魔討勇者のセカンドライフ ~元勇者、今は魔物食レストランの食材調達とウェイターをやってバズってる模様~
朴いっぺい
魔物食レストラン『レストリア』
1章 ボロ小屋からの再出発
1-1
腹の音が、青空に響く。
それが自身の身体が発した音だと気づくと、
「腹、減ったなあ……」
呟いた言葉が、風とともに砂浜へと流れた。それを耳にしたか、ビーチを行く親子連れやカップルが胡散臭げな視線を向けてくる。
ぼさぼさの黒髪と無精ひげの中年男が、昼から半裸で砂浜のビーチチェアに寝そべっているのだから無理もない。
(見世物じゃねえって……。いや、勇者って呼ばれたヤツがこのザマじゃ、ある種の見世物か?)
自嘲を込めた笑みとともに見上げる空は、生まれ育った世界のものではなかった。
異世界レヴァルシア。
高校の級友たちとともにこの世界に降り立って、はや十五年が経つ。
(死んだ英雄だけが良き英雄……って、誰が言ったんだっけなあ)
この世界に転移した者には、恵まれた身体能力と特殊な
どこかで何度も聞いたような話を召喚主の聖女に吹き込まれ、野に満ちる魔物を討ち、その巣穴であるダンジョンを攻略すること五年。
ついには影で魔物を操っていた魔族たちと、魔王と呼ばれた存在を討ち、“魔討十二勇者”に数えられた。
――が。そんな栄光も、今は昔。
(たしかに戦って死んでりゃ、仕事にあぶれて腹を空かせることもなかったか……)
魔王亡き後も、ダンジョンと魔物は消えなかった。
しかし戦うことしか知らぬ者たちが狩り続けた結果、日ごとに数を減らしていき、今や人里の周りで目にすることはなくなった。
ビーチチェアの横に投げ出した愛剣と革鎧も、しばらく活躍の機会を得ていない。
(さあて、マジメにどうっすかあ……。仕事もねえし、移動するにも金がねえし……)
いい加減に身を起そうとした時。
腹の上に置いた、通信用の
この異世界、転移者の知識と魔法が相まった技術革新により、こうした精密機器もどきが日常に浸透している。
「……もしもし」
『おっつかれ~。分かってたけど、元気にはしてなさそうね』
寝そべったまま耳に当てた通話口から聞こえる、ハスキーボイス。
案の定、知った声だった。
かつてはクラスの一軍女子で、魔王を討った十二勇者のひとりである【賢者】。
今は魔法で美貌を保つ”魔導美容”の
何のかんのと縁が切れず、たまに連絡を取るくらいの付き合いが続いている。
「余計なお世話だよ」
『あんた、また士官断ったんだって? もういっそ、どっかに落ち着けばいいのに』
「宮仕えなんて、趣味じゃねえ」
『あはは、知ってる~。……で、で! そんな修斗クンに朗報でぇ~す!』
嬉しそうな莉羅の声に、無言を貫くことで先を促す。
この女がこのテンションの時は大抵、ロクなことを考えていない。
『ダンジョン攻略の仕事やらない? ちょっと色々、条件付きだけど』
「……なに⁉」
思わず身を起こし、あたりを見回す。
今日日、仕事にあぶれた冒険者など、掃いて捨てるほどいる。聞きとがめられたら、何が起こるか分かったものではない。
「どこからの
『教えられないけど……。敢えて言うなら、あたしのお客から、ってとこね』
莉羅の魔導美容サービス”
そうした顧客を介してのルートであれば、噂が立たないのもうなずける。
「まあいいだろう。で、その条件ってのは何だ」
『んん~、見てもらったほうが早いからなあ。直接、現地で話さない?』
「怪しいな、おい……。ダンジョンという名の、別の何かじゃなかろうな」
『あはは。知った顔にそんなアコギなことしないって~』
(知った顔じゃなきゃするのかよ……)
喉まで出かかった言葉を飲み込んでいると、莉羅が通話口の向こうで「んふっ」と笑った。
『っていうか~、うだうだ言ってる余裕あるの? どうせ、お金ないんでしょ?』
「うぐ……」
『長い付き合いだし想像つくわよ。とりあえず現地を見てみない? 今なら渡航費と、その間の食事代がついてくるっ!』
最後の一言に、食指が動いた。
とりあえず話を聞くまでは食いつなげることになる。
「……場所は?」
『
「ジェイル・ビーチだ。
今いる海岸はわりと南寄りの場所なので、船旅で三日というところだろう。
『お、ちょうどいいじゃん。町の中央にうちの商会の事務所があるから、そこまで来てちょうだい。連絡は入れておくから』
「分かったよ。じゃあ、現地でな」
『は~い。まったね~』
どこまでも軽いノリのまま、通話が終わる。
高校の頃からの付き合いなので互いに三十二になるが、ずっとこの調子だった。
(とんとん拍子でノせられた気がするが……。食いつなげるなら悪くねえか)
服と革鎧を着て、愛剣を担ぎ直す。
穏やかな風は偶然にも、街の中央に向けて吹いていた。
* * * *
目的地までの日数は、おおよそ見立ての通りだった。
船を乗り継ぎ、
一泊した後、朝一で手配した小舟に乗ると、程なくして白い砂浜と木々に覆われた島――レヴィカ島が見えてきた。
(へえ。なかなか、悪くねえじゃん)
古びた桟橋に降りると、黒髪ロングの切れ長の美女が、待ち構えていたかのように立っていた。
胸元の開いたシャツとレギンス履きのキュロットスカートの上から、白地に金糸の紋様をあしらったローブ。腰のベルトには、ここだけ妙に魔導士然としたワンド。
今回の話の発端、御堂莉羅その人である。
「おっつかれ~。さすがにちょっと老けた?」
背丈こそ一般的な女子のそれだが、他のパーツはこの世のものとは思えない。
黒い絹を思わせる艶やかな髪と、白磁のような肌が生むコントラスト。垣間見える双丘は、ハリと大きさのバランスを絶妙に保っていた。
修斗がいくら同い歳と言い張っても、旧知の者以外は誰も信じないだろう。
「やかましい。お前みてえに若作りしてる余裕なんてねえんだよ」
「作ってないも~ん。あの頃のままなだけだも~ん」
「なにが『も~ん』だ。歳を考えろ、歳を」
この美貌が魔法の賜物であることを、修斗は知っている。
魔導美容の技術の粋を肉体に集め、その上で時間凍結の魔法を付与する――。
莉羅はその身を以て、己が生み出したサービスの
「んで? ダンジョンはどこにあるんだ」
「島の真ん中よ。歩きましょ」
莉羅はそう言うなり、速度強化の魔法を使ってさっさと歩き出す。
ついていきつつ周囲を見渡せば、あちこちに建屋の跡が見て取れた。彼方には、貴族の館のようなものも見える。
小川を渡り、森へと入ったところで、莉羅がふたたび口を開いた。
「……で、あんたに頼みたい仕事だけど。実はダンジョン探索はついでで、メインは食材調達なの」
「食材調達ぅ?」
「そうっ! 今、上流階級の間で魔物食がブームなのよっ!」
歩きながらビシッと指を差してくる莉羅を、修斗は訝しげに見つめた。
「たしかに美味いが……。ゆーて珍味の類だろ?」
「そうなんだけど。ほら最近、魔物が減ってきてるでしょ? そのせいもあって、“思い出の味~”みたいな感じでクローズアップされたみたいでさ」
「ケッ、
目を輝かせる莉羅に、あえてげんなりとした口調で応じる。
この世界において、魔物とは“動植物が強い
こうした性質を知った者たちが、料理の素材として魔物を用いるようになったのが“魔物食”の
とはいえ魔物の性質上、捕獲や養殖は極めて困難であり、冒険者による野戦料理レベルの扱い――それが修斗の認識だった。
「まあまあ……。で、そのご要望にお応えするべくっ! この島で魔物食レストランをやろうと思ってるのっ! ここ、元は観光地だったから景色は最高だし、上流層を呼ぶにはもってこいよっ!」
「なるほどな。地産地消の珍味レストランか」
「お店用の物件は土地ごと押さえてあるし、あんたが食材を採ってきてくれれば原価はかからないし! 大当たり間違いなしっ!」
「俺の取り分はちゃんと寄越せよ……? ともあれ、肝心のダンジョンに潜ってみねえとな。あっさり攻略できて魔物が獲れません~とかなった日にゃ、出店もどきで終わるぞ」
「それは大丈夫だと思うよ~? ……ほら、見えてきた」
莉羅が指さした先を見た途端――。
「ッ……!」
身体が、震えた。
視界に映るのは、森の木々の向こうに迸る紫色の靄。
空の青を呑み込まんばかりに立ち昇る様は、燃え立つ炎のよう。
不思議と、力がみなぎってくる。
久しく忘れていた感覚に、自然と口の端が歪む。
「……なるほどな。こりゃあ、楽しめそうだ」
「気に入ったみたいね。さ、入口まで行きましょ。もう探索の準備はしてあるからさ」
微笑む莉羅に、修斗は不敵な笑みで応じた。
*――*――*――*――*――*
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
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