第2話 夏と昔日の迷い
私たちが生きるこの世界は、「時間」という名のもので満ち溢れている。この世界に生きる、あるいはこの時間の奔流の中で生きる私たちは、まるで川の中の小石のようだ。時に流れに揉まれ、変えられていく――大人びて、落ち着いて、子どもっぽさを失い、さらには見知らぬ者へと変貌する。まるで温水に浸かった蛙のように、時間による絶え間ない彫琢や研磨を、気づかず、あるいは見て見ぬふりをしてしまう。たとえある日、何気なく振り返って、自分がかつてよりもあまりにも変わってしまったことに気づいたとしても、私たちはただ「今の生活に適応しただけだ」と自分に言い聞かせる。鏡に映るこの私は、時間によってどれほど変えられただろう?それはわからない。ただ、遠い昔から、私はこの彫琢と研磨の間に、すでに自分自身を見失っているのだと知っている。
どう?制服、サイズ合ってる? トイレのドアが突然開き、母の声が響いた。
うん、ちょうどいいよ
「襟、きつくない?」母が近づいてきて、手を伸ばして私の襟元を整える。
「ううん、これで大丈夫」
よかったわ。あ、そうだ。秋野ちゃん、もう起きてるわよ。
「え?」私は母の意図がよくわからなかった。
あら?さっき起きた時は、秋野を必死に探してたのに、今はもうどうでもいいの?
あああ、その…
私の顔が真っ赤になっているのを見て、母は笑い声をあげた。
もういいわ、もういいわ。朝ごはんを食べなさい。入学式の初日、遅刻しちゃだめよ。
うん!
朝食を終え、母と伯母の「気をつけてね」という声に見送られて、私は秋野とともに学校へ向かう道を歩き始めた。朝日が空高く掲げられ、私の記憶の中から輝きを放ち、目の前のすべてに馴染み深い光を注いでいた。小さい頃、私と秋野はほぼ毎日一緒に学校へ歩いて通ったものだ。ただ、あの頃の秋野はいつも私のそばを歩き、時々じゃれ合ってはふざけていた。今のように、黙り込み、無言で私の前を歩いたりはしなかった。
私は、彼女がなぜこの“見知らぬ者ごっこ”を続けているのか、よくわからなかった。ただ、はっきりしていたのは、私がこのごっこをもう続けたくないということ。何か話題を見つけなければならなかった。
「今日は、いい天気だね!」
秋野は何の反応も示さなかった。私は心の中で自分を強く殴った。
一体何をやってるんだ!こんな話題になるわけないだろ!ちゃんと考えないと。
「ここの変化って…意外と少ないね」
元々の計画は、ここが大きく変わったことを嘆いて、その機会に秋野に紹介してもらおうというものだった。しかし、この言葉を半分言いかけた時、私はこの場所の「発展」の遅さに深く驚かされた。こんなに長い時間が経っても、この通りは、私の記憶とほぼ一致していた。
やっぱり、他のところで話題を探さないとな。例えば…
「昨日の夜、何か言ってなかった?」
「何も…言ってない…」
彼女の返事はとても短かったが、それは私の予想通りだった。少なくとも、口を開いてくれたのだから。
「ここの中学生活はどうだった?」
彼女は突然足を止めた。私はほとんどぶつかりそうになった。少し間を置いて、彼女はまた歩き出した。
「まあ…まあね…」
しかし、ちょうどその瞬間、私は偶然、秋野のリュックサックに小さなチャームがついているのを見つけた。大小二つの五芒星で構成された金属製の飾りだった。私は鋭く感じた、これはきっといい話題になる、と!
「あの、そのリュックにつけてるの、何?けっこう可愛いね」
案の定、私の言葉が終わるか終わらないかのうちに、彼女は振り向いた。顔には驚きと興奮があふれていた。
「でしょ!?でしょ!?かっこいいでしょ!?これはクスル…」
しかし次の瞬間、秋野は何かを思い出したかのように、笑みを引っ込め、うつむいた。秋野は突然何かを思い出し、微笑むことをやめ、うつむいた。しばらくして、また歩き出した。
べ…別に…ごめん…
もし、このゲームを続けることが、本当に彼女の意思なら、私はおそらく彼女の意志を尊重すべきなんだろう…。その後、私はそれ以上、無意味な話題を探すことをやめた。秋野とは、いつもこのような距離を保った――近くて手が届きそうで、それでいて遠く、遥かかなたのように感じる。
私はよく思う。神様がこの世界を創造した最初の時に、人々に「孤独」という名の道を残すことを忘れなかったなんて、なんて賢明な決断だったのだろう!少なくとも私にとっては、この道があったからこそ、私はこの騒がしく喧騒な世界の中で正確に自分自身を見つけ出すことができた。この一瞬、「私」としてこの世に生きることができた。他人の目を気にせず、他人の気持ちを推し量らず、他人の意志に屈することなく…。それはまるで神様が、苦心惨憺してこの世にしがみついている私に対して、最初に与えてくれた褒美のようだった。
しかし、秋野にとって、孤独とは何なのだろう?
盛夏の暑気が私の額に這い上がり、汗の粒を次々と引きずり出そうとした頃、桂川学院の門が私たちの前に現れた。そして秋野の足取りは、ためらい始めた。どうやら彼女は相変わらず、人混みを恐れているらしい。
ただの人通りなら、秋野もなんとか対応できる。どんなに不本意でも、彼女は人混みの中で細心の注意を払って歩いていた。しかし、クラス分けの名簿の前に集まったざわめく人々を見た時、秋野は足を止めた。
普段なら、こんな人混みや群衆を見れば、私は嫌悪して避けるだろう。だが今日は、それらに感謝していた。彼らが秋野の足を遅らせたおかげで、人混みや群衆に対する恐怖から、秋野は私にぐっと近づいてきたのだ。この本能的な行動は、彼女が続けているあのゲームが、私への嫌悪のためではなく、もっと深い何かのためであることを、私に気づかせてくれた…。
「橘田さん、ここで待っていてくれる?僕が見てくるから」
突然呼び方を変えたせいか、秋野は最初、反応できなかった。しばらくして、ようやくもごもごと承諾した。その後、私は人混みの中へと飛び込んだ。それはまるで一粒の塵が大海原に迷い込んだかのようだった。なぜか、人海の中に身を置くと、この世界がどれほど大きいのかをはっきり認識することが難しくなる。この瞬間、私にとっての世界は急激に縮小し、誰の口から発せられたのかわからない喧騒が至る所に充満し、誰から発せられたのかわからない力が周囲を取り巻く。喜怒哀楽が溶け込んだこのような海の中で、自分自身でも感じるのだ、私は麻痺していると。それは異常だと。しかし、このすべてはいつから始まったのだろう?あの電車が駅に到着した後からか?それともあの夢から覚めた時からか?私はどれほどの間、迷っていたのか?あるいはこれからも、迷い続けるのか?
「宮羽清夏!」 人海の中から、久しく聞かなかった呼び声が響いた。私は声のした方へと振り向いた。
「わっ、清夏!?本当に清夏じゃん!」
「おお!万岐くん!久しぶりだな!」
目の前にいる、茶色い髪をした、平凡すぎて人混みに入ったら二度と見つけられそうにない少年は、万岐珀川(まき はくせん)。私の小学校の同級生だ。本当に、彼が私を覚えていてくれるなんて思わなかった。
「さっき名簿に『宮羽清夏』って名前を見つけて、ずっと思ってたんだ、こんな偶然あるか!?って。まさか本当にお前だったとは!長野に行ったんじゃなかったのか?なんで戻ってきたんだ?」
母の転勤さ。三年前に長野に行ったのもそのせいだ。
「そうか、残念だな。向こうの生活はこっちよりずっと良かっただろ!」
「でも、僕はこっちの生活の方が好きだな。」
「そうか…。あ、そうだ。俺はD組になった。お前はちょうど隣のE組だ。」
「これからよろしく頼むよ!万岐くん!」
「おう、よろしくな!宮羽くん。」
その後、私たちは互いに顔を見合わせて笑い、別れを告げて、再びこの人海へと沈んでいった。
私はどんな気持ちで直接E組の名簿の前に歩いていったのか、よくわからない。もしかしたら、ほんのわずかな期待を抱いていたのかもしれないし、あるいは早くこの奇跡を確かめたかったのかもしれない。
この世で奇跡が起こる確率は、100%か0%かのどちらかだ。
しかし今回は、100%だった。
大変な苦労の末、ようやくこの人海から逃れられた私は、すぐに秋野のもとへと駆け寄り、この朗報を告げた。感情を隠すのに十分に努力していたにもかかわらず、私の拙い演技は、私を裏切ってしまった。
秋野もようやく、私の言葉を聞き終えた後、私の目を避けるのをやめた。おそらく私たちが再会してから、これほど長く目を合わせたのは初めてだった。そして、彼女が何かを確かめているかのような視線に、私は少し戸惑ってしまった。かなり経ってから、私たちは突然、これからそれぞれのクラスに行って出席確認をしなければならないことを思い出した。
じゃあ…行こうか…
うん…
校舎の中を歩きながら、秋野はキョロキョロと周りを見渡し、桂川学院の美しさに感嘆の声をあげていた。しかし私は、彼女の隣を黙って歩き、鑑賞せず、感嘆もしなかった。いずれまた迷い、これらすべてに飽き、他人のように去っていくだろうから。まるで何も起こらなかったかのように。
やがて、一年E組の教室が私の視界に入った。そして、青春の活力に満ちた賑やかな声が、一足先に私の耳に届いていた。教室の中の人々は三々五々に固まって、終わったばかりの休みの話に花を咲かせていた。こんなに和やかな光景が、その多くが初めて会う人たちで構成されているとは、想像しがたかった。次は席決めだ。私は別に悩むことはなかった。どこに置かれようと、いずれはこの喧騒の海に飲み込まれてしまうのだから。しかし、私より先に教室に入った秋野は、まだ何かを迷っているようだった。
私は適当に後ろの方の窓際の席を選んで座り、静かに待っていた…。
迷いと恐れの中で、彼女は突然私を一瞥した。それは無意識に探しているようではなく、もっと…はっきりとした…意志のようなものだった。彼女はついに、私の前方、そう遠くない所の空席に腰を下ろした。私の心に、理由もわからない感情が湧き上がった。
秋野には…
彼女なりの考えがあるんだろう…
たぶんね。
しばらくして、痩せて背の高い眼鏡の男性が入ってきた。彼はまっすぐに教壇に上がり、静かにするよう合図した。どうやら彼が、これから三年間の私たちの担任になるらしい。全員が静かになるのを待って、彼は黒板にいくつかの文字を書き、軽く咳払いをして、自己紹介を始めた。
「私の名前は佐木奈久(さき なく)と申します。佐木先生と呼んでください。今日から、皆さんのクラスの担任を務めると同時に、国語の授業も担当します。これからの三年間、どうぞよろしくお願いいたします!」
言い終えると、彼は私たちに深々とお辞儀をした。私たちも全員立ち上がり、佐木先生にお辞儀を返した。
「それでは、皆さん一人ずつ自己紹介をしてください。名前や趣味などを話して、お互いをより良く知り合いましょう!」
ええ〜〜?
皆、この幼稚な行為に少し抵抗を示したものの、いざ自分の番になると、とても流暢に自己紹介をしていた。もちろん私も例外ではなかった。ただ、視線が私に集まった時、私が予想していたような心臓の高鳴りは起こらなかった。それでも、名前を言い終えると、私はすぐに座った。この視線の焦点であり続けるのは、一秒でも嫌だった。
ほどなくして、秋野の番が回ってきた。彼女は少し躊躇し、ようやくゆっくりと立ち上がった。そして、果てしなく続くような沈黙が訪れた。彼女はうつむき、自分に向けられたすべての視線から逃れていた。静寂が潮のように一瞬で教室全体を満たした。その後、静寂の潮が引くと、どこからともなくヒソヒソという囁き声が次第に大きくなり、私の鼓動をかき消し、秋野の最後の一縷の息をつく余地さえも奪ってしまった。
「なんで喋らないんだ?」「おかしいよ…」「ねえねえ、見てあの子…」
ついに秋野は足を踏み出し、教室を飛び出し、この息苦しい喧騒の海から駆け去っていった。
佐木先生は明らかにこの事態を予想していなかった。彼はすぐに慌てふためき、秋野が去った方向と、まだざわついている皆を交互に見つめ、どうしていいかわからなかった。
「だれか!だれか彼女の知り合いの人はいませんか!いますか…!?」
佐木先生の裏返った叫び声は、その時は滑稽に響いた…。何人かの生徒が笑い声をあげ、他の何人かは秋野が去った方向をじっと見つめ、全く意味のない可能性を推測していた。誰も佐木先生の質問を気にかけず、誰も秋野の行方に関心を示さなかった。彼らは誰一人として、この変わり者の友人ではなく、誰一人としてこの変わり者と関わりたくなかった。彼らはただ自分たちの生活、自分たちのカラフルな高校生活を送りたかった。そして「カラフル」の中には、この一筋の灰色は入り込む余地がないのだ…。
私は?
私は橘田秋野の友人なのか?
おそらく違うだろう。
彼女の友人は宮羽清夏だ。
そして私は、ただの、
時の中に迷い込んだ旅人に過ぎない。
旅ってさ、
いつだって、美しい場所へ、カラフルな場所へ向かうものだろ!
誰が、
あの鮮やかな灰色に向かって進むものか!
彼女もきっと気づいていたんだろうな。
はあ、道理で見知らぬ者ごっこをしようとしたわけだ。
なるほど、
私はもともと、見知らぬ旅人だったんだ!
私は、そう信じていた…。
私が衆目の中で教室を飛び出した時、私の鼓動は再び響き始めた。この見知らぬ心臓が、ついに再び、「宮羽」の名のもとに、脈打ち始めたのだ。私は、すべての荷物を振り払い、すべての重荷を置き去りにして、ただ一筋の暗雲を追って狂奔する旅人のようだった。
いや、いまや私はもう旅人ではない。私は宮羽清夏だ。そして、なぜ私はあの暗雲を追いかけているのか?
なぜなら私は知っている。あの暗雲の下、彼女が立つその場所こそが、私の旅路の終着点だと。彼女はかつて手を伸ばせば届く距離にいたのに、私は何度も見逃してきた。今回は、彼女を離したくない。私はもう、時の中でさまよい続けたくない…。
私は屋上への扉を押し開けた。秋野は案の定、前方に立っていた。顔を上げ、両腕を広げて、まるで空を抱きしめているようだった。
あははははは!わかるよ、わかる!この世界の喧騒も、ヒソヒソいう陰口も、みんな陰謀だ!ユグ=ソトースの陰謀に決まってる!ふん!愚かだ!奴は俺が喧騒の中で屈服すると思ってやがる!ふん!俺は…
彼女の言葉は突然途切れた。まるで風に一瞬で吹き飛ばされた暗雲のように。まるでついに地上に差し込んだ日光のように。そして私こそが、その風が吹き上がった瞬間に、彼女を腕の中に抱きしめた者だった。
ようやく状況を理解した秋野は、細い腕を伸ばして私を押し離そうとした。
「離して!離してよ!恥ずかしいじゃない!何やってんの!放してよ!」
彼女は私の腕の中で、まるで飼いならされていない小さな野獣のようにもがいた。
そしてこの時、私は初めて感じた。神様はなんて賢明なのだろうと。すべての人が生まれた時、彼は私たちに左側の心臓と右側の虚無だけを残した。私はかつて、下手くそで、偽りで、バラバラな感情でそれを埋めようと試みた。虚無に埋めるものが多ければ多いほど、その虚無感をはっきりと感じ取ることができた。やがて、私は心臓が高鳴る感覚さえ忘れてしまった。しかし今、私はもうバラバラな感情を探し求める必要はない。私の胸の虚無は、すでに満たされていた。もう一つの、私よりもはるかに脆く、はるかに小さく、守られることを必要とする心臓によって。
秋野はついにもがくのをやめた。置き場に困っていた腕は、ついに私を抱きしめた。そして、もともと荒かった呼吸は、やがて規則的なすすり泣きへと変わっていった…。
「どうして…」
「どうして…お前まで俺を離すんだ!どうして…」
「清夏も…梨琴も!どうしてみんな俺を置いていったんだ…」
「ただ…ただそばにいてほしかっただけなのに…」
「どうして?うぅぅ…」
ごめん…
ごめん…
君がこんなにも多くのものを背負っていたなんて、知らなかった…
本当に…ごめん…
「だから、君は怖くなったのか?あの聞いたこともない言葉たちに?」
「思うに、私が恐れているのは、おそらくあの言葉たちではなく、多分あのいわゆる集団意志なのかもしれない。あの意志の下では、私は麻痺せざるを得ず、信仰を失い、仮面をかぶり、真実を忘れざるを得ない…。何々という集団の一部として、この世に生きなければならない。」
「そうだ、世界は元々そういうものだ。それは小さな猫や犬のための一方の天地は許容できても、結局は自分自身のための隅を見つけることは許容できない。」
「もしかしたら、それは世界の選択ではないかもしれない。」
「何が?」
「もしかしたら自分自身を許容できないのは、ただ私だけなのかもしれない。真実は最初から私の目の前にあった。ただあの時…私はそれを直視する勇気を持っていなかった。そして…私は何もかも失ってしまった…」
「少なくとも、君は今を持っている。」
「あのすべてを失った私が、今でも生きていると言えるだろうか?はあ。でも、君は考えたことはあるか?その小さな猫や犬のための一方の天地さえも、おそらく世界が残したものではないかもしれないと。」
夏と秋野 @HillCypher
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