第26話 守りたい人、愛すべき人
テクトは知らないことだが、実のところ、アイギスは幼少期から多くの男と引き合わされていた。
引き合わされる理由は至極単純。母親の采配によるお見合いだ。
しかしアイギスにとって、それは思い出したくもない屈辱の記憶である。
『は? ヒョロガリのチビじゃん。マジで大将軍の血統? スラムの乞食の方がお前よりいい体してんじゃね?』
チャラチャラした
『ああ……まぁ……ハーレムにはバリエーションが必要だし、味変的にチビがいても……いや、すまんが無理だ。生理的に厳しい』
冷静な青年に石を見るような目で見られ。
『母親もああだったが、その矮躯でまともに稼げるのか? 少しの力仕事でへし折れそうな体ではないか。稼げない女に子種をくれてやる義理はないぞ』
傲慢な中年になじられ。
相手は同世代から中年男までより取り見取り。何故かといえば、それは歴史ある血統が故。
そして、その血統が故のお見合いの数々に、アイギスは幼少期より、激しい男性嫌悪に陥っていた。
『お母様? 次にアタシの前に現れる殿方に、こう伝えてあげてくださる? 他人の体躯を面罵して、殴られないと思わないことねって』
母親はそんなアイギスに、こう叱りつけた。
『いい? アイギス。あなたは血統の第二席。第一席を取れなかった以上、名門の血統でもそれ相応の扱いになる。あなたは選ぶ側じゃない。選ばれる側の人間なのよ』
母親曰く、男とはこういうものだ。価値があり、何をしても許される。何故なら、男性が心底喜ばないと、子をもうけることは不可能であるから。
『殿方を喜ばせられる女になりなさい、アイギス。極上の奉仕に、寵愛が返ってくるの。でなければ、血統を継ぐことすら、我々女には許されないのだから』
そんなお叱りを受けた次のお見合いで、アイギスは傲慢な男の鼻っ面に拳を叩き込み、しばらく自室で謹慎させられた。
テクトとの初対面は、そんな時期のことだった。
母親が珍重する騎士に、息子がいる、という話は聞いていた。とはいえ母親の騎士の子。身分差も大きく、関わることはないと思っていた。
『そうだアイギス。今日は友人として、件の騎士家を食卓に招くわ。子供たちがたくさんいるそうだから、仲良くしてあげなさい』
『はい。……んん? そういえば、その騎士家って息子がいたような』
だから、不意打ち的に男と接触することが決まって、その日は朝から気が重かった。
いざその騎士家が登城してきて出迎えるとき、アイギスは親の顔を立てるべく愛想を振りまきながら、件の息子が舐めてきたら叩きのめしてやろうと思っていた。
だから、いざ目の前にした時、アイギスは驚いた。
『れ、礼儀正しく、礼儀正しく。領主様だし、親の上司。緊張で吐きそう。おぇ……』
ガチゴチに緊張した同世代の男の子の姿なんて、初めて見たから。
『……母様、アレ……?』
『可愛らしいわよねぇ……! 私たちに会うというだけのことで、緊張しているらしいわ。あんな男の子見たの初めてっ』
母親が言う通り、アイギスも緊張している男を見るのなんて、初めてのことだった。
男は緊張なんてしない。何故なら、全員が女のことを見下しているから。
なのにその騎士家の息子は緊張していて、それを家族にからかわれて照れていたりなんかする。
そんな姿はアイギスには新鮮で、その時点ですでに気になっていた。
そのまま、流れで騎士家の面々とアイギスの一家の挨拶が始まる。
そして件の息子―――テクトがアイギスの前に立った時、テクトは『ええと、礼儀作法では、確か』と跪き、アイギスの手を取り、その甲に軽くキスをし、微笑みと共に言ったのだ。
『ごほんっ。……お初にお目に掛かります、アイギスお嬢様。私はプロテクルス・ガーランド。ガーランド騎士家の、長男にございます』
『……っ♡』
敬意と親しみを込めた微笑み。
そんなものを人生で初めて向けられて、今までお見合いで蔑みの目でしか見られてこなかったアイギスが、恋に落ちないわけがなかった。
それから、アイギスは機会を見て、度々テクトに絡みに行った。
テクトは期待通り、アイギスを対等な人間として扱ってくれた。むしろ、地位の差の分だけ、丁重にしてくれてすらいた。
アイギスはその親しみやすさから、段々と素になって接するようになった。テクトに限らずガーランド家の人間は豪快で、気が合いやすかったのもある。
だが、やはり血統の力もあって、アイギスの過激な遊びについてくるガーランド家の子供の数は減っていった。
『次は鹿狩りよ! ……アレ? 三人いなくない?』
『ちょっと疲れたって休んじゃったな』
一人、また一人とアイギスの遊びに付き合ってくれる人数は減っていった。
子供心に、寂しかった記憶がある。同時に、アイギスの力、才能が同世代でも隔絶していると。それが血統の力なのだと、自覚した。
だから、不安だった。いつかアイギスは一人になるんじゃないかと。テクトもまた、アイギスについて来られなくなるのではないかと。
だが、テクトはついてきた。
『テクト! 一緒に木登りしない!?』
『テクト! この滝飛び込んだら気持ちよさそうじゃない!?』
『テクト! 魔物が出たわ! 殺るわよ!』
アイギスのやんちゃすぎる呼びかけに、テクトはこう返した。
『木登り!? 負けねぇぞ! うぉおおおお俺の勝ちだぁ!』
『滝!? めっちゃ気持ちよさそう! いっせーの、とぉっ!』
『魔物!? じゃあ先に倒すのはどっちか勝負だ! くそー! 今回は負けた!』
テクトだけだった。アイギスについて来られたのは。アイギスを一人にしなかったのは。アイギスの心を守ってくれたのは。
この、驕り高ぶったクソみたいな男だらけの世界で、たった一人アイギスを尊重して、親しみを向けてくれる男の子。
この、アイギスに並ぶ者のほとんどいない世の中で、唯一自分に肩を並べてくれる男の子。
だから、アイギスはテクトを愛している。
騎士家のハーレム義務なんて障害、一つとして気にもしていない。母親から反対されれば駆け落ち上等だし、ハーレム不形成の重税すら自分が支払うつもりでいた。
どんな障害が訪れたとしても、アイギスは、テクトと二人ならどうにかなると確信していた。
だから―――テクトを守るために巨大ゴーレムの前に飛び出すなんてことは、アイギスにとって当たり前だったのだ。
「アイギス! 大丈夫か? 意識はあるか? アイギスっ!」
「ん、う、だい、だいじょう、ぶ。っ! それよりテクトは大丈夫なの!? アタシが防いでからどれくらい経った!?」
「アイギス! 良かった、大丈夫なんだな。アイギスがゴーレムに吹っ飛ばされてから、数秒してないくらいだ」
アイギスは軽やかな動きで立ち上がり、状況を確認する。
テクトは無事。あの陰キャも同様に無事らしかった。とはいえ、防御魔法の損壊具合を見るに、相当の衝撃はあったようだが。
テクトが言う。
「でも、驚いたよアイギス。お前、そこまで強かったんだな。まさかあのゴーレムの一撃を、防ぎきるほどとは思ってなかった」
テクトが心底安心したという顔で言うから、アイギスはくしゃりと笑い、こう返す。
「テクトは、アタシよりもお転婆な男の子だからね。テクトを守るためには、このくらいできなきゃなのよ」
「はははっ、言ってくれるぜ。けど勘違いするなよ? アイギスが俺を守るんじゃない。俺がアイギスを守るんだ」
「アタシより防御力ないのにぃ?」
「バカ言え、攻撃は最大の防御って言うだろ?」
テクトが右手を振るう。すると取り付けられたパイルバンカーから、火花が散った。
先ほどのアイギスのハンマー投げを見てこの発言とは、流石のアイギスも恐れ入る。
だが―――だからこそ、嬉しいし、愛おしいのだ。
「……ホント、何度惚れ直させたら気が済むんだか」
アイギスは思わずニヤケてしまいながら、小声でつぶやく。それから、顔を上げて、巨大ゴーレムを睨む。
巨大ゴーレムの肩には、あのバカの下級貴族男子が「このゴーレムの一撃を受けて、無傷……?」と動揺していた。
アイギスは盾を構え、陰キャはバラを手に周囲を見回し、テクトが左手のグラップリングフックと右手のパイルバンカーをかざす。
そして、テクトは言った。
「ひとまず、アイギスが無事でよかった。ここから、連中をもう一度叩きのめすぞ!」
「はいはい! 行くわよッ!」
「……さっきより入念に叩き潰してあげましょう」
三人が動き出す。その一体感に、アイギスは笑う。
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