第33話 絶対に許さない

 都内にある、有数の企業のビルが立ち並ぶオフィス街。

 その中でも、ひと際高くそびえ立つビルの十五階。

 そこに、プリンセスプロダクションの事務所はあった。


 エレベーターが開き、部署名が書かれたの扉を、いくつも通り抜け、探していた『タレント管理部』の扉の前に立つ。


「ふぅー」


 僕は息を吐き、一度、気持ちを落ち着かせる。

 そして、勢いよく扉を開けた。


「すみませーーん!」


 室内には、ずらりとパソコンデスクが並べられいる。

 その、あちらこちらから、パソコンのキーボードを打つ音、スタッフさん同士で話し合う声が聞こえていて、そして電話が鳴っていた。


 そんな中、僕が大声で入室したため、キーボードを打つ音は止み、話し合っていたスタッフさんたちも会話をやめ、困惑した表情で、僕を見ている。


 僕は広い室内を見渡し、目的の人物を探す。

 すると、奥から、僕の方へと近づいてくる人物がいた。


「麻宮さん! あなた、こんなところまで来て何をしているんですかっ!?」


 探していた人物の方からやってきてくれて、探す手間が省けた。


「梅原さん。良かったです、こちらにいてくれて」


「あなた、ここにはどうやって――ああ……なるほど」


 梅原さんは僕の前までやってくると、僕の背後のタレント管理部の扉に隠れるように立っている来栖さんを睨みつけている。

 梅原さんから鋭い視線を向けられ、来栖さんは視線を落とし、怯えるように扉の陰に隠れた。


 来栖さんの方へ向けられている視線を遮るように、僕は少し横にずれて、梅原さんの前に立ち直す。


「僕が来栖さんを脅して、ここに入れてもらいましたので、来栖さんを責めないでください」


「……あなた、いま自分が何をしているのか、わかっているんでしょうね?」


「ええ、わかってます」


 梅原さんの肩越しに、スタッフさんの一人が、慌てたようにどこかへ電話をかける姿が視界に入った。


 このビルにある警備室か、あるいは、警察か……。

 どちらにせよ――


「時間がないので、手短にお聞きします」


「…………」


 僕は一歩前に踏み出し、


「白河さんが今いる場所、教えてください」


「……ッ!?」


 梅原さんは驚いたように目を見開いた。


「お願いします。白河さんの居場所を教えてください」


「……あなた、まだ罪を重ねる気なの?」


「そんなつもりはないですけど、今はそんなことを言っていられる状況ではないかもしれないので」


「言っている意味が分からないわ。あなた、頭がおかしくなったんじゃないですか?」


「そうかもしれません。あの家で、白河さんと過ごした日々を思い返してみたら、無性に白河さんに会いたくなってしまいました」


「…………どうやら、本当に頭がおかしくなってしまったようですね」


「かもしれません」


 僕はチラッと後ろを見て、来栖さんとアイコンタクトを取る。

 来栖さんは僕の視線に気づき、一瞬、視線を下に落とし、すぐに僕の方へ向き直り、小さく首を縦に振った。


 それを見て、僕はすぐに腕時計で時間を確認する。


 十二時四十八分…………。

 来栖さんが教えてくれた予想では、あと、十二分か……。


「あなた……沙和子と一緒に暮らせて、愉悦に浸るだけでは飽き足らず、人として踏み込んではいけないところまで行ってしまったようですね! 申し訳ありませんが、あなたのような危険人物に、沙和子の居場所を教えるわけがないでしょう?」


「お願いします! じゃないと、取り返しがつかないことになってしまうかもしれないんです!」


「あなたが沙和子に近づくことの方が、よっぽど取り返しがつかなくなるわよっ!」


「とにかく時間がないんですっ! 急がないと、白河さんが――」


「麻宮っ! 後ろっ!」


「――ッ!?」


 背後にいる来栖さんの叫びを聞き、僕はすぐに後ろを振り返ったが、それよりも早く、走り込んできた警備員二人に取り押さえられてしまった。


「うぐっ!?」


「まさか、あなたのような人が、そんな危険な思考の持ち主だったとは……。でも、よかったわ。ここであなたを捕まえることができて。あのまま、あなたを野放しにしていたら、何が起きてたか考えるだけで恐ろしい」


 取り押さえられている僕を、梅原さんは、まるで虫けらを見るように侮蔑の視線で、見下ろしてくる。


「……お、お願いしますっ……! 白河さんは、今どこにいるんですかっ……!?」


「しつこいですよ! 何度聞かれようが、あなたなんかに教えるわけないでしょう! 警備員さん、早くその人を連れ出してくださいっ!」


 梅原さんにそう指示され、二人の警備員は、僕の腕を掴む手に、さらに力を込めてきた。

 僕はそれに抵抗するように、もがく。


「このままじゃっ……くそっ……! 白河さんがっ……あ、危ないんですっ……!」


「あなたが近づく方が危険ですし、沙和子なら、安全な場所にいますから、どうぞご安心を」


 違う……!

 そうじゃないんだ…………!

 くそ……ここまでなのか…………!?


 刹那、この状況に既視感を覚え、昔の自分が重なる。


 髪が長く、声も可愛くて、まるでお人形さんみたいなあの子が、見た目と名前が合ってないってだけで、いじめられているところに、助けに入るも、相手の男の子たちに手も足も出ずに、ボコボコにされた、何の力も持っていなかった子供の頃の僕と。


 そういえば、あの子も、白河さんと同じ、銀髪だったような――


「ハッ…………!?」


 白河さんとの最後の夜。

 白河さんに膝枕をしてもらっていた時に見た、白河さんのあの優しい微笑みと、あの子が最後に、涙ぐみながらも見せた笑顔が、今、重なる。


 はは…………。

 どうして、もっと早く気付かなかったんだ、僕は…………。

 こんなにも、近くにいたのに…………。

 僕が一番守りたいものが,こんなにも近くに…………。


 あのときよりも大人になったところで、結局、何もできない自分の無力さに怒りすら込み上げてきた。


「…………っさない」


「はい?」


 僕は二人の警備員の強い力に、歯を食いしばり、必死に抵抗する。

 そして、その状態のまま僕は、見下ろしてくる梅原さんを睨みつけ、


「白河さんにもしも何かあったら……僕はあなたを、絶対に許さないっ……!」


「…………ッ!?」


 梅原さんは一歩後ろに引いた。


 今の僕ができることは、せいぜいこれくらい…………。

 これ以上は、何を言っても無駄かもしれない。

 あとは、来栖さんに任せるしか…………。


 抵抗していた僕の腕から力が抜けたことを感じ取った二人の警備員は、不思議そうにお互いの顔を見合わせるも、すぐに僕を起き上がらせた。


「……………………」


「…………行きなさい」


 梅原さんの言葉に、二人の警備員は、僕を事務所の扉の外へと連れ出そうと引っ張る。


 ピロン!


 どこからか、スマホの通知音が聞こえた。

 なんか、前にもこんなことがあったような…………。


「麻宮っ! こ、これっ!?」


 扉の前でずっと待機していた来栖さんが、焦った表情で、スマホの画面を見せてきた。


「……こ、これは…………?」


 来栖さんが見せてくれているスマホの画面には、都内のどこかの住所が書かれていた。


「…………私が、理梨愛に送ったんです」


 背後に立っている梅原さんが、スマホを片手にそう言った。


「えっ…………?」


「そこに、沙和子はいます」


「……!? ど、どうして……?」


「……あなたの目が……あのマンションで、あなたとまだ住み続けていたいと言っていた、沙和子の目と似ていたから…………」


「し、白河さんが……そんなことを…………」


 そうだったんだ…………。

 白河さんも、最後まで抵抗していたんだ。

 いや、ちょっと考えればわかっていたことだった。

 最後に見せたあの涙が、その証拠じゃないか。


「とはいえ、これで立場は逆転しましたよ」


「…………?」


「覚悟はできているんでしょうね? これで、沙和子に何かあれば、私が麻宮さんを許しませんよ?」


 梅原さんに、そんな風に切り返されるとは思ってなかったな。

 でも、答えは決まっている。


「もちろんです。何があろうとも、僕が、白河さんを守りますから」


 僕は、二人の警備員の腕を振り払い、事務所を飛び出していく。


「行こう、来栖さん!」


「ちょっ、待ちなさいよっ!?」


 来栖さんは、事務所に向かって、一礼し、すぐに僕を追いかけてくる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る