第3話 再会する二人

 あまりの驚きに僕は完全に固まってしまった。


 部屋の内装の豪華さにも驚いたが、それ以上に目の前の銀髪少女とこんなところでまた会うなんて、まさに衝撃的な出来事だ。


 こんな偶然ってある……?


 眼鏡の女性は眼鏡をクイッと持ち上げ、さらに鋭い目つきで銀髪少女を睨む。


「沙和子。こちらの方とは知り合いなの?」


 へぇ。あの銀髪少女、さわこさんって言うのか。

 その古風な名前と見た目とのギャップがさらに彼女の魅力を引き立たせている。


 さわこさんは全く気圧された様子はなく、険しい顔をしている眼鏡の女性に対して逆に軽く首を傾げ、いたずらっぽく笑い返してみせる。


「え? んーーー。見つめ合った仲?」


「は? どういう意味よ?」


「言葉の意味そのままだよぉ、梅ちゃん」


 銀髪少女はゆっくりと僕に近づき、そして僕の目の前で立ち止まると、二つの碧眼で僕を見上げてきた。


「そうだよ、ねっ?」


「え!? ええっと……」


「ねっ?」


 銀髪少女がさらにグッと顔を近づけてきた。

 僕は仰け反り、少しでも距離を取ろうとするが、銀髪少女はどんどん顔を近づけてきて追撃してくる。


「んーーーーーー?」


 近い近い近い近いっ!?

 距離感バグってないですか!?


「……そそそそ、そう、です……」


「ほらねっ、梅ちゃん。この通り、梅ちゃんが心配してるような間柄ではないのですよ」


 銀髪少女は僕から顔を離して振り返り、ニコニコしながら眼鏡の女性にそう伝えた。


「はあ……。麻宮さんの態度がまったく安心できるような感じではなかったけど?」


「まあまあ~」


 いやいや待って!? 何この状況はっ!? 僕も全く理解できてないんですけど!?


 眼鏡の女性は眉間を押さえながら僕を見て言う。


「あの、麻宮さん。沙和子とはどこで?」


「え? えっと、昨日、ネットカフェで――」


「見つめ合ったんだよね? 私たち」


「麻宮さん……?」


 ちょっとぉ!? なんでそんな意味ありげな感じで言うの!? おかげで眼鏡の女性の眉間にしわが寄ってさらに怖い感じになっちゃったよ!


 それに見つめ合ったと言うか、一方的に僕が見ていたわけでなんというか――


 ピンポーン。


 ただならぬ雰囲気に包まれた部屋に響き渡るインターホン。

 すぐに玄関のドアが開き、廊下を小走りしてこちらに向かってくる音がした。


「す、すみませんっ! ハァ、ハァ……。お、遅くなりました……! って、皆さんどうされたんですか?」


 息を切らしながらリビングに入ってきたのは、不動産屋さんの担当の女性だった。




      ◇




「それで、こちらが、この春から大学生になる麻宮さんです」


「ど、どうも……」


 不動産屋さんによる、遅すぎた自己紹介が始まった。


「それで麻宮さん。すでにお伝えしておりました、こちらの物件を入居希望されているお客様である、白河沙和子しらかわさわこさんと――」


梅原京子うめはらきょうこです。あの、不動産のご担当者さん」


 眼鏡の女性こと梅原さんが、会話の途中に割って入ってきた。


「申し訳ございませんが、こちら側としては、この物件の入居を辞退したいと思います」


「はい、承知……え? えええええええええっっ!?」


 担当者さんは持っていたカバンを落とし、顔面蒼白になった。


 いきなりの発言に僕も驚いたが、僕としては逆に向こうから入居を辞退してくれるのなら、わざわざ僕のほうから断るまでもなさそうだな。


「こちらとしても、無理を承知の上で提示させていただきました条件に合う方を探していただきました御社には、多大なる感謝の念を抱いております。ですが、相手が男性の方で、しかも学生というのは、さすがに難しいと思います」


「でででですがっ、麻宮さんは今までの中で一番条件にピッタリの方なんです! ですから今回は実際にこちらまでお越しいただいたんです……!」


 担当者さんが入居の辞退を撤回してもらおうと必死になるも、厳しい表情を崩さない梅原さん。


「そうおっしゃられるのは今回で何度目ですか?」


「そ、それは……」


「前回も同じように条件の合う方を見つけましたとご連絡いただきましたが、実際には、スマホで動画サイトを見るのが趣味の方だったですよね? その前なんかは、ただ出会いを求めているだけの方で、適当に回答していた方だったり」


「……た、確かに今までの方たちについてはあまり詳細にお話を聞かないまま、梅原さんにご紹介してしまっておりました。それについては、誠に申し訳ございません。ですが、今回、麻宮さんにはしっかりとアンケートにお答えいただき、それに麻宮さんのお姉さんとは以前からのお付き合いがありますので、今回は絶対に間違いありません。ですよね、麻宮さん!?」


 ちょっ、いきなり話を振らないでほしいんですけど!?

 ほら、また梅原さんの鋭い視線が僕に向けられちゃったよ……。


「麻宮さん。お話はこちらの担当者さんから聞いていると思いますが、あなたはこちらからの条件をちゃんと理解しているんですか?」


 条件って、あの『インターネットの疎い』ってやつだよな。

 もしここで僕が嘘をついて、「実はインターネットはバリバリ利用してますよ」って言えば、完全に今回の話は白紙になるだろう。


 そうなれば今回の件についてはここで終了。

 そのあと僕は、数少ない物件からなんとか自分に見合ったお部屋を見つけて、平凡な大学生ライフをスタートすることができるだろう。


 そもそも、僕はタワーマンションに住みたくて上京したわけではない。


 ならば、僕の答えは――


「はい。僕、スマホを持っていません。生まれて十九年間、インターネットに触れたのは学校の授業の時だけです」


 無理だ。瞳を潤ませ俯く担当者さんの顔を見てしまったら、どうしても嘘をつくことはできない。


「そうですか。ですが、スマホを持っていなくとも、今や九十パーセント以上の方が視聴している動画サイトを中心に活動している人たちのことくらいは知ってますよね?」


「はい? ええっと……ブ、ブロガー、とかですかね?」


「は?」


 聞いたことがある名前を適当に答えたものの、梅原さんは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。


「す、すみません……。僕、本当にスマホとかパソコン持ってないんで、インターネットに関係あることはさっぱり存じ上げませんで……」


「ほ、本当ですか……?」


「はい。ですから担当者さんが言っていることは事実です」


 そう、担当者さんは初めから嘘をついていない。


「……麻宮さんはスマホをお持ちではないので、今日こちらへ来るのが遅れることのご連絡を梅原さんにしたわけでして……」


 担当者さんは弱々しくそう伝えた。


「ネット社会の現代にスマホすら持っていない方がいらっしゃるとは……」


 そんなにいいものなのか?

 せっかくだし、大学デビューとしてスマホを買ってみようかな。

 

 ……って、まだ住む家も見つかってないし、バイトもしなくちゃ生活できない。


「そ、それでも、麻宮さん。あなた、この春から大学生なんですよね? でしたら、こんな高級マンションの家賃なんて、お支払いは可能なんでしょうか?」


 そりゃ無理に決まってますよ。


 不動産に入店してすぐに、大学も駅も近くて光熱費込々で五万円の物件ありますか?って聞いたら、担当者さんに大笑いされたくらいには、お金ありませんから。


「う~めちゃんっ! 家賃のことなら私が払うから大丈夫だよ?」


 今まで黙って傍観していた銀髪少女の白河さんが口を挟んできた。


 というか、今なんて言った?


「は? ちょっと沙和子? あなた何を言ってるの!?」


 驚きを隠せない梅原さんに対して、落ち着いたままの白河さん。


「だってここに住みたいって決めたときから言ってたでしょ? 変な条件を出してるのはこっちなんだし、もし条件の合うルームメイトさんが見つかったら、家賃はこっちが全額払うって」


「そ、そうだったけど……沙和子。あなた本気で言っているの?」


「うん。それに――」


 白河さんはまた僕の方へ歩み寄り、


「私はここに住むなら、この人がいいのっ」


 そう言って白河さんは僕の腕を掴んできた。


「ちょっ……!?」


 服の上からではわからなかったが、確かなふくらみがあるが僕の腕に密着して当たっているんですがっ!?


「ん? 今なんか失礼なこと考えてなかった?」


 僕が考えていることを見抜かれている!?

 ジト目で見上げてくる白河さんと目が合うと、僕の声は裏返った。


「いっ、いいえっ? べ、別に……」


「ふ~ん? まあいっか。というわけで、梅ちゃん。担当者さん。私たちここに住みますっ!」


「あ、ありがとうございますッ!」


「ちょっと沙和子!? あなた何勝手に決めてるのよ!? そ、それに麻宮さん。あなた、本当にここに住むつもりっ!?」


 担当者さんと梅原さんの表情の対比がすごい。


 というか、僕はまだここに住むとは言っていないんですが?


 確かに一番のネックだった家賃問題はまさかの銀髪少女こと白河さんが解決してしまった。


 あれ? そうなると、もう僕が断る理由がなくなるわけで。


 いやいや! そうだとしても、一つ屋根の下で男女が住むってどうなんだ?


 実家では姉貴と妹と暮らしていて、女性と一緒に住むことに抵抗はないが、それは家族だったからであって、こんな銀髪美少女と、しかもタワマンの最上階で住むなんてさすがに……。


「えっと、ここまで話しておいて申し訳ないんですが――」


 僕が最後まで言いきる前に、白河さんが背伸びをして僕の耳元で囁く。


「私と住めば、、あるかもよ?」


「――ッ!?」


「麻宮さん……?」


 怪訝な表情の梅原さんに呼ばれ、ハッとした僕は、つい口を滑らせてしまう。


「僕、ここに住みますっ!」

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