役割

Jiecai

生きていく

人にはそれぞれ役割がある。

皆何かしらの力、才能を持っていて、それが死ぬまでにどれだけ発揮できる場所があると思う。


そんなことを、俺は高校二年の春に思っていた。俺の持論だ。理由はない。ただ、放課後の教室で、うっすら茜色に染まった黒板を見ながら、ふと、そう思った。

どこかの偉人が言ったとか、感動的な映画を観たあとだとか、そんなきっかけは特にない。

ただ、世界にはそういう法則があるんじゃないかと思っただけだ。


隣の席の村嶋さとりは俺の幼なじみで、いつも通りノートに何かを書き込んでいた。

細かい文字が縦横に並び、シャーペンの先が紙の上をサッサッと滑る音だけが、静かな空気の中に響いている。


「お前さ」

俺は唐突に言った。

「人の話、聞くの、得意だよな」


さとりはぴくりと顔を上げて、少し驚いたように目を見開いた。

すぐに視線を逸らし、うつむきながら「……そうかな」と小さく返す。


「俺、お前にめっちゃ相談してる気がするんだけどさ。何でか安心すんだよな。お前に話すと」


さとりは何も言わなかった。けれど、シャーペンを止めて、少しだけ頬が緩んだのが見えた。

いつものように「うん」と頷いて、それだけ。

だけど、それが妙に心に残った。


俺はたぶん、特別な才能があるわけじゃない。

部活も勉強も中の中。趣味もいまいち「これだ!」って言えるほど打ち込んでることはない。いつも中途半端で終わってしまう。

けど、自分の周りにいる人たちは、なんとなく“それ”を持っているように見えた。


体育祭でクラスをまとめる明るい女子。

絵がうまくてコンクールに出してるやつ。

パソコンに詳しくて、文化祭のシステム全部一人で作った男子。

……そして、さとりみたいな「聞く力」を持ってるやつ。


「役割って、たぶん才能って意味だけじゃないんだと思う。


何かをすることもだけど、何かを受け止めることも、きっと役割で、才能だよ」


その時さとりが何を考えていたのかは、分からない。


それからというもの、さとりは少しずつ、ほんの少しずつだけど変わっていった。

話す量が増えたとか、性格が明るくなったとか、そういう分かりやすい変化じゃない。

むしろ、周りから見れば「前と同じじゃん」って言われるかもしれないレベルだ。


けれど俺には分かった。

目の動きとか、相槌のタイミングとか、ほんの一言の重みとか。

さとりは、聞くということに自覚的になったのだ。


ある日の帰り道俺たちは並んで歩いていた。春の風はまだ少し冷たくて、夕日がビルの隙間に沈もうとしていた。


「なあ、将来とか考えてる?」


そう聞くと、さとりは少し歩を緩めた。


「……最近、ちょっとだけ」


「お。ついにやる気出したか?」


からかうように言うと、さとりは珍しく笑った。声は出さず、ふっと唇の端を上げるだけ。でも、それは確かな笑みだった。


「この前、君から言われたこと……『人の話聞くの得意って。何かを受け止めることも役割』って。それ、考えてた」

「うん」

「僕、人と話すのは苦手だけど、話を聞くのは、たぶん苦じゃない。なんか、話してもらえるの、うれしいんだ。誰かが僕を頼りにしてくれてる。僕が誰かの支えになれてるってのが嬉しいんだ」

「うん、分かる」

「それで、心理カウンセラーって仕事を調べてみた」


その言葉に、俺は思わず立ち止まりそうになった。

さとりが、自分から何かを調べた。未来を選ぼうとしてる。それがただ、すごくうれしかった。


「へえ、似合ってるじゃん。絶対向いてると思う」


「そう、かな」


「うん。ていうか、お前に聞いてもらって泣いたやつ、うちのクラスだけで五人くらい居るしな」


「……それ、嘘でしょ」


「二人は確実だな」


冗談半分で言ったのに、さとりは素直に「……それならやってみようかな」と小さくつぶやいた。

その声には、芯のようなものがあった。弱々しいのに、どこか揺るがないもの。


帰り道、桜の花びらが一枚、さとりの肩に落ちて、風に吹かれてすぐに舞っていった。


彼はそれを追いかけもせず、ただ、まっすぐ前を見て歩き出していた。



高校三年の夏。進路調査票が配られたあの日、さとりは迷いなく「心理学部」と書いていた。

先生が驚いて


「さとり、お前、ちゃんと喋れるのか?」

なんてバカにして嘲笑うようなことを言っても、彼はただ「大丈夫です」と静かに答えた。


それだけで教室が少し静まり返るような、そんな空気があった。


受験勉強はそれなりに大変そうだったけど、さとりは顔色ひとつ変えず、淡々と日々をこなしていた。

相変わらず、誰かからの相談にのっては頷き、小さな励ましをぽつりと落とす。

そのたびに、誰かが救われていくようだった。


俺はというと、相変わらずだった。

進路希望欄には「未定」と書いたまま、先生に呼び出されては「そろそろ決めろよ」と言われる日々。


でも、焦っても出てこないものは出てこない。


「なんで俺には“これだ”ってのがないんだろうなあ」

放課後、屋上で缶コーヒーを飲みながら、ふと漏らすと、さとりはいつものように横に立って空を見ていた。


「……別に、なくてもいいんじゃない?」


「え?」


「『見つからない』ってことも、役割かもしれない。何も決めずに、ふわふわして、でも誰かの背中を押す言葉を持ってる人、誰かのその先に変化をくれる人、必要だと思う」


「俺が?」


「うん。僕、君のあの一言がなかったら、今もきっと迷ってた」


少しの沈黙。風が髪をなびかせて、夏の終わりの匂いがした。


「……そっか。なんか、ありがとな」


「うん」


会話はそれで終わった。

でも、それで十分だった。


最終的に、さとりは専門的に心理学を学び、カウンセラーになっていた。俺は大学に進学した。とくに何かをやりたいというより、「とりあえず興味のあることを見てみよう」ってくらいのノリだった。

たぶん俺は、一生かけて自分の役割を探すんだと思う。


だけど、それも悪くない。


人にはそれぞれ役割がある。

皆何かしらの力、才能を持っていて、それが死ぬまでにどれだけ発揮できる場所がどこかにあると思う。


——でも、それはすぐに見つけられなくてもいい。

たまには立ち止まって、誰かに話して、聞いて、笑って、悩んで。

そんな日々の中で、ふと芽吹くものがある。さとりのように。


そう信じて、俺はのんびり歩いていこうと思う。

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