ホラー小説の登場人物

高田 ひで

第1話

おひさしぶりです。

カクヨムで、あなたが書いた怪談を読みました。

あれは、実話ですね。あそこに出てくるNくんというのは、私のことですね。

あのとき、私は、一生癒えないような傷を負い、

あなたは、結局、何も被害を受けなかった。

もちろん、あのときのあれは、小学生同士の遊びの中で起きたことですし、あなただけが悪いわけではありません。私も不注意だったとはんせいしています。

しかし、あのように、あのときの経験を、あなたが悪かったところだけを隠して、あのような小説として発表するというのは、許せません。

すぐに、あの小説を削除してください。


この件について、一度、会って、話をしたいと思います。

いまさら、補償をしてほしいというわけではありません。

あなたも東京にいらっしゃるということですから、すぐにあえるでしょう。

上野駅前のTという喫茶店で、来週の日曜日午後1時にお待ちしています。


−−−


親しい友人だけとのプライベートの連絡に使っているgmailに、こんなメールが届いた。

すぐに気が付かなかったのは、迷惑メールのボックスに入ってしまっていたからだ。

差出人のアドレスには、見覚えがなかった。

こいつは誰だろう。

「来週の日曜日」となると、明日のことだ。行くべきなんだろうか。

っていうか、カクヨムって、メールアドレス公開になっているんだったっけ?


−−−


私は、北陸地方の田舎町の出身で、子供の頃からホラー小説や怪奇小説のたぐいが大好きだった。引っ込み思案で、友達が少なかった当時の私は、たぶん、今いる世界とちょっと違った世界があることを期待していたんだろうと思う。それに、子供の頃の私が住んでいた田舎町は、あちこちに、どこか変なところがあって、怪談の世界を感じさせるところが多かったからだ、とも思う。。


町の中の、どこか、そういう変なところは、奇妙なインスピレーションを与えてくれることがあった。

「スーパーマリオのワープする土管って、あそこの寺の前のウロがモデルらしいよ。」

任天堂の有名なゲームデザイナーが、昔、この近くに住んでいたことがあるらしく、町の中には、彼が作ったゲームのネタになったと噂の、奇怪なものがいくつもあった。そういうところは、実際に、子どもたちが奇妙な体験をする場所でもあった。


−−−


カクヨムというサイトを知ったのは、3年前のこと。面白いホラーが多くて、私は、自分でも、ホラーを書いてみたくなって、このサイトに登録した。


登録して、私なりのホラーを書き始めて、そのころになって、ひとつ、失敗に気がついた。私は、カクヨムのユーザー名を、私の本名で登録していたのだ。このサイトは、小説を書いた人のユーザー名が公開されるしくみだ。つまり、もし、本名をユーザー名にしていれば、私の本名が公開される。

ユーザー名の変更はできないしくみらしかったから、そのままアカウントを使い続けるしかなかったのだけれど、でも、ちょっと、困ったな、と思った。


先に書いたような理由で、私の思いつくホラーは、子供だった頃の私の体験がネタになっているものが多いのだ。作者の名前が本名だと、もし、昔の、私が小学生だった頃の同級生が読んだら、これはあいつが書いた話かもしれない、とわかるだろう。そうすれば、この話はあのときの体験が元ネタだ、とか、あそこが元ネタだ、とかわかるかもしれない。ひょっとしたら、彼らは、小説の登場人物が自分がモデルだ、と思うこともあるかもしれない。


ホラー小説というのは、登場人物が、しばしば、理不尽な不幸や災害に巻き込まれる話でもある。彼らが、自分が、理不尽に巻き込まれて不幸になる登場人物のモデルだと思ったら、嫌な思いをするんじゃないだろうか。


それで、私は、できるだけ、小説の登場人物は、複数の人物を混ぜ合わせたりして、誰のことかわかりにくいように書くことにした。


−−−


そういうわけで、私の小説で、あの登場人物は自分だ、と思う人が出てくる可能性は、私は十分に認識していた。しかし、あの小説のNくんが自分だと言い出す人がいるとは、私には、完全に予想外だった。メールの送り主が自分だと言っているNくんは、特にモデルがいない、完全な創作として作ったキャラクターだったからだ。だから、私は、メールの送り主の予想がつかなかった。だいたい、彼は、どうやって、この本当に少数の人しか知らないはずのgmailのメールアドレスを知ったのだろう。


会いに行くのは危険かもしれないと思ったから、明日、上野にいくのは止めることにした。


その夜、私は、すでに公表してあった小説を、Nくんが登場する3話以降を全部削除し、2話で完結、という形に書き直した。


−−−


月曜日。同じアドレスから、また、メールが届いた。


来ませんでしたね。なぜ、こなかったのですか。夕方までずっと待っていました。

小説は、私が登場するところだけ削除しましたね。やはり、あなたは、私が誰なのか、よく覚えているんでしょう?なぜすべて削除したないで、私が出てくるところだけを削除したのですか?あなたのきれいな奥さんと、可愛い娘さんをみました。あのとき、あれに遭遇した子どもたちの中で、あなただけが幸せになっていて、しかも、あの話を、自分が全く悪くなかったかのように世の中に発表しようとするというのは、やはり許せません。


わたしは、どうしたらいいですか?あなたに罰を与えるべきですか?


−−−



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