間宮陶子の趣味
キサン
第1話 趣味の話
間宮だ、間宮陶子がいる。
浩介は深く静かな驚きを以て、居酒屋の入り口を見つめていた。
確かに、彼女はサークルの活動で良く見る。積極的に参加しているんだろう。
だが、他のメンバーとは決して交わろうとはしなかった。
会話も最小限度で済ませているような印象がある。
あまつさえ、こうして打ち上げまで来ることは殆ど、いや、これまでは全く無かったはずだ。
一体どういう風の吹き回しだろう。
まあ兎に角せっかく参加してくれるんだし、皆に溶け込めるように配慮してあげないとな。
今回幹事役である浩介はそんな事を考えながら、無表情という以外表現しようのない、陶子の横顔を眺めていた。
彼女と関浩介は同じ大学の同じサークル「都市伝説研究会」に所属している。
研究会などと大層な名前がついているが、活動内容がそれに見合っているとはお世辞にも言い難い。
今夜の「地元最強心霊スポット探訪」なぞは、実は未だマシな方だったりする。
浩介は極めて陽気な人間である。「良く言えば」、だが。
短慮で浅薄な所も多少はあるが、活発で、そして大抵の事にはめげない。
悪く言えば・・・・・、まあバカだろう。
サークル活動にも積極的に参加している。
部長の承認の元、今回の「地元で最も霊が目撃されるという噂の心霊スポットに突撃する」という、不真面目か不謹慎かの、どちらかに目一杯針が振れそうな催し物を企画して、その後の打ち上げコンパの幹事を務めたりもしている。
それに対して間宮陶子は極めて物静かな人間である。
まあこれも多分に「良く言えば」、と言わなくてはならないだろう。
彼女は基本的に余り他者と接する事が無い。
ゼロというわけではないのだが、自己をアピールする事はなく、会話も最小限。だが、サークル活動には積極的に参加している、ように見える。
そんな事からサークル内でも「謎多き人物」とされている。
悪く言えば、地味だ。陰気、と言い換えても良いかもしれない。
全員が着席し、部長の音頭で乾杯する。
浩介も手にしたジョッキをあおりつつ、目で陶子を探した。
皆とは少し離れた2人掛けの小さなテーブルに座り、つまらなそうにチューハイか何かを飲んでいる。
へえ、酒飲めるんだ。
っていうか、なんで態々あんな小さなテーブルに?
みんなと同じ席に着けば良いのに。
浩介は徐に陶子のテーブルに行き、向かいに腰を下ろした。
幹事役として参加者全員に気持ちよく飲んで欲しい。そんな事を考えていた。
正直、それ以上でもそれ以下でも無かったのだ。その時は。
「やあ、珍しいね。間宮さんが打ち上げまで参加するなんて。」
「そうかしら? まあ打ち上げには興味ないから。」
「ああ・・・・・」
「興味ない」というその言葉を、そのまま張り付けたような表情で、陶子は応えた。目は何を追っているのか、浩介の方を見向きもしない。
此方を見ていないのを良い事に、浩介は初めて陶子の事をまじまじと見ていた。
地味な服装。色もそうだが殆ど飾り気がない。
アクセサリーの類も一切していない。
腕にしている時計は、男物だろうか。
メガネのレンズは結構厚いから、目は相当悪いのだろう。
こう言う髪型って何て言うんだろう?
ボブカット? ショートカット? おかっぱ頭?
顔は十人並み。大変失礼な言い方だが。
スタイルも取り立てて良いわけではない。前言に負けず劣らず失礼な言い方だが。
「き、興味ないのに出てくれたんだ。」
「疲れていたから。帰る前に少し休憩しようと思って。」
「ああ・・・・・」
浩介は、必死になって何とか会話を弾ませようとした。
だが会話は空気の足りないサッカーボールのように、全く弾まない。
弾まない会話を続けようとして、彼は様々な話題を振ってみた。
どうしてこのサークルへ入ったの?
何となく。
活動は楽しいかい?
それほどでも。
学業はどう?
特に問題ない。
休日は何してる?
特に何もしてない。
振っては途切れ、途切れては振りを繰り返すが、成果は全く出なかった。
そろそろ諦めるべきかと逡巡し始めた時、ある一つの話題で彼女の様子が変わった。
それが「趣味」についてだった。
「そういえば間宮さんには趣味とかないの?」
それまで、よそ見してまとも受け答えしていなかった陶子が、初めて浩介の方を向いた。
「趣味?」
「そう、趣味。僕の場合ゲームとか映画鑑賞とか読書とか・・・・」
「・・・・・」
「後は心スポ巡りとか。サークル活動以外にも個人的に心スポ巡りしてるんだ。というのもさ、心霊写真撮りたいんだよね。未だ撮れたことないんだけど。だから」
「それ。」
「え?」
「私の趣味も。それ。」
「それ?」
陶子の顔には、今までのような興味なさげな様子は全く無い。
真剣な目つきで、で浩介を見ている。
「趣味なの。心霊写真が。」
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