第3話

 社会人になってから一人暮らしを始めた慎太郎さんは、我が家にやってくることはほとんどなくなった。

 それでも、月に何度かは一緒に食事をする。俺から誘うときもあるし、慎太郎さんが誘ってくれるときもある。忙しい仕事の合間を縫って時間を作ってくれるのはとても嬉しい。

 

 「またシンと夕飯か?」

 俺が母さんに明日の夕飯はいらないと告げると、龍之介がニヤニヤと俺を見た。電車で十分の会社に就職した龍之介はまだ実家暮らしだ。

 ちなみに俺は電車で一時間近く掛けて会社に通っているが、オメガの一人暮らしは危ないので推奨されない。

 「そうだよ。慎之介さんとご飯」 

 「本当に付き合ってないの?」

 「付き合ってないってば!」

 本当に付き合っていたらどんなにいいか。友達以上恋人未満のような関係がもう何年も続いている。

 俺は小さいころから「慎太郎さんが好き」「大きくなったら慎太郎さんと結婚する」「俺と慎太郎さんは運命に違いない」などと騒いでいたから今更告白するのも変な話だし、付き合いたいというようなことをほのめかしても曖昧に躱されてしまう。

 以前龍之介が慎太郎さんに「瞬のことをどう思っているのか」と尋ねているところを盗み聞きしてしまったが、「弟みたいな存在」と言われてしまった。

 両親も龍之介も応援してくれているのだが、慎太郎さんにその気が無いのならどうしようもない。

 思わずため息をつく俺に龍之介が慌てたようにフォローを入れる。

 「シンはキープとかするタイプじゃないから大丈夫だよ。それに俺には瞬のこと好きなように見えるけどな。きっと関係を進める勇気が無いだけで。アイツ意外とヘタレだからさ」

 「ヘタレ......?」

 そんな風には見えない。慎太郎さんはいつも優しくて強い。龍之介にだけ弱みを見せているのだとしたら、なんだか悔しい。

 「ま、アイツは色々グダグダ考えるタイプだからさ。気長に待ってやりなよ。お前から押しても全然なんだろ?」

 「全然言うな。事実だけど」

 「もしアイツがお前を泣かせたりしたら、お兄ちゃんが成敗してやるから」

 調子のいい感じで龍之介が笑う。ジトっと睨むと「押してダメなら引いてみろ、とも言うけどな」と付け足した。


 押してダメなら引いてみろ。

 ずっと以前から言われている恋愛のテクニックだが、俺はそういうのは苦手だ。何度かやってみたことはあるけど、いつも失敗に終わる。

 でも正面から行っても全然上手くいかないし、何か良い手は無いものか。

 部屋に積み重なったオメガ向けの恋愛指南書を思い出して再び溜息をついた。

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