耽美な死に演目を

幸田跳丸

第1話 出会いは耽美に香しく

 死は美しきもので在らねばならない。



 見る者を悩ませる耽美たんび的な死で魅せることを使命として、私は生まれてきたのかもしれない。こうして少女の生の残滓である失われつつある体温を感じながら、彼女の細く白い四肢や首にナイロン糸を巻き付ける作業には特に注意を払う必要があり、天井や壁に取り付けられた小ぶりの滑車に少女の身体から伸びるナイロン糸を通し、前もって思い描いていた角度で留めておく。またこれによってはだけた箇所や覗いてしまった結び目は着せ替えた藍色の着物を調整して隠し、彼女を飾り付ける舞台に必要な家具や小物の配置を微調整していく。天井や部屋の隅のスポットライトで照らすと同時にその他の照明を落としてあげれば、ほら、暗闇の舞台に彼女とその周辺が浮かび上がり、それは劇場の主役のようではありませんか。



 死後硬直は死後二・三時間ほどから始まるのでそれまでに美しく仕上げなければ、彼女とご両親に申し訳がたたない。小説家は小説を書く前にプロットという大まかな設計図を作るように、私も頭の中に彼女の理想な耽美死とその工程を作り上げておくことで、余計なまごつきを減らし、死後一時間以内という僅かな時間で完成に至らせることができました。まだしばらく時間があるので、少し離れた場所に置いてある鑑賞用の椅子とそのサイドテーブルには、彼女が生前に震える手で作り上げたオムライスが用意してある。私は達成感に浸りながら彼女達の手作りオムライスを口にする瞬間に生き甲斐をその心の奥底から感じている。



 彼女たちも仕上げられただけでは満足もできないでしょう。この美を永久的に留めておくべく、部屋の隅に置かれた棚に並ぶいくつかのファイルを支えるように置かれているカメラを手に、さっそく撮影会を開始する。生憎と私はカメラマンではないのでそこまでの出来を期待されても困ります。しかし、遺族の皆様に彼女の艶姿あですがたを写真にして送るのはせめてもの礼儀でしょう。ひとどおり満足のいくまで撮影会を終えてようやく本当に一息つけるといった時でした。突然に、そう……、私が今いる施設はある方から提供された、謂わば秘密のアトリエなのです。つまり、この施設全体ましてや地下の一室に他人の存在なんてあるはずもなく、だというのに確実に背後の部屋と外部を隔てる扉のノブが小さな音を立てたのは聞き間違いであるはずもない。



「だ、誰ですかぁ!?」



 自分でも聞いていて悲しい素っ頓狂な声に応えるように、ノブはゆっくりと回り、扉は開かれていくその間も私はありえない来訪者へ視線を外さぬように……、いえ、正確にはあまりのことでパニックになってその場から動けずにいたのですが、開ききった扉の場所には通路の暗がりを背に誰かが立っている影が見て取れました。



 向こうからしても部屋の照明を落とし部屋中央部へ向けたスポットライトの光源を背に立っている私も同じように影としてしか認識していないことでしょう。互いにきっとその影である人物を凝視でもしているのか、微動にもしない時間は一瞬であるはずにもかかわらず、もう十数分もこうして続けているのではないかという錯覚に陥ってしまいます。最初に痺れを切らせたのは私の方で、「だ、誰ですか」固唾を飲み込んで、すでにカラカラとなった口内からなんとか発すると、相手はゆっくりと室内に一歩踏み入れて、手を壁に這わせて探っていると、バチッという音と共に天井の照明が何度かの明滅後に点灯した。暗闇になれていた私の眼はあまりの眩しさに目を強く閉じそうになるも、腕を使ってその光源の直射だけは避けることで薄目を開ける程度で済んだのですが、可笑しいことに相手もまるで鏡を見ているような格好で此方をしっかりと見ていたのです。



 明瞭な視界に映った相手を理解して私はさらに驚かされたのです。



 なんとその相手はまだ未成年の、見た目の推定で言わせて頂くと十六とかそこらくらいの少女だったからです。それも私が今手掛けた作品が霞んでしまうような、私の心に再度の創作意欲を掻き立てるその立ち姿や顔つきの品格から、ああ、神やそういった存在に盲信的になるに似た感情が、確かに私の心と美の価値観に荒波を立てたのですから。



 そして次には当然の、どうしてこの場所にこんな少女が一人で訪れたのか。いや、もしかすると警察を連れている可能性もあるがそれは未だ混乱する頭でも直ぐに否定できた。警察がいた場合現場にこんな少女を連れて、ましてや先陣を切らせるはずがないからだ。地下とは言えサイレンの音さえも聞こえなかったのだから。この施設は小さな廃診療所だった場所を雇用主が買い付け、私達・・に提供してくれている。その施設の全てが立ち入りを禁じているのだが、もしかすると医療施設だったこともあってか、肝試しで迷い込んだ。そう考えるのが一番現実的だが、やはりそれも否定できる要因があった。それは全ての出入り口がしっかりと施錠してあるからだ。



 ではその答えを直接本人から聞いてみるとしましょうか。彼女は見てしまったのだから。私の背後に飾られた耽美死を演じた少女の遺体を。それになにより私がこの娘を手掛けたいという欲求が昂ぶっているのですから。



日浦幸緒ひうらゆきおさん、でいいんだよね。世間で有名な探偵小説家がまさか殺人鬼なんて誰も思わなかった」



 ハツラツと喋る彼女は可笑しそうに眼を細めた。蠱惑的な右目尻に小さくある涙ぼくろに一瞬だけ気を惹かれてしまった。見た目に反した挑発的な言葉遣いにまたしても出遅れ、「一つ、私と共同のゲームをしよう」もはやこの現状を誰かに説明して欲しいくらいに私の頭はついていけなくなっていたので、「待って欲しい。その前に一つ私の疑問に答えて頂けないかな」疑問の解決とこの状況の整理をしたい思惑さえ読めているという風に鷹揚に頷くと、彼女の小さく形の良い顔の輪郭に沿って伸びる艶やかなおかっぱの黒髪が色白い肌をサラリと流れた。



「私を殺人鬼と知って、何が目的で私のアトリエに?」

「日浦先生はあまりの情報量に混乱しているから、そのような質問をされたのだね。いいよ。今抱いている不安を全て取り除いてあげる。一つ、私は一人で来ました。一つ、日浦先生が八王子を賑わせている双事件の片方の犯人であることも調べが付いています。一つ、その事実は私とある方達を除いて知りません。最後に、日浦先生の質問の回答に対してだけど、先程言ったように共同のゲームをしたいから」



 確かに疑問は晴れたが、それは今まで抱いていたものに限っていて、余計に疑問が水中に生まれる泡沫のように浮いてきたのはどうにかしてほしい。だけどこれ以上を聞いても埒があかないような気もする。致し方なしにひとまずは警察に連絡を入れるつもりも無いと判断して話の続きを促せてしまおう。



「なるほど。それで、そのゲームというのは?」

「ようやく此方の土俵に上がってくれたようで嬉しいよ。そうだね、このゲームは」



 そのあまりにも常識離れした内容に目眩を覚えた私を見て、またしても彼女は手応えを得たように、自分が殺されない、と確信したような笑みを浮かべた。

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