秘跡ーミュステリオンーの国
七條太緒
序章
序 かけがえのないもの
所詮、自分たちは“よそもの”だ。
慈悲深き、かの女神の瞳に映ることなど最初から願っていない。
少年は、口の端を拭って立ち上がる。右手に貼り付いた赤い線はすぐに乾いて、皮膚が僅かに引き攣れた。
目の前には、身なりのよい服に身を包んだ少年たちが歪つな笑みを浮かべている。戯れに虫を甚振る小さな獣のように。
これは、自由の代償だ。
自分たちが風のように軽やかに大地を巡るための。
親も、仲間たちもずっとそうやって、生きてきた。こんな奴らと同じじゃないことを、いっそ誇りにさえ思う。差別も憎しみも、かき抱いたままでいい。
この世界の外側で、強かに生き抜いてやるだけだ。
そう、思っていたのに。
「……あなたと出逢えて、よかった」
少女は、幼さをほのかに残した顔で女神の如く微笑んだ。
白金の長い髪から放たれた神々しい光は、すらりと伸びた身体を包んでいた。
彼女は、人のようでいて、けれどもそうではないのだと判った。
大きな瑠璃色の瞳には金色の光が浮かび、星月夜のように煌めくその双眸に見つめられると、心までも優しく抱かれるようだった。
「どうか、憶えていてね」
天上の綺羅星は、地上に生きる者に分け隔てない光を注いだ。
色合いを変えた微笑みに、胸の奥が跳ねた。はにかむような、どこか切なげな表情が、心にくるおしいほどの感情を刻んだ。
かけがえのないものに触れたのは、それが初めてだった。
蕾のように重ね合わせた少女の両手から現れたのは、小さな紺碧色の珠。
祈りとともに、宝珠が擦り傷だらけの掌へと渡りくる。
「また、めぐり逢う時に」
世界は、こんなにも広く深いのだと示してくれたのは、貴女だったんだ。
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