昔玩具使い南国少女ムマシルちゃん
明石竜
第一話 俺の部屋にある日突然、緑髪の不思議な少女が侵入して来た
「ぅおわぁっ!! だっ、誰だよおまえ?」
四月下旬のある木曜日の夕方五時頃。
東京近郊、閑静な高級住宅街で暮らす高校一年生の富坂桂太は、自室の机に向かって数学の宿題に励んでいる最中、びっくり仰天してイスから転げ落ちそうになった。
机すぐ横の窓から、見知らぬ少女が身を乗り出してこのお部屋を覗き込んで来たのだ。
中学生くらいに見え、丸っこいお顔、ぱっちりした鳶色の瞳。褐色の肌が南国育ちっぽさを漂わせ、エメラルドグリーンに煌くセミロングな髪をハイビスカスの赤いお花付きカチューシャで飾っているのも特徴的だった。服装は紺地にクマノミの刺繍が施された長袖セーターと花柄ミニ巻きスカート。黒のニーソックスも穿いていることが分かった。大きなリュックを背負い、左手にトロピカルなデザインのトートバッグを持ち、右手にはなぜか〝けん玉〟を持っていた。
仄かにパイナップルの香りもしたその少女は、ソーダ色のスニーカーを穿いたままずかずか入り込んでくるや、
「はじめまして、日本のお方。アタシ、ウキョンブ王国からやって来ました、ムマシルと申します。十三歳です」
爽やかな笑顔&明るい声で自己紹介して、ぺこんと一礼した。
「ウキョンブ王国って何だよ? きみが考えた架空の国か?」
「いえいえ、実在する国ですよ」
「聞いたことないな」
桂太が戸惑った様子で呟いた、その直後。
トッ、トッ、トッ、トッと階段を駆け上げる音が聞こえて来た。
「あの、しばらくここに隠れてて! 座った状態で」
「えっ? ちょっ、ちょっと待って。あなたにお知らせしたい日本の平和を揺るがす非常に重要なことが、きゃぁんっ!」
桂太は大慌てでムマシルと名乗った少女の腕を掴んで引っ張り、もう一つの窓からベランダへ追い出す。窓を閉め鍵を掛け、外が見えぬようカーテンもしっかり閉じた。
その約二秒後、ノックもなしにカチャリと扉が開かれ、
「桂太お兄さん、ワタシの描いた新作マンガ、読ませてあげる♪」
「牧恵(まきえ)ちゃん、またしょうもないマンガ描いたのか」
牧恵という丸顔丸眼鏡ボサッとしたポニーテールな女の子に勝手に押し入られてしまった。桂太は何事もなかったかのように冷静に対応する。
「今度のは絶対面白いわっ! 同じ部活の子にも最終候補まであと一歩ってとこまでは確実に行けるって絶賛されたの。試しに読んでみなって」
「今忙しいし、たとえ暇だったとしても牧恵ちゃんの描いたマンガを読む気はしないな」
この子は桂太の妹、ではなくお隣に住む柏原家三姉妹の次女だ。ちなみに中学二年生。
「まあまあそう言わずに。最初の三十一ページだけでも」
「つまり、全部読めってことだろ」
「さすが桂太お兄さん、勘が鋭い。かわいい女の子のエッチな描写も満載ですよ」
「だからこそ読む気がしないんだって」
「もう、本当は読みたいくせに。今度の主人公の男の子はね、エッチなことを考えるとドリアンの悪臭を解き放っちゃう特殊能力を持ってて」
「ドリアンを悪臭扱いするのは、東南アジアの人達に失礼だろ」
マンガ原稿の束を目の前にかざされ、桂太が困っていると、
「牧恵、桂太くんにエッチ過ぎるマンガは見せちゃダメだよ」
長女で彼と同級生、おっとりのんびりとした雰囲気で、ほんのり茶色な髪を水玉のシュシュで二つ結びにしている由梨乃(ゆりの)がこのお部屋に入って来て、困惑顔で注意してくれた。
「エッチ過ぎることはないと思うんだけどなぁ。乳首は描いてないし」
牧恵が爽やかな笑顔でこう主張しながら、マンガ原稿を自分のショルダーバッグに仕舞ってほどなく、
「桂太お兄ちゃーん、漢字の宿題全部やってぇー。同じ漢字、十回ずつ書かなきゃいけないの」
三女でメロンのチャーム付きダブルリボンで飾ったおかっぱ頭が可愛らしい、小学四年生の森音(もりね)も入って来た。漢字ドリルとジャポニカ漢字練習帳と筆箱を両手に抱えて。
「ダメだよ森音ちゃん、全部自分でやらなきゃ。テストの時に困るから」
桂太は慣れた様子でお決まりの返事をする。宿題やってとしょっちゅう頼まれるのだ。
「面倒くさいなぁ」
森音は桂太のベッドにうつ伏せになり、しぶしぶ漢字の宿題をし始めた。
みんな垢抜けなく可愛らしいこの三姉妹は、昔から富坂宅に度々出入りしてくる。ようするに、仲の良い幼馴染同士の関係なのだ。
「森音ちゃん、消しゴム使ったらカスはちゃんとごみ箱に捨てといてね」
「はーい」
「森音、桂太くんのお勉強の邪魔をし過ぎちゃダメだよ。牧恵もね」
「分かってるって由梨乃お姉さん」
(ムマシルとか言ってた女の子、今のとこ大人しくしてくれてるみたいだけど、入って来ないよな?)
桂太は今、その不安で頭がいっぱいだった。シャーペンを握ったまま固まってしまう。
「桂太くん、この問題分からないの?」
由梨乃は心配そうに覗き込んで来た。
「……あっ、いや、ちょっと考え事してて」
「桂太お兄さん、ワタシの自作マンガが気になるんでしょ?」
「それは違うって」
桂太が迷惑そうに否定したのとほぼ同じタイミングで、
「やっと終わったぁ。四年生で習う漢字は難しいよ」
森音は宿題を済ませたようだ。鉛筆と消しゴムを筆箱に片付けると、
「桂太お兄ちゃん、このゲームで遊ぶね」
ベッド下の収納ケースから桂太所有のアクション系テレビゲーム用ソフトを取り出した。
「森音ちゃん、俺はまだ宿題中だからやめて欲しいな」
桂太は因数分解の問題を解きながらそう伝えるも、
「静かにやるからー」
森音はお構いなしにゲーム機本体にセットし、電源を入れる。
「桂太お兄さん、宿題はあとでも出来るっしょ」
牧恵はこう主張して、森音といっしょにプレイし始めてしまった。
「由梨乃ちゃん、何か言ってやって」
「森音、牧恵、もう少し音下げなきゃダメだよ」
「結局やらせるのか」
「だって私もちょっと遊びたいし」
「おいおい」
やばい、長居されてしまう。
桂太が心の中でそう心配していると、ピンポーンと玄関チャイム音が聞こえて来た。
「こんばんはー、先ほど由梨乃さんちへ寄ったんですけど、桂太さんちへお邪魔していると聞いて」
続けてこんなのんびりとした声も。
「聡実(さとみ)ちゃんだ。いらっしゃーい」
由梨乃の幼稚園時代からの幼友達、今同じクラスの松林聡実だった。
「聡実お姉ちゃん、おいでおいでー」
「聡実お姉さん、お久し振りぃーっ!」
三姉妹は一旦廊下に出て、階段の所から叫んで快く歓迎する。
「ここ、俺の部屋なんだけどな」
なんでこんな時に限って珍しく松林さんまで遊びに来ちゃうんだよ。
そんな心境で迷惑がる桂太に構わず、
「こんばんは」
聡実も桂太のお部屋へお邪魔した。背丈は由梨乃や牧恵より少し低い一五五センチくらい。四角顔で細めの一文字眉、四角い眼鏡をかけ、ほんのり茶色がかった黒髪をショートボブにしている。見た目そんなに賢そうな感じの子ではないが、学力テストの成績は中学時代常に学年トップクラスだった。桂太達の通う都立駒賀(こまが)高校は東大に毎年三名程度の現役合格者を出す進学校だが、そこの新入生テストでも総合二位を取った正真正銘の優等生なのだ。
「今日発売された『モリオカートワールド無双』、みんなでいっしょにプレイしましょう」
そんな聡実は、鞄からそのテレビゲームソフトの箱を取り出し誘ってくる。
「いいねえ聡実お姉ちゃん、やろう、やろう!」
「聡実お姉さん、もうゲットしたんだ」
「新シリーズのもすごく面白そうだね」
三姉妹はそれに興味津々。
「あの、松林さん、俺の部屋占領されて困ってるんだけど……」
桂太は苦笑いを浮かべて訴えるも、
「三〇分だけでやめますから」
聡実はにこやかな表情でこう言い訳して桂太のベッドに腰掛け、プレイし始めてしまった。
「ごめんね桂太くん、私もこれすごくプレイしたいの」
由梨乃は申し訳なさそうにしつつも、楽しそうにコントローラを操作する。
「聡実お姉ちゃん、あたし水牛さん使いたぁーい」
「もちろんいいですよ」
「やったぁっ! プレイヤー名何にしようかな?」
「同じクラスの好きな男の子の名前にしたらいいじゃん」
「牧恵お姉ちゃん、そんな子いないよ」
森音と牧恵は桂太に気遣うことなくゲームに夢中だ。
「あの、もう少し音小さくしてね」
大音量BGMの中、
(きっと三〇分じゃ終わってくれないだろうな。ムマシルちゃん、この子達が帰るまで大人しくしててくれよ。というよりいなくなってて欲しい。むしろ夢であって欲しい)
桂太はそう願いながら心臓をバクバクさせ引き続き数学の宿題に励んでいると、
「ケイタとかいう男の子、なんとも羨ましい状況ですねー」
ベランダ、ではなく机すぐ横の窓の外からあの子の声が聞こえて来てしまった。
(ベランダから屋根に飛び移ったのか!?)
その瞬間、桂太はびくっと反応。背中からつーっと冷や汗も流れ出た。
「何? 今の声? 牧恵か森音か聡実ちゃんが言った?」
「いや、ワタシは言ってないよ」
「あたしもー」
「わたしも違いますよ」
三姉妹と聡実は不審に思い、周囲をきょろきょろ見渡す。
「うわぁっ! 誰だあれ?」
桂太は怪しまれないように、初めて姿を見たような驚きの反応をした。
「えぇっ!」
「誰なのでしょうか? あの子は」
「おう! 南国系の女の子がいるじゃん」
「びっくりしたー。誰? あのお姉ちゃん」
他の四人もほぼ同時に異変に気付く。ムマシルが初登場時と同じ屋根に通じる窓からこのお部屋に戻って来て、由梨乃達の目の前に姿を現してしまったのだ。
「日本の皆さん、はじめまして。アタシ、ウキョンブ王国からやって来ました、ムマシルと申します。十三歳です」
爽やかな笑顔&明るい声で桂太以外にも自己紹介して、ぺこんと一礼した。
「何だそれ?」
桂太はまたも怪しまれないような反応をする。この時彼は押入れじゃなくベランダに隠してよかったぁと思った。
「ウキョンブ王国?」
「何かのゲームに出てくる架空の国かしら?」
「ワタシもそんな国聞いたことないよ。架空っしょ」
ぽかんとなる由梨乃と聡実と牧恵に対し、
「ウキョンブ王国だって! どこにあるの?」
森音は興奮気味に反応した。
「そんな国実在しないだろ」
桂太は地図帳見開き全ての国名が載っている世界地図を確かめながら呟く。
「ゆかり王国と同じようなものかぁ。あなた、そんな脳内設定作っちゃって中二病ね。ワタシと同い年だし親近感が沸くわ。どこの中学? ひょっとして桜蔭とか?」
牧恵はにやついた表情で問いかけた。
「あっ、いえ。アタシは正真正銘のウキョンブ王国民よ。通ってる中学は王立ノピノッピ中学なの」
ムマシルが真顔でこう伝えると、
「この子めっちゃ面白ぉーい」
牧恵はますます大笑いした。
「野比の○太くんみたいな学校名だね」
森音もにっこり微笑む。
「ウキョンブ王国はシーランド公国みたいな、国家承認されてない小国かしら?」
聡実は冷静にこう推測する。
「はい、その通りです。ウキョンブ王国は赤道直下にある島国よ」
ムマシルはきっぱりと伝えた。
「シーランド公国はイギリス沖だけど、ウキョンブ王国はどこの国の辺りなんだろ?」
桂太が疑問を浮かべると、
「そこまでは秘密♪」
ムマシルはこう答え、えへっと笑った。
「なんか信じられないなぁ。ウキョンブ王国なんて検索で出て来ないじゃん」
牧恵はスマホのインターネット機能で調べてみた。
「ネットで検索されないから存在しないって考えは視野が狭いよ。さすが島国根性の日本人ね。アタシの国も島国だけど」
ムマシルにくすくす笑われてしまう。
「ウキョンブ王国なんてラノベとかRPGとかに出てくる架空の国なんじゃないの? ねえムマシルちゃん。本当はどこの国出身なの? この顔つきだと、インドネシアかハワイかサモア?」
まだ信じていない牧恵は興味津々に問い詰める。
「アタシ、本当にウキョンブ王国からやって来たんですよ」
ムマシルはふくれっ面で強く主張した。
「牧恵、ムマシルちゃんの言うこと、信じてあげて」
「牧恵お姉ちゃん、ムマシルお姉ちゃんは絶対ウキョンブ王国民だよ」
由梨乃と森音はすっかり信じ切っているようだ。
「由梨乃お姉さんと森音がそう言うんなら、ワタシも信じようかな。ムマシルちゃん日本語ペラペラだから日本育ちの外国人じゃないの?」
「違うよ。日本へは今までにも家族旅行で何度か訪れたことはあるけど、ウキョンブ王国にいる時の方が遥かに長いよ」
「そうなん? けど普段から日本語で話してそうな流暢さじゃん」
「そりゃぁウキョンブ王国の公用語は日本語ですから」
ムマシルはどや顔できっぱりと伝える。
「本当にっ!?」
牧恵は目を丸めた。
「日本語って、日本でしか公用語としては使われてないんじゃなかったのか?」
「ミクロネシアみたいに、かつて日本の委任統治領だったとか?」
桂太と聡実の反応を見てムマシルはにっこり微笑み、
「違うよ。ウキョンブ王国は歴史上どこからも支配されたことがないよ。正確なことはまだ分かってないけどウキョンブ王国の起源は今から三千年ほど前、ラピタ人同士で争い事が起きた時に戦わずに逃げた人々が、太平洋の赤道直下にある無人島に移り住んだことだとされてるの。以来、二〇世紀の第二次世界大戦も終わって十数年後に至るまで、スペイン人などに発見され占領されてしまった南太平洋の他の島々とは対照的に他の地域の人々に一切気付かれることなく、独自の文化を築き上げて来たんだって」
国の歴史を楽しそうに語り出した。
「ムマシルちゃんの考えた設定にしか思えないんだけど……」
牧恵はまだ半信半疑だ。
ムマシルはさらにやや早口で話を続ける。
「異国の情報がたくさん入って来出してから数年後の一九六四年九月下旬、アタシの祖父母はウキョンブ王国を訪れた日本人から、これからの時代はウキョンブ王国に留まってないで、よその世界も見た方がいい。日本はウキョンブ王国に負けないくらいとても平和な国だからまずはそこから見てみないかと勧められたそうです。祖父母は最初乗り気ではなかったのですがちょうど日本の首都、東京でオリンピックが開催されることもあり、一応見に行ってみるかという結論に至ったそうです。祖父母はさっそくパスポートを申請し、十月半ばに専用客船で日本へ旅立ちました。オリンピック観戦後、浅草も訪れとりあえず観光してみると、日本文化が楽しめてとても気に入ったようです。祖父母は他にも鎌倉や箱根温泉を観光し、開通したばかりの新幹線にも乗って十日ほど日本に滞在しウキョンブ王国へ帰国後、国民に習得した日本語を伝えました。アタシ達の住むウキョンブ王国は国土が狭く人口も少ないので日本語が僅か数週間で国全体に広まり、一九七〇年にはウキョンブ王国の公用語となったそうです。そんなわけでウキョンブ王国の人々は、日本語をごく自然に話すことが出来るの。年配の方々ももはやウキョンブ王国独自の言葉は日常会話では使いません。祖父母ももうとっくの昔に忘れたって言ってたよ」
「自国の言葉を捨てるのに、抵抗なかったのかしら?」
聡実はすぐにこんな疑問が浮かんだ。
「当時のウキョンブ王国民全員、全く未練がなかったみたい。なんといっても日本語は文字の種類が無数にあり、豊かな表現が出来るからね」
「そうでしたか。確かに日本語は日本人でも知らない漢字や語句の方が遥かに多いと言うものね」
「ウキョンブ王国はけっこう親日的な国みたいだな」
桂太はかなり好印象を持てたようだ。
「はい、とっても親日的ですよ。ウキョンブ王国も現在は他の地域に住む方々の観光、さらには移住も認めてるよ。ただ、それには港や空港の検問所で非常に厳しい人格審査の突破が必要なの。世界一良い治安を保つため、犯罪人、犯罪者予備軍、殺傷能力のある武器類の徹底排除をするようにしてますから。モナコもびっくりの警備体制だな」
「そんな素敵な国なら私、すごく行ってみたいよ」
「あたしもーっ! ウキョンブ王国の人達とお友達になりたーい!」
「わたしも、行けるのなら行ってみたいです」
「俺もどんな国なのか気になる」
「ワタシも、行って真相を確かめたいな」
「皆さんなら、ウキョンブ王国への入国許可が下りると思うよ。人柄良さそうだし」
ムマシルは自信を持って言う。
「そう言ってもらえて嬉しいわ。ムマシルちゃん、ワタシさっきから気になってたんだけど、そのけん玉の玉、変わった形してるね」
牧恵は楽しそうに話しかけた。
「玉はココナッツの硬い殻で出来てるの」
「そうなんだ。南国らしい」
「ウキョンブ王国の玩具や雑貨は自然の物で作られてるのが多いよ。今から皆さんにウキョンブ王国ならではの面白いものをお見せするよ」
ムマシルはそう伝え、トートバッグから孫の手を取り出した。
「えいっ!」
そして桂太の机上にあった黒ボールペンに向かって振りかざす。
すると、
「えっ!!」
「うわっ、何だこのボールペン?」
「へっ! マジで? 生き物みたいになってるじゃん」
「うっ、嘘でしょう?」
「すっ、すっごぉい! ムマシルお姉ちゃんは魔法使いなんだね」
信じられない変化が起きた。由梨乃達は我が目を疑う。
ボールペンが独りでに動き出し、メモ用紙に文字を書き始めたのだ。
則天去私と書き記すと、ボールペンは元あった場所へ戻って動きを止めた。
「日本人にとっては魔法に思われたみたいね。これはアタシの魔法じゃなくて、孫の手に使われてる純粋な科学技術の力よ。この孫の手にはいろんな道具を動かせる機能が付いてるの。ウキョンブ王国のデパートで普通に売られてるよ。ちなみにこの孫の手はタガヤサンから作られたの」
ムマシルは自慢げに主張する。
「ってことは、俺がやっても出来るのか?」
「もっちろん。試してみてね。振りかざすだけでいいよ」
ムマシルは孫の手を桂太に手渡す。
「これで試してみるか」
桂太はテレビリモコンに向かって恐る恐る振りかざしてみた。
するとテレビに今映っているゲーム画面が、ボタンに一切触れていないのに普通のテレビ番組画面に切り替わった。チャンネルもいくつか勝手に切り替わり、電源も勝手に切れた。
「便利な機能だけど、恐ろしくもあるな」
桂太は苦笑いを浮かべ、感想を呟く。
「桂太お兄ちゃん、あたしにもやらせてー」
森音は漢字ドリルに。
「わぁ、踊ってるぅ!」
そうすると急に踊り出した。すぐに新出漢字【議】=会議という用語が載っているページが開かれ、それから十秒ほど経つと動きが止まってページも閉じられた。
「これ面白ぉーいっ!」
森音は強い興味を示す。
「森音、私にもやらせてー」
由梨乃は机上にあったハサミに。
「きゃっ、私の髪切っちゃダメだよ」
その結果、由梨乃の頭を目掛けて振りかかって来た。由梨乃が注意するとハサミはぴたりと動きを止め、元あった場所に戻っていった。
「桂太お兄さんにかざしても、何も起きないね。服が脱げて全裸になっちゃうかなぁって期待したのに」
「おいおい、牧恵ちゃん」
牧恵に眼前に振りかざされ、桂太はちょっぴり呆れ返った。
「牧恵、桂太くんに失礼だよ」
「あいてっ」
由梨乃は牧恵のおでこをペチッと叩いて注意。
「マキエちゃん、物を対象にしないと反応しないよ」
ムマシルはにっこり笑顔で伝える。
「なんとも不思議な孫の手ですね。ウキョンブ王国の科学技術力恐るべしです。あの、ウキョンブ王国は独自の文明の発展を遂げて来たみたいだけど、民族も……ムマシルさんの髪の毛って、染めてるのかしら?」
聡実はふとこんな疑問が浮かんだ。
「はい、染めてますよ。ウキョンブ王国民も髪の自然色は日本人とほとんど同じだけど、染めてる人は多いよ。ウキョンブ王国の野鳥や昆虫がカラフルなのが多いから、敬意を表するような感じで」
「そうでしたか。染髪はウキョンブ王国のファッション文化なんですね」
「日本人でも髪染めてる人多いけどね。ワタシの学校にも明らかに染めてる子いるよ。ワタシも夏休みのコスプレイベントの時ちょっと染めたことあるよ」
「牧恵お姉ちゃん青色にしてたね」
「私は高校を卒業するまでは、髪を染めるのはやめた方がいいと思うな」
「俺もそう思う。頭髪検査で引っかかるもんな。ウキョンブ王国の学校では染髪については何も言われないってわけか」
「はい。むしろ推奨されてるよ。ところで、皆さんはご兄妹?」
ムマシルが唐突にこんな質問をすると、一瞬の沈黙。
「私と牧恵と森音が姉妹で、桂太くんと聡実ちゃんは違うよ。お友達なの」
由梨乃は冷静に伝える。
「そうでしたか。ケイタさんハーレムですね」
ムマシルはにやりと笑った。
「……」
桂太は返答に困ってしまう。
「まさにそうっしょ」
牧恵はくすくす笑う。
「ハーレムってトドが作るやつだね」
森音はこんな反応だ。
「あの、ムマシルちゃんが日本にやって来たのって、観光目当てか?」
桂太は話題を切り替えるべく、こんな質問をしてみた。
「違うよケイタさん」
ムマシルは即否定。
「それじゃ、泥棒するためか?」
「それも違いますって。また泥棒扱いされちゃったよ。アタシ、ケイタさん宅に来る前に他に二軒お二階の窓からおじゃましたんだけど、どちらも住人の方に泥棒扱いされて警察を呼ばれそうになりましたよ」
「そりゃぁ、あの泥棒みたいな入り方じゃなぁ。アメリカなら銃殺されても文句言えないだろ」
桂太は苦笑いする。
「ムマシルちゃん、あの入り方はまずかったっしょ」
「あんな風に入って来たら普通の人はびっくりするよ」
牧恵と由梨乃はにこにこ微笑みながら指摘した。
「確かに、チャイムを鳴らして住人の承諾を得てから玄関から入るべきでしたね。ここの皆さんは寛容で幸いでした。おかげで護身用のけん玉も使わなくて済みました。なかなかいいメンバーが揃ってることだし、アタシの話も真剣に聞いてくれたことだし、よぉし、この皆さんに決めたぁっ!」
「何を決めたの?」
ムマシルの突然の発言に、きょとんとなる由梨乃。
「戦力となる仲間ですよ」
ムマシルはすかさずきりっとした表情でそう伝えた後、一呼吸置いて、
「じつはですね、平和なウキョンブ王国に近年現れてしまった日本侵略を狙っている“日本をめちゃめちゃに荒らそう団、略してNMA団”という悪いやつらが日本時間換算で今朝早く、大型潜水艦でウキョンブ王国を旅立っちゃいまして、三日後に日本のどこかに到着する予定なの。アタシは父が所有する最高時速五百キロの一人乗り高速小型ジェット機で追いかけ、やつらの乗った潜水艦を見つけることは出来、説得しようとしたんだけど潜水されてしまってなすすべなく、日本へ先回りして、やつらとの戦闘に協力してくれる有望な日本人メンバーを探すことにしたの。平和的な解決のために、皆さんの戦力が必要なのです! アタシといっしょにNMA団と戦って下さい!」
早口調で興奮気味に説明し、こんなお願いをして来た。
「なんか、信じられんけど、本当ならなにげにやばそうだな」
「本当の話なのでしょうか?」
桂太と聡実はぽかんとした表情を浮かべる。
「ムマシルちゃんの自作設定じゃないの? 日本をめちゃめちゃに荒らそう団、NMA団って、小学生が五秒で考えたようなネーミングね。NMBみたい」
牧恵はくすっと笑った。
「桂太くん、聡実ちゃん、牧恵、極めて大変な事態だよ」
「これは日本の危機だね」
由梨乃と森音はすっかり信用し、深刻に捕らえているようだ。
「ケイタさんにサトミさんにマキエちゃん、本当の話ですよ」
ムマシルは真顔で伝えた。
「そうなのか? NMA団とかいうやつらは、なんで日本を狙ってるんだ?」
桂太は訝しげにしながら冷静に質問してみる。
「話は少し長くなるけど、NMA団が現れてしまった経緯から説明するね。争い事を好まず、とても温厚な人々によって築かれたウキョンブ王国は、戦争も殺人・傷害行為も窃盗も過去に遡っても存在しないとても平和な国だったんだけど、アタシ達ウキョンブ王国民が手軽に日本旅行を楽しめるようになり、日本の情報をたくさん得られるようになった昨今、窃盗、器物損壊などの非行に走る輩も生まれてしまったわけです。ウキョンブ王国は日本と比べたら平和過ぎて地形も気候も単純で刺激がないとかって理由で。そんな考えの仲間が集まって、NMA団という悪の組織を作ったわけなの。NMA団のやつらは自然環境、治安、エンターテインメントに関して、スリル満ち溢れた環境に恵まれた日本に住んでるやつらが羨ましいということで、日本人を妬んでるみたい」
ムマシルは苦笑いで伝える。
「俺からすれば社会情勢的には日本よりウキョンブ王国の方がずっと恵まれてると思うんだけど。平穏な日常でずっと過ごしてたら、危険な目に巻き込まれることに憧れるのかな?」
桂太はNMA団員に少し同情してしまったようだ。
「日本よりアメリカとかの方がスリルあるんじゃないの?」
牧恵は疑問に思う。
「日本以外の地域は言葉が通じないということで、スルーしてるみたい」
ムマシルは苦笑いで伝える。
「ムマシルちゃん、私、闘いなんて怖くて出来ないよ」
由梨乃はやや怯えた様子で伝えた。
「わたし達の力じゃ、何も役に立てないと思うのですが。日本人よりも科学技術力が高度でしょうし」
「俺達じゃなくて、軍隊か武道派の人間に頼んだ方が良くないか?」
「いや、そんなのに頼んだらNMA団のやつらがかわいそうで。なんてったってやつらは“平均年齢十歳くらいのガキ”ですから。殺傷能力のある銃や爆弾を使うことはしてこないだろうし、あなた達日本人の戦いの素人でも勝てるはずです!」
「なんだ。ガキ大将みたいなものか。それなら簡単そうだな」
「やっぱ子どもの集団かぁ。日本をめちゃめちゃに荒らそう、略してNMA団ってネーミングからして思った通り♪」
「暴力を一切使わずに説得出来そうですね」
桂太と牧恵と聡実は安堵しているようだ。
「悪い子達にはめっ! って言ってあげなきゃダメだね」
森音は襲来を楽しみにしている様子。
「それでも私は心配だなぁ」
「由梨乃お姉さん、協力してあげましょう!」
牧恵は尚も不安がる由梨乃の両肩をぽんっと叩き、爽やかな笑顔で説得する。
「……うっ、うん」
由梨乃は困惑しながらも、すぐに承諾の返事をしてあげた。
「皆さん協力してくれるようで嬉しいです! アタシ一人の力じゃきっと太刀打ち出来ないので」
ムマシルの表情が綻ぶ。
「あの、ムマシルちゃん、ウキョンブ王国のお巡りさんや自衛隊には頼まなかったの?」
由梨乃が問いかけると、
「ウキョンブ王国は平和ゆえに、そういう組織は存在しないんだ」
ムマシルは爽やかな笑顔で伝えた。
「……そうなんだ。私達でなんとかするしかないんだね」
由梨乃はちょっぴり憂鬱な気分になる。
「真の平和国家だな。NMA団は三日後に来るわけか。ガキ相手とはいえ、それまでに何か対策した方がいいよな?」
桂太が問いかけると、
「はい。そんなわけでこれから三日間、あなた達の側に寄り添って戦闘術などいろいろアドバイスしたいので、ユリノさん達宅かケイタさん宅かサトミさん宅で、アタシをホームステイさせて下さい」
ムマシルは唐突にこんなことをお願いして来た。
「俺んちは無理だな」
「わたしんちもちょっと……」
突然のことに、桂太と聡実は困ってしまう。
「私は構わないけど、お父さんとお母さんに相談しないと」
由梨乃もこんな意見だ。
「ムマシルちゃんみたいな子だったら、きっといいって言ってくれるっしょ」
「パパとママは、ムマシルお姉ちゃんを絶対受け入れてくれるよ」
牧恵と森音はムマシルを安心させるようにこう主張した。
「あの、ユリノさん達、ご家族の方々にはアタシは海外からの留学生であるとお伝え下さい。ウキョンブ王国からやって来たと伝えると、不審なお顔をされると思いますので」
「確かにその方がいいかも。ムマシルちゃん、ウキョンブ王国の風景写真は持ってないのかな?」
「あるよユリノさん。皆さんにウキョンブ王国の中の風景写真、見せてあげる♪」
ムマシルはリュックから分厚いアルバム冊子を一冊取り出した。
「これはムマシルちゃんの住んでる街かな?」
捲って最初のページに出て来た写真を見て、由梨乃が質問する。
「はい、ウキョンブ王国の首都、メゴマッコンホの街並みよ」
「そうなんだ。東京みたいに高層ビルは全然ないけどけっこう都会だね。看板が日本語で日本の街みたい」
「お寺や神社っぽいのもあるじゃん」
「でも街路樹にヤシの木とかバナナの木とかパンノキとかが生えてるのはいかにも南国だな。影が短いのも」
「市場も美味しそうなフルーツがいっぱいで南国っぽいね。ムマシルお姉ちゃん、このバナナの隣に写ってるの、じゃがいも?」
「それはロンコンよ。日本じゃお目にかかれないかな? 甘酸っぱくてとっても美味しいよ」
「へぇ。あたし食べてみたいな」
「この写真に写ってるランブータンとドラゴンフルーツもとても美味しそう。わたし南国系のフルーツ大好きですよ」
「さすが南国。迎賓館っぽい建物もあるじゃん」
「迎賓館をモデルに造られた物だから、似ていて当然かも。それはアタシのおウチなの」
「すっごーい。宮殿みたいなとっても立派なおウチに住んでるのね。ひょっとしてムマシルちゃんは、ウキョンブ王国のお姫様とか?」
牧恵は羨ましがり、こんな質問をする。
「その通りです。アタシ、国王の娘ですから」
ムマシルがさらっと答えると、
「おううう、高貴なお方なのね」
「ムマシルお姉ちゃんのおウチ、大金持ちなんだね」
「私達、凄い良家のお方と出会ったんだね」
「ムマシルさんって、お嬢様育ちだったのね」
「俺らとは身分が違うな」
牧恵達は途端に恐縮してしまった。
「いえいえ、全くそんなことないよ。ウキョンブ王国では国民皆平等の観点から身分の差は無いに等しいので。国王といっても、他のウキョンブ王国民と生活水準はほとんど同じよ。日本やその他諸外国みたいに職業の違いによる時給の差もありませんから。家族構成や労働時間の違い、勤続年数・年齢を得る毎に国民労働者一律に時給が上がっていくこともあり、世帯所得の差はどうしても出てしまいますが、世帯年収五億ダンカ未満のご家庭には年度末毎に不足分が補われるので、世界の中で所得格差の少ないといわれる日本と比べても差は遥かに少ないよ」
ムマシルは謙遜気味に説明する。
「ジニ係数が限りなく0に近いってことか。理想的な社会が築かれてるんだな」
「小さな島国だからこそ実現出来たことだと思うけど、日本、さらには諸外国もウキョンブ王国の社会制度を見習わなきゃいけないね」
「ワタシも由梨乃お姉さんの意見に同意」
「国民全員がお金持ちって最高の国だね。あたしこのおウチ住んでみたいな」
「ウキョンブ王国のお金の単位って、ダンカみたいだけど、1ダンカは何円くらいなのかしら?」
聡実は気になって質問してみる。
「1ダンカ0.01円くらいかな? 物価は日本の七分の一くらいよ。ウキョンブ王国のお金、見せてあげる」
ムマシルはトートバッグの中から財布を取り出し、硬貨と紙幣をいくつか出した。
「このお金、石で出来てるぅ!」
森音は丸っこい千ダンカ硬貨と四角っこい五百ダンカ硬貨を手に掴んで嬉しそうに観察した。
「南の島らしいな。けっこう重い」
「日本の硬貨と大きさは同じくらいなのね」
桂太と聡実も手に取って眺めてみた。
「お札、みんな日本人じゃん」
「俳句でお馴染みの人達ばかりだね」
牧恵と由梨乃は微笑み顔で突っ込む。
十万ダンカ札の肖像が松尾芭蕉、五万ダンカ札が与謝蕪村、一万ダンカ札が小林一茶だったのだ。
「そりゃぁ親日国だもの。最高額の五百万ダンカ札には手塚治虫さん、百万ダンカ札には宮沢賢治さん、五十万ダンカ札には正岡子規さんや太宰治さん、五千ダンカ札には芥川龍之介さんが使われてるよ。昔は五千ダンカ以上は葉っぱや貝殻のお金だったんだけど、一九九〇年代初めにはこのタイプになったみたい。でもこのお金、日本へ来てから銀行や郵便局で日本円に両替しようと思ったのに、出来なかったの。おもちゃのお金だって銀行員や郵便局員のお姉さんに言われて」
ムマシルはやや落胆した様子だ。
「ウキョンブ王国以外の世界中どこも使われてないお金だから、外貨両替は無理なんじゃないかしら」
聡実は苦笑いしながら意見した。
「言われてみれば、そうだよね。国家承認されてない国のお金だし。ウキョンブ王国の銀行と郵便局では日本円に変えれるからそこでして来ればよかったよ」
ムマシルは残念そうに硬貨と紙幣を財布にしまった。
「ムマシルさん、一つ学べましたね。あらっ、ウキョンブ王国には、富士山みたいな形の山もあるのですね」
聡実はその写真を見て感心気味に呟く。
「そちらの写真に写っているのはウキョンブ王国の最高峰、標高一〇二七メートルのリトモーク山(やま)なの。形は似てるけど、日本の最高峰、富士山の三分の一にも満たないよ。雪も当然降らないな。ウキョンブ王国は日本に比べるととても小さく常夏なので仕方の無いことだけど、大自然の織り成す造形美は日本のそれと比べるとかなり見劣りしちゃうな」
「けど日本にはないジャングルがあるじゃん。おう、トラが写ってる。日本じゃ野生では出会えないよ」
「ワニもいるぅ! ムマシルお姉ちゃん、これはイリエワニだよね?」
「その通りよモリネちゃん」
「ニシキヘビもいるのか。世界一の治安の良さでも、ジャングルはやっぱ危険動物がいっぱいなんだな」
「いえいえケイタさん、ウキョンブ王国のジャングルは楽園よ。ウキョンブ王国に生息するヘビやトラやワニ、近海に住むサメなんかも、みんな大人しくて草食性よ。人を襲うことなんて一切ないよ。ウキョンブ王国の子ども達は川遊びする時イリエワニの背中に乗って滑り台みたいにして楽しんでるよ。トラの背中にも乗って遊んでるなぁ」
「楽しそう。あたしも乗ってみたぁーい!」
「私もー」
「ワタシも乗ってみたいな。ファンタジー世界の主人公気分が味わえそうだし」
三姉妹は羨ましがった。
「普通のイリエワニやトラでそんなことしたら食い殺されちゃうだろ。ウキョンブ王国では危険動物とされてるのまで温厚なのか?」
桂太は驚いた様子で呟く。
「本来危険な動物もウキョンブ島ではなぜか温厚になっちゃってるから、イリエワニとかウキョンブ島以外で見かけたら近寄ってはいけない動物一覧をパスポートセンターとかに提示して、国民に注意を促してるよ」
「獰猛な動物を他の地域からウキョンブ島に連れて来ても、温厚になるのかしら?」
「そうみたいよサトミさん。実際試しに獰猛なイリエワニをボルネオ島から連れて来たら、日を追うごとにどんどん温厚になってったし。植物も人間にとって危険なのは生えてないな。ページをさらに捲るとウキョンブ王国の他の動物の写真がいっぱい出て来るよ」
ムマシルがそう伝えると、牧恵達はわくわく気分でページを捲っていく。
「おう! ゾウもいるじゃん」
「オランウータンもいるね。ムマシルお姉ちゃんの生まれ故郷、いろんな動物さんがいて楽しそう。リアルな動物の森だね」
「チョウチョウさんも鳥さんも、南国らしく色鮮やかね。わたし一度探検したいな」
「このカブトムシ、なんか怖い。目の前にいきなり現れたら私気絶しちゃいそう」
「コーカサスっぽいな。ジンメンカメムシやバイオリンムシも生息してるみたいだな」
「ウキョンブ王国は昆虫王国でもあるね。あたしもこのジャングル探検したぁーい」
「ワタシもーっ。ねえムマシルちゃん、すごく気になったんだけど、ムマシルちゃんの乗って来たジェット機ってどこにとめてあるの?」
牧恵が知りたそうに尋ねると、
「ここよ」
ムマシルは自分のリュックを指し示した。
「えっ!? そこ!!」
「小さ過ぎっしょっ!」
あっと驚いた聡実と牧恵に、
「ケイタさん宅の屋根に降り立ったあと、コンパクトにしちゃいました」
ムマシルはすかさず爽やかな表情で説明を加える。
「いくら小型でもそこまで小さく折り畳めるジェット機って、いったいどんなんだよ?」
「私もすごく気になるぅ」
「あたしもーっ」
桂太と由梨乃と森音もちょっぴり疑った。
「ではお見せしますね」
ムマシルが出し惜しみすることなくリュックから取り出すと、
「この形、マンゴーそのものですね」
「本当だ。そっくりー。マンゴーの香りもしっかりするね。食べれそう」
「ユニークな形だな。翼もないし、ジェット機に全く見えない」
「ムマシルお姉ちゃん、これ本当にジェット機なの? マンゴーでしょ?」
「もろにマンゴーじゃん。ムマシルちゃん、出し間違えたんじゃないの?」
聡実達は思わず笑ってしまった。
本当にマンゴーの形そのものだった。
「やはりジェット機とは思われませんでしたか。このお部屋の広さなら大丈夫そうだから拡大させるね」
ムマシルはへたについた葉っぱの部分を指でつまんだ。すると瞬く間に膨らんでいき、ついには高さが一七〇センチくらいまでになった。
「ムマシルお姉ちゃんのマンゴー、すごーい」
「本当に、一人が乗れるようなサイズになったね」
「こりゃ増えるワカメちゃんの比じゃないっしょ」
「ますます不思議な原理ですね」
「これも科学技術なのか?」
桂太が驚き顔で質問した。
「はい、純粋な科学技術ですよ。ウキョンブ王国の理工系の技術者さんに作ってもらいました。ステルス機能と防御機能もすごいよ。飛行中はレーダーに感知されないどころか、人の目にも映らないの。雷が直撃しても、F5クラスの竜巻や猛烈な台風に巻き込まれても、隕石が衝突してもミサイルを打ち込まれても全くの無傷なくらい頑丈よ。皆さん、ぜひ中も見てみて」
ムマシルはそう勧めると、外壁のとある箇所に右手五本の指を掛け、みかんの皮を剥くような動作をした。すると船内の様子が露になった。どうやら出入口扉らしい。
全員が入れるほど広くないので、みんな船外から覗くことにした。
「畳敷きの和室じゃん」
「ますますジェット機っぽくないよな」
「私のイメージと全然違うよ」
「ムマシルお姉ちゃん、これ本当にジェット機なんだよね?」
「座布団とちゃぶ台も付いてて、とても落ち着けそうですね。勉強部屋にも最適そう。あの障子の中は?」
聡実は気になって質問してみる。
「おトイレよ」
ムマシルは即答した。
「そうでしたか。長旅だと必要だものね。操縦室かとも思いましたが、操縦する場所はどこにあるのかしら?」
聡実は内部をさらに注意深く観察する。
「このジェット機は地球上の行きたい場所の緯度・経度を入力して、スイッチを押せば自動運転してくれるから操縦する必要がないよ。ウキョンブ王国の人々は日本人のマイカーみたいな感覚で船やジェット機を所有して、日本人が国内旅行をするような感覚で世界中を旅行してるの」
「そうでしたか。世界中を自由に行き来出来るっていうのは羨まし過ぎるわ」
「ど○でもドアの時間がかかるバージョンだね」
森音は笑顔で呟く。
「皆さん燃料を見たらきっともーっと驚くと思うよ」
ムマシルは船内に入り、入口近くに置かれた小さな樽を手に取りふたを開ける。
中は、こげ茶色の液体が浸されていた。
「この香りと色、もろにコーヒーですよね?」
聡実が尋ねると、
「正解っ! 正真正銘本物のコーヒーよ。ウキョンブ王国産のはカフェイン少なめで子どもでもお砂糖入れなくても美味しく飲めるよ。たった一リットルで二万キロメートル走行出来るの。地球およそ半周分よ」
ムマシルは自慢げに答えた。
「コーヒーだけで動くなんて凄過ぎるぅーっ!」
「コーヒーの燃料でそんなに長距離飛べるなんて私、魔法としか思えないよ」
「俺もだ。ジェット燃料じゃなく、ごく普通のコーヒーとは……信じられん」
「超未来的じゃん」
「日本の科学技術がかなりかすんで見えますね」
森音達は改めて驚かされたようだ。
「元に戻すよ」
ムマシルは樽を元の位置に戻し外に出ると、葉っぱの部分を手で押した。
すると、シューッという音と共に小型ジェット機は見る見るうちにしぼんでいき、五秒ほどで元のサイズに戻った。
「このジェット機、ド○えもんのひみつ道具にあってもおかしくないよね?」
「そうですね由梨乃さん、原理を深く研究してみたいです」
「既存の物理法則では説明出来ないよな」
「ムマシルお姉ちゃん、これ絶対魔法だよね?」
「ワタシも夢を見てる気分」
「ウキョンブ王国でここ二〇年以内くらいに開発されたジェット機や船は全部、コンパクトに出来る機能を持ってるんだ。日本で創られた大人気娯楽作品、ド○ゴンボールに出て来たアイテムを参考にして開発したらしいよ」
ムマシルは自慢げに説明し、圧縮されたマンゴー型ジェット機をリュックにしまった。
「ムマシルちゃんは国王の娘だからこそ、NMA団のことを俺達に報告しに来たってわけだな?」
「まさにその通りですケイタさん、日本の危機、さらにはウキョンブ王国の治安を揺るがす重要事項でありますから。アタシも本気で戦います! みんなで力を合わせてNMA団を退治しましょう!」
「ムマシルお姉ちゃん、あたし達でNMA団を絶対やっつけよう!」
「わたしも全力を尽くしますよ」
「ワタシも暴れまくるよっ!」
「私も、怖いけど頑張る」
「俺も」
「ありがとうございます! さあ、ケイタさんも恥ずかしがらずに円陣にまじって下さい!」
「えっ、おっ、俺も?」
桂太は緊張気味に加わる。というよりムマシルに腕を引っ張られ強制的に組まされた。
「NMA団に、絶対勝つぞぉーっ!」
ムマシルが叫ぶと、
「「おうううっ!」」
森音と牧恵は元気な声で。
「「「おー」」」
桂太と由梨乃と聡実は照れくさそうに掛け声を出した。
これにて円陣はほどける。
そのあとすぐに、ムマシルはスマホをスカートポケットから取り出し、
「ママ、いっしょにNMA団と戦ってくれる頼もしい日本人の仲間を五人も見つけたよ」
『それはよかったわねムマシル。パパにもあとで報告しとくわ』
母のスマホに連絡した。
「あたし達、頼りにされてるみたいで嬉しいな。ムマシルお姉ちゃんもスマホ使ってるんだね」
「私達が使ってるのと同じような形だね」
「ワタシのスマホからもそっちへかけれるのかな?」
「これはウキョンブ王国製なので、ウキョンブ王国以外の国で作られたスマホからは不可能なの。アタシのスマホからそちらへかけることも。メールももちろん。優れた人格者のマキエちゃん達には大変申し訳ないんだけど、人命を脅かす凶悪犯罪人も多くいるといわれる日本人他外国人達と不用意に接触しないようにするための安全策なの」
「そっか、そりゃ残念」
牧恵はそう思いながらも、ウキョンブ王国民の意図には同情出来た。
「あの孫の手やジェット機を開発していることだし、日本のスマホよりも機能が相当優れてそうですね」
「いやぁ、日本のよりも機能性は低いよ。最新式のでも通話、メール、ネット、カメラ、辞書、GPS機能のみで、スマホの技術は日本に負けてるよ」
「そうなのですか。意外ですね」
聡実はちょっぴり呆気にとられる。
「ウキョンブ王国のスマホ普及率って、どれくらいなんだろ?」
桂太はこんなことも気になった。
「三割くらいだな。持ってない人の方が多いよ。なんといっても狭い国だから直接会って話せばいいって考えの人も多いので」
「そっか。そんなお国柄なんだな」
「あの、ムマシルさん、ウキョンブ王国って、日本との時差は何時間あるのかしら?」
「+2時間よ」
「ということは、ウキョンブ王国の位置はソロモン諸島付近なのかしら?」
「それは秘密です」
ムマシルはにこっと笑いながら言った。
「そっか。すごく気になるなぁ」
「聡実ちゃん、謎のままにしといた方が夢があるよ」
由梨乃は残念がる聡実の肩をポンッと叩いて説得する。
「ウキョンブ王国は外部からの悪者の侵入を防ぐために、世界地図にも載ってないんだ」
「そうでしたか。でも人口と面積くらいは知りたいな」
聡実は申し訳なさそうにお願いする。
「俺は気候も気になる。熱帯なんだろうけど雨林かモンスーンかサバナか」
間を置かず桂太もこう呟いた。
「それくらいならいいですよ。ウキョンブ王国はリトモーク山頂も含め、国全体が年中雨の多い熱帯雨林気候Afで、メゴマッコンホでは年間平均気温が約二七℃。年間降水量は約二三〇〇ミリとなってるよ。現在の人口はおよそ十万人。面積は約七百三十平方キロメートルで、ミクロネシア連邦やキリバスやトンガと同じくらいよ。一つの島ウキョンブ島だけで構成されてる点がその三国と違うけど。そういえば、日本人との友好の証にウキョンブ王国のお土産も持って来ていたのでした。ウキョンブ王国の最高級の名産品、ドリアンマシュマロです。ぜひお召し上がり下さい」
ムマシルはリュックから棘棘したドリアンのカラー写真パッケージで包装された四角い箱を取り出した。
「ドリアンって、あのものすごーく臭い果物だよね」
森音は顔をしかめる。
「ワタシ、夢の島の熱帯植物館でにおい嗅いだことあるけど、悪臭だったよ」
「俺もそう思った」
「わたしもドリアンは食べたいとは思わないわ。あのにおいのせいで」
「私も食べたことはないけど、食べたくはないな。ごめんねムマシルちゃん、ムマシルちゃんの国の名物を悪く言っちゃって」
他の四人も苦い表情を浮かべる。
「皆さんにおいは知ってるみたいね。一度食べればきっと病み付きになりますよ」
ムマシルは箱を開け、爽やかな笑顔で勧めて来た。
マシュマロは袋に包まれていたため、まだ特有のにおいはしてこなかった。
「どうぞ」
ムマシルはついに袋もビリッと破る。
次の瞬間、
ムマシル以外のみんなは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「私このにおい、久々に嗅いだよ」
「夏コミ会場のにおいよりもきついわ」
「くさい、くさい。腐った生ゴミのにおいだね」
「俺の部屋がドリアン臭くなってしまう。窓開けよう」
「やはりきついです」
ドリアンの強烈な香りが桂太の部屋中に漂う。
「私、食べてみるよ。どんな味なのかな?」
ムマシルに申し訳なく思った由梨乃は、勇気を出して試食してみた。
一口齧ってみて、
「においはすごくきついけど、甘みが強くて美味しい」
そんな感想を抱く。
「意外や意外。甘くてめっちゃ美味しいじゃん♪」
牧恵も恐る恐る試食してみて、とっても幸せそうに頬張った。
「まずくはないけど、やっぱにおいがダメだ」
「あたしも美味しくは感じないけど、ピーマンやセロリよりはマシだね」
「……微妙です。これは加工されてるからまだ食べれたけど、そのままのドリアンは食べれそうにないです。あの、ごめんねムマシルさん」
他の三人も結局試食してみてこんな感想。
「ウキョンブ王国民にも苦手な子は多いので、全然気にしなくていいですよ。アタシもドリアン、正直あまり好きじゃないよ。においは嗅ぎ慣れてるから平気だけど。ウキョンブ王国民にとってのドリアンは、日本人からした納豆みたいな存在だな」
ムマシルはそう打ち明けて、てへっと笑った。
「私、もう一個食べるよ」
「ワタシも。癖になるよねこの味」
由梨乃と牧恵はさらに喜んで味わう。
あのあとムマシルは、ドリアンマシュマロを食べた由梨乃達に口臭消し効果があるウキョンブ王国産のジャスミンキャンディーを振舞ってあげ、桂太の部屋に漂うドリアン臭もジャスミンの香りのスプレーで消してあげたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます