第37話 パパ替わり

 シアが宣言した解呪予定の前日、俺はいつものように、午前五時半にシアの寮に訪れていた。


「おはようございます、ヘッダさん」


「おはようございます、テクトさん。今日もよろしくお願いしますね」


「はい。任せてください、師匠!」


「メイド長です」


 軽やかに挨拶を交わしてから、俺は厨房に向かい、下拵えを始めた。


 俺がシアの寝起き係に就任してから、俺の仕事から料理の一部が消えた。


 というのも、タイミング的に寝起きの世話をした直後に、できたての料理を提供するのは無理があったからだ。


 だから、せめて下拵えだけでも、と素早く済ませ、そのまま一階を素早く掃除して回る。一階の掃除が終わったら、そのまま寮の周辺の掃除に差し掛かる。


 それで大体三十分。俺は一通り仕事を終えて、寮の中に戻った。


「もう終わったのですか。流石はテクトさんですね」


「それほどでもないですって、へへ」


「そうですか? 成長した分お給金を増やそうと思ったのですが」


「俺めっちゃ成長してると思います」


 ヘッダさんから孫のように可愛がられて給金を上げてもらいつつ、俺は満を持して二階へと向かった。


 寝室の扉を開けると、シアが眠っていた。今日もぐっすりすやすやだ。


 俺は近づいていき、声をかける。


「シア~、シア様~。朝だぞ起きろ~」


「んぅ……んぃ……」


「よし、起きないな。じゃあいつも通りやっていくか」


 俺は着替えを側に用意してから、シアの背中に腕を回し、「よいしょっと」と抱き起こす。


 色々と接触範囲の少ない起こし方も試してみたのだが、結局これが一番早い、という結論に至ったのだ。そのお陰で、ごほん、所為でシアの柔らかな体に触れてしまうが、ご愛嬌。


 俺はシアを物理的に起こしてから、「じゃあ着替えるぞ~。ばんざ~い」と声をかける。


「ばんぁ~……」


「よーしお手々あげられて偉いな~。脱がせるぞ~」


「ぁ~い……」


 俺の補助を受けて何となく万歳するシアから、素早くネグリジェを脱がせる。するとシアは全裸になるが、すでに俺は目をつむって慣れたもの。


「ブラ付けるぞ~」


「んん……やぁ……ブラ、きつぃい……」


「はいはい我慢してな~」


 目をつむっての数日の訓練を経て、俺はシアに触れず、目も開けないままブラを付ける技術を会得していた。


 なので、スムーズにブラで胸元を覆い、そのまま背中側のホックを閉めることに成功する。うぉ、おっも。と今日も思う。あと体勢的にシアの顔がめちゃくちゃ近い。


「……ぁぇ……テクトぉ……?」


「おはようシア」


「テクトぉ……おはぁ……」


「ぐっ。ぐぬぬ……!」


 にへら、といつもの柔和な笑みを一回り幼くしたような無垢な笑みを向けられ、俺は父性をやられる。


 そうなのだ。元々俺も五人の妹を世話してきた身。こういう、幼さゆえの全幅の信頼、みたいなのにとことん弱い。


 実際問題シアは外面に比べて、内面はいくらか幼いところがあった。利口そうに振る舞っているが、いつもどこか拗ねた子供みたいな雰囲気を感じる。


 そんなシアが、朝はめちゃくちゃに甘えてくるのだから、俺は卑怯だと思ってる。ずるいよこいつ。


「ほら、次は制服着せるぞ! バンザイして」


「ばんざ~い……♡」


「くっ」


 とろんとした笑みを浮かべて言う通りにするシアにやられながら、俺は制服を着せていった。


 そうして十数分。やっとこさ俺はシアの服を着せ終わった。


「ふぅ、終わりっと。シア~? そろそろ目が覚めたか~?」


「んん……ぱぱおんぶぅ……」


「パパじゃないぞ~おんぶな~そらっ」


 俺はシアをおんぶして、洗面台に向かう。


「はい。じゃあ溺れないように顔洗おうな~。パシャパシャ~」


「わぶぶぶぶぶ」


 二人羽織の要領で、俺はシアの背後から洗面台の水をすくって、シアの顔を洗う。シアは微妙に溺れているが、俺の制御下なので問題ない。


「よし、洗えたな。そろそろ起きたか~?」


 俺は声をかけてシアの様子を確認する。


 シアは基本的に、服を着せるために体を動かしている間にじわじわ覚醒してきて、最後の顔洗いでシャッキリするタイプだ。


 だから洗顔を先にすると強烈な溺れ方をするし、その割にはさほど起きない、というかパニックを起こして変な感じになる。


 なので試行錯誤の結果この順番に落ち着いたのだが、とシアを見ると、シアは赤面して明後日の方向を見ていた。


「ん? シア?」


「……わ、わたくし、何も言ってませんので」


「何が?」


「い、いえ、分からないのなら結構です」


 タオルを渡すと自分で顔を拭くので、覚醒はしているらしい。


「んでもパパかぁ。俺も一児の親とは、感慨深いなぁ」


「っ! テクト!? 分かってるじゃないですか!」


「はははははっ。寝惚けたシアが悪い」


 俺がニヤリ言ってやると、心底恥ずかしそうにプルプルとシアはふくれっ面になる。


「もっ、もういいです! どうせ明日には付き人は終わるのですから! でも今のを吹聴するのはおやめなさいね!」


「分かってるよ。ほら、歯磨きして、あと髪も整えてやらなきゃな」


「……はい」


 シアは自分で歯磨きさせると磨き残しがすごいので、俺が丁寧に磨いていく。


「にしても、付き人だってこき使われるのを警戒してたら、まさかこんな風になるとはな」


 カラカラと俺は笑う。


「今やシアよりもシアを知ってるんじゃないか? 親知らずが一本顔を出してることとか」


「んー! んー!」


「はははっ、暴れるなって」


 ジタバタするシア。俺は歯磨きを終えて「ぐじゅぐしゅっぺしろ~」とコップを渡す。


 それからシアの後ろに回り、櫛で髪を梳かし始めた。最近始めたのだが、日ごとにシアのキューティクルが艶やかになっていくのが楽しい。


 しかしシアは拗ねた顔。


「ぐじゅぐじゅぐじゅ……ぺっ! ……この程度で、わたくしのことを知り尽くした気にならないでください」


「これだけ丁寧にお世話されて何言ってんだ」


「だ、だってそうでしょう! お世話されっぱなしでいても、いつか子は親の知らない秘密を抱えるものです。ですから」


 シアは何かを言いかけて、口ごもる。


 それから考えて、言葉を紡いだ。


「……今日で、付き人は終わりです。呪いは、必ず解きます。ご苦労様でした、テクト」


 沈鬱な声で言うシアに、俺は「ま、腕の呪いと鈍痛が取れるなら、俺もずいぶん楽にはなるけどな」と目を伏せる。

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