件で三人とも透明化してたと思うんだよね。だから、他人を透明化はできないはず……」
「できないと思わせておいて、っていう作戦も……」
横から飛んできた宝木さんの推理に俺も考えを投げる。
佐倉さんは「うーん」と椅子の背もたれに体を倒し、天井を向いた。
「もう一つの超能力を使った可能性もあるよね。
「けど、強化してこんなことには……」
「強化も限度を超えれば暴走になるでしょ。おそらく礼奈ちんは
「暴走……」
俺と宝木さんは同時に呟いた。
「だから自分でコントロールを失って粒子から戻れないんだと思う」
「なるほど……俺たちができることって——」
「ない。今のは私の想像だし、実際どういう理屈でそうなってるか分からない。……礼奈ちんを助けたいのは分かるけど、いま焦っても何にもならない。冷静にね」
「そう……ですよね」
ガラッと扉を引く音が後ろで鳴った。
「来留が消えたって、どういうこと!?」
医務室から走ってきたのか、肩で息をしている。
「僕が抜けてる間に何が……」
「礼奈ちんが粒子化して戻ってこない。今分かってるのはそれだけ」
黒瀬にはそのときの状況と考えられる仮説を説明すると、一旦は冷静さを取り戻した。
「暴走……か。それで綿来が無事だったのも謎だよ」
もし佐倉さんの仮説が正しければ、俺が無事だったのは
理由はそれしかないはずだ。
この話題からどう逸らそうか考えていると佐倉さんが「まー綾人クンが謎なのは元からだからね」と上手い具合に終わらせてくれた。
「そういえば、宝木さんのさっきのって……?」
「あぁ、アレね。
「それって、本気出したら……」
「そうだね。綿来くんの考えてる通りだよ。……けど戦闘に参加しないのはヒーラーとして余力を残して置きたいっていうのと、半径二メートル以内に入ってないと発動しないから使いにくいって理由なんだ〜」
けろっとした顔をする彼女。あの二人と同じく非戦闘要員だと思い込んでいたが、このチームで一番殺傷能力が高いのは紛れもなく宝木さんだ。
「七花っちに
佐倉さんが両手をひらひらさせ、俺たちを健診ルームから追い出した。
「今回の件でしばらくディケは活動休止だってさ」
宝木さんはスマートフォンを見つめながら報告してくれた。俺もアプリを開くと同じメッセージが届いていた。
テミスの方では来留さんの捜索が開始されたらしい。
「……あのとき、俺が来留さんを引き剥がせてたら……間に入ってたらこんなことには……ヴッ」
黒瀬の肘鉄が脇腹に突き刺さる。
「今回はなにもかもが想定外すぎた。反省はいいけど落ち込んでる暇ないよ」
「ご、ごめん」
「……もし、本当に暴走してたらさ……粒子化どころじゃ済まないよね」
宝木さんが神妙な面持ちで声を発する。
「どういう、こと?」
「礼奈はそもそも
「でも来留さんの超能力は消える超能力じゃない! 見えないだけで絶対にいる!」
宝木さんの言葉の続きは聞きたくなかった。
来留さんはこの世に存在しているという一点の希望に縋るしかなかった。
「綿来の言う通り、消えはしない。ただ、僕たちは祈って待とう」
「……そうだね。こんなときに嫌なことばっかり考えちゃうの良くないね」
俺たちはそれぞれ、帰路へ着いた。
すでに真っ暗闇で星がいくつか瞬いている。地上は人工的な光の粒が道を作っている。
けれど何一つとして心は晴れない。
来留さんがいなくなってしまったという事実を光の輝きで紛らわせるなんて不可能だった。
*
朝目が覚めて、身支度をして普通に登校する。
教室に入ってしばらくしてチャイムが鳴り、担任が教室へ入ってくる。
「えーと、来留は欠席……あ、連絡あったな」
席替えをして少しばかり近くなったのに、彼女はいない。
昼休み。学食へ行っても当然姿はない。
いつもいた人がいなくなると、本当に心に穴が空いたみたいだ。
「なあ、来留さんどうしたんだよ?」
「え?」
食堂で前に座っている楽間が唐揚げ定食にがっつきながら問う。俺はきつねうどんの中に箸を突っ込んだままだ。
「綿来は仲良かっただろ」
「え、あー、まぁな。……体調不良かもな」
「ふ〜ん。病弱っぽそうだしなぁ」
「病弱っぽいか……どこかのお嬢様みたいな設定だな」
彼女は病弱とは真反対で健康体だ。
「家に執事いんじゃね? あとナイフとフォーク使うメシ食って、お茶会とかしてそう」
「はは、やってたりして」
彼女は昔から家に一人で食事はインスタント類ばかりだ。
この学校ではきっと、いや、絶対に俺しか知らない。
俺だけが知っている本当の彼女。
目に見えないくらいに小さくなってしまった彼女。
今、この会話を聞いて笑ってるだろうか。怒ってるだろうか。
「……綿来?」
「……ん? なんだ?」
「いや、ボーッとしてたから……」
「なーんもねーよ!」
ずるずるときつねうどんを啜るが、味がしない。重くて無味だ。
放課後。ワインレッドの玄関ドアに手を伸ばし開ける。
いつもは怒っている声とスマートフォンから銃声が流れている。けれど今日はなんの音も響いていない。
「……あ、そうか」
任務は無いんだった。
無いのに俺は靴を脱いで上がる。
ワンルームの中央でぐるりと見渡す。……が、もちろん彼女の欠片は見つからない。
「こっちに来てるわけないか……」
パイプ椅子を引いてドサっと腰を掛ける。
テーブルの上にはお決まりのキャニスターが鎮座しており、蓋を開けてスノーボールクッキーを摘んだ。
「……早く戻ってこないとこれ全部食べるぞ」
二つ目を口に入れる前にぬるい雫が頬をくすぐった。
「……あー、くそっ」
親に見てもらうために一心不乱に努力し、一ミリたりとも人に努力を見せず、チームのリーダーを担ってメンバーを思いやっていた彼女がどうしてこんな目に遭わなければならない?
俺が俺でいていいんだと教えてくれたあの子には、まだ相応のものを返せていないのに。
ガチャンと玄関の音がした。
「……来てたんだね」
「私たちも、なんか落ち着かなくてつい」
黒瀬と宝木さんだ。
俺は目元をぐっと擦り、スノーボールクッキーを放り込んだ。
「やっぱ来るよね」
「てか綿来くんが彗のお菓子食べてんの珍し……」
「全部食べたら、来留さん怒って戻ってくるかなって」
「なるほどね……礼奈〜! 食べるよ〜!」
宝木さんはスノーボールクッキーを見せびらかすように振り、ぱくりと食べた。
「なにしてんの……バカじゃないの」
そう言いつつも黒瀬も雪玉を噛み締めた。
「黒瀬も食べてんじゃねえか!」
「やることないしお腹すいたしね」
「……よーし、
残りのクッキーは俺と宝木さんで食べ尽くしたが、やはり来留さんは現れなかった。……もしかすると怒りが限度を超えて姿を見せてたまるか、となった可能性も考えられる。
「……」
俺はベッドで寝転びながらだらだらとホラー映画を観ていた。が、入り込めず冒頭三十分でバツボタンをタップ。
今までなら気分が落ちているときは空を飛んでいたけど、とてもそんな気にはなれない。
この能力を見破られたとき、いきなり上空に
「……無茶苦茶だったなぁ」
ふふ、と笑った拍子に目尻が濡れる。
無茶苦茶でもなんでもいいから、戻ってきてほしい。
*
あれから三日目。時間がすごく長く感じる。
来留さんは未だにどこにいるか分からないし、
今はどこにいるんだろう。空の上か、海の中か、言葉の通じないどこかの国か。
「長い旅行だな……」
まだ明るい夕方の空を眺める。
授業が終わってそのまま帰ろうか、部屋へ行こうか。
俺はいつもと違う道に入り込み、最寄駅の近くまで来ていた。寂れた路地でシャッターが閉まった居酒屋やバーが点々と存在している。
「よぉ」
後ろから聞き覚えのある声がした。前方に飛ぶと同時に体を半回旋し臨戦態勢となる。
想像していた通り、スカジャン女と紫髪の女だ。
「お前、ついて来い」
スカジャン女はポケットに両手を突っ込んで宣う。
「……はぁ?」
「面白い奴だから。欲しいんだって」
面白い、とは俺に超能力が効かなかったことか。
この二人にとって来留さんを粒子化させたことはもう忘却の彼方なのかと思うと奥底からなにかが煮えたぎる。
前と同じだ。
なにかが目覚めそうな、この感覚。
俺は
スカジャン女の
「なあ……来留さんを返せよ」
「うちらはアンタらを潰したいの。ただでさえ堅苦しい世の中で、超能力すらも縛られるなんてたまったもんじゃない……だからあの女は消えて正解なんだよ!」
ぐつぐつと煮えて噴きかけている感情を抑えるのに必死だ。掴んでいる腕を伝ってこの女の中にある
本能がそれを押せと叫ぶ。躊躇わずに俺は従った。
「……もういい。話すだけ無駄」
「菜月!」
スカジャン女は
仲間意識はあるのかスカジャン女は肩を引き寄せている。
「ふん、飛んだって私から逃げらんないのに——」
「由梨……なんかおかしい……超能力が……!」
「え?」
様子から察するに超能力の調子が悪いようだ。
もしかするとさっきのは——
俺は考えるより先に体が動いた。
「なにす……へ!?」
「……ッ、アンタなにしたの!? こんな超能力聞いてない!」
「なんだろうな?」
今、俺がどういう能力に覚醒したのか理解できた。
これは他人の超能力を奪うでも消すでもない、
同じことをもう一度やれば、二人の超能力は再発動するだろう。だがそんなことしてやるものか。
「お前らはテミスに引き渡すから」
とは言ったものの、両手が塞がっていればスマートフォンをポケットから取り出せない。どうするか……と考えていたとき。
「……大人しく捕まるかっての」
二人は手を振り解き、雲へ倒れ込むように沈んでいった。
「おいッッ! ハァ!?」
自由落下してゆく二人。一人は確実に助けられるだろうが、そうなるともう一人は。
いくら敵だろうが見殺しにはできない。俺は追うように地上へ向かって飛んだ。だが二人の姿は見当たらず、汗が滲み始める。
バーの看板の文字が読めるところまで降りると、二人の無事が確認できた。が、傷一つなく地面に立っている。
そこには見たことのない人がいた。
漆黒のケープマントにボブヘアの子。前髪が長く、目元は見えない。恐らく仲間であり二人を助けたのだろう。どうせならソイツも、と目がけて飛ぶが超能力で後方へ飛び避けられた。
「退避します」
超能力で三人まとめて脱兎のごとく去っていく。恐らくあの子は
捕まえられはしなかったが、確実に二人の超能力の元は切れた。
「……なんなんだこれ。……俺にも、超能力が……?」
まずは報告する? 何から話す? だが超能力を失わせたというのは推測であり証拠はない。
けれど、黙ってはいられなかった。
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