第5話 ホストクラブ天国と地獄

 ユーは、パソコンで飯店のエゴサをしていた。

「おお。チーちゃんの大道芸の評判、高いアル」

 他にも、「ユーちゃんの時々見せるはにかんだ表情がいい」、「スタイルのいい店員がいる」などの評価が得られた。

「チーちゃんの大道芸、とても子どものやることとは思えない。チーちゃんかわいい……。うーん、チーちゃん人気ネ」

 あごに手を付け、感心するユー。

「ユーの飯店が、一番アルね!」

 口コミサイトを見ていると、他にも評価を受けているお店が出てきた。

「ぎょっ! 浮気者!」

「いや、勝手に浮気者って決めつけるなよ……」

 皿を拭きながら、リンが呆れた。

「またエゴサ? 評価ばかり気にしてると、そればかり囚われて、なんにも手付けられなくなるよ」

「お客様の声は大事アル。それより、このお店気になるんだけど」

「ええ?」

 パソコン画面を覗き込むリン。

「ホストクラブ、天国と地獄? やだお姉ちゃん、ホストなんて興味あるの?」

「そ、そういうことじゃなくて! コメント見て?」

「ホストってなんですか?」

 チーが後ろからひょっこり現れた。

「チーちゃん。ホストってのはね、イケメンがたくさんいて、女の人をドンペリタワーでぼったぐるところなのよ」

「説明悪すぎだろ!」

 ユーがツッコミを入れた。

「なんかここのホストクラブは、女の子二人がやってるんだって」

「え?」

 ホストクラブ天国と地獄の口コミは、「店員二人がかわいかった」、「かわいさとは裏腹に料理が恐ろしいほどまずい。なのに高い」などのいい評価と悪い評価が並んでいた。

「ふむふむ。まとめると、店員がかわいいけど、飯がまずい。まずいわりには高額ってとこかしらね」

「そういうことネ。だから、不思議だなあって」

 ホストクラブ天国と地獄のホームページにアクセスした。

「うわ、チカチカする~」

 目を細める三姉妹。店名、メニュータブ、背景すべてが点滅していて、見づらかった。

「なんか、インパクトを大事にしているのかしら?」

「ユー、ここに行ってみようと思う」

「ええ?」

「怖いとこだったらどうするですか?」

「どうやら、ここは十二歳からオーケイみたいアルよ。三人で行きましょ」

「ちょ、いやよあたし! こんな変なサイト、変な評判のところ」

 渋るリンにユーは、

「万一の時に、リンがえい、やー、とうって戦ってくれるアル!」

 パンチとキックのフリをしてみせた。リンは唖然とした。


「ここが……」

 ホストクラブ天国と地獄の前に立つ三姉妹。木造りの建物だった。

「木造りのホストクラブなんて初めて見たアル」

「そば処ですか?」

「チーちゃん、ホストクラブだよ?」

 リンがチーに教えた。

「じゃ、入るアルよ?」

 息を飲むリンとチー。おそるおそるユーは、ドアを開けた。

 暗闇から指をパチンと鳴らす音がして、二人の少女に照明が照らされた。

「今宵、落ちるのは天国か」

 と、灰色のスーツをまとう金髪の少女。

「それとも地獄か」

 と、赤色のスーツをまとう銀髪の少女。

「ようこそ。天国と地獄へ」

 二人の少女が胸に手を添えて、お辞儀をした。

「……」

 呆然と佇む三姉妹。

「今日最初のお客様だね、姉ちゃん!」

 と、金髪の少女。

「うん。君たちは最初のお客様だよ? これって、ライブ会場一番最初に入れたくらい、めったにない幸せなんだよ!」

「いや、比べものにならないだろ」

 ツッコミを入れるユーとリン。

 三姉妹は、テーブルに案内された。

「改めまして、こんにちは! 僕はホストクラブ天国と地獄の天使でーす!」

 金髪の少女、天使が指で頬を指してかわいくあいさつした。

「私はデビル。店長だよ。すごいだろ?」

「おほん! 実は、ユーも店長アル」

「ちょ、お姉ちゃん」

 ためらうリン。

「ほう。君はどこの店長をしているのかな?」

「中華飯店ユーリンチーアル!」

「!」

 二人の目を見開いた。

「あわわ……」

 リンとチーが肝を冷やす。

「え? ユーなんかやばいこと言った感じ?」

 とぼける。

「すごーい! お姉ちゃん、あの中華飯店の人たちが来たよ?」

 天使がはしゃいだ。

「まさかとは思ったけど。いやあ、実に光栄だよ。私たち、あなたたちに憧れて、お店を開いたんだ」

「え、え?」

 戸惑うリン。

「チーの大道芸知ってるです?」

「知ってる知ってる! ネットでバズってるよ」

「ほんとに? バズってなんですか?」

「流行ってるってことってことだよ。ほら、見てみて?」

 天使は、スマホでチーの大道芸の動画を見せた。

「うわあ! チーが動画に出てるです~」

 自分の活躍を見て、喜んだ。

「ユーたち大先輩が来たからには、しっかりご奉仕してもらわないとネ!」

「おいお姉ちゃん! あんまり鼻を高くするな!」

「あはは」

 デビルが笑った。

「君たちも姉妹でお店をしているんだよね。私たちもなんだ」

「僕たち、双子なんだよー? 僕が妹で、デビルはお姉ちゃん!」

 デビルの腕にしがみついた。

「おお! そういうとこまでユーたちに憧れているアルか」

「じゃあーあ。さっそくメニューを選んで?」

 天使はメニュー表を渡した。

「いろいろあるのねえ」

 メニュー表を見ながら、リンがつぶやいた。

「ここでは、メニューによって、僕たちが行うサービスも様々なんだ」

「サービスですか?」

「そうだよチーちゃん! 小学生のチーちゃんには、こんなのとかどうかな?」

 天使が示すメニューは、夏の日の思い出というメニューだった。

「へえ。じゃあ、それにするです」

「かしこまりましたあ!、姉ちゃん、行ってくるねえ」

「いってらっしゃい。さあ、お二人はどうなさいますか?」

「ねえリン、ちょっと」

 耳を貸すよう合図され、リンが顔を寄せた。

「ここ、ご飯がまずいって口コミにあったアルね?」

「うんうん」

「てことは、かなり選ばないと、後悔することになるヨ?」

「じゃあ、お姉ちゃんはなににするの?」

「えっとそれは……」

「ああもう貸して!」

 ユーからメニュー表を奪う。

「暗黒に染まった黄色い王子、米寿のマヨラーデビュー、うんうん……。名前がよくわからん!」

「そりゃそうさ。ここはメニューの名前も醍醐味にしているからね」

「せめてなにかわかるようにしなさいよ!」

「ええ? それじゃおもしろくないじゃないか」

「お姉ちゃん! お姉ちゃんはお酒飲める歳でしょ?」

「え、うん。でも一回も飲んだことないアル」

「無難にお酒注文しとくわよ」

「はいー?」

「はい、注文するわ」

 リンは手を上げた。

「どうぞ」

「お酒、持ってきて」

「お酒だけでいいの?」

「いいの!」

「じゃあ、身分証明書見せてくれる?」

「あたしはいいから、お姉ちゃん」

「あ、はい」

 ユーは、懐から身分証明書を出して、見せた。

「ありがとう。じゃ、お酒持ってくるから、待っててねお姫様!」

 ウインクをして去っていった。

「なによ。この米寿のマヨラーデビューって」

「米寿って、八十八歳のことアル」

「それは知ってるけど……」

 頬杖しながらメニュー表に目を向けるリン。

 しばらくして。

「お待たせ、姫。お酒、持ってきたよ」

「ユーのお酒デビューアル」

「我がホストクラブ特製、ハブ酒とマムシ酒でーす」

 瓶に丸々ハブとマムシが入ったお酒を持ってきた。

「ぎょええええ!!」

 天井に顔を突き抜けるほど飛び上がるユーとリン。

「わお」

 と、小さく驚くデビル。

「な、なんですかこれえ?」

 ブルブル震えているチー。

「夏の日の思い出だよ?」

「く、串刺しされたカエルの揚げ物がですかあ?」

「僕にとって、カエル捕りは夏の日の思い出なんだあ! ちなみに、食用だから安心して? ガブッといっきいっき!」

「ひっ! い、いやですう」

「なにをー? 僕の思い出にいちゃもん付ける気か!」

「怖いです~!」

 逃げた。

「待て~!」

 追いかけた。

「マムシ酒もハブ酒も体にいいんだよ。さ、たーんとお飲み」

 コップに注いだ。

「ユ、ユーは遠慮するネ……」

「あたしはまだ高校生なんで……」

「二人とも小刻みに体震えさせて。そんなに興味があるの、このお酒」

 瓶を近づける。

「ひいい!」

 悲鳴を上げて、逃げた。

「わあ~!」

 逃げ惑う三姉妹。方向感覚を失い、三人でお互いの顔面にぶつかって、倒れた。

「食事中に立ち上がるなんて、いけない子たちだ……」

 あやしいほほ笑みを見せる天使とデビル。


 目が覚めると、暗い倉庫の中にいた。

「あれ? ここは?」

 あたりを見渡すユー。

「倉庫?」

 と、リン。

「うーん……」

 目を覚ますチー。

「って、これなに!?」

 三姉妹は、背中を合わせて縛られており、一つの丸椅子に座らされていた。

「お目覚めですかー?」

 天使とデビルがやってきた。

「ここは僕たちのお店の倉庫。君たちは完全に包囲されている!」

「あんたたちがやったの?」

 二人をにらむリン。

「他に誰がしたというのさ」

 デビルがすました顔で答えた。

「この縄を解いてくださいです!」

「チーちゃんごめんね。それはできないの。でも、僕のカエル全部食べてくれたら帰してあげるよ」

 カエルの丸焼きの乗った皿を掲げる。

「ひいい!」

 悲鳴を上げるチー。

「あんたたちのお店は、ゲテモノを出すお店だったアルね!」

「私たち、料理がダメでね。でも、あなたたちに憧れてどうすればいいか、どうすれば超えられるか考えていた。そんな時、他と違うものを提供すればいいだろうと、思いついたわけさ」

「ほらほら~」

 必死で抵抗するチーにカエルの丸焼きを差し出す天使。

「マムシ酒、実際おいしいよ?」

「や、やめ……」

 口にコップに入ったマムシ酒を注がれるユー。

「おいしい?」

「お姉ちゃん! このう、あんたなんてことを!」

「な、なんだか……。体が熱くなって……」

 ユーの体が火照る。

「うわあ! お、お前またカエルなんか提供してっ」

 デビルが天使が用意したカエルの丸焼きを見て、悲鳴を上げた。

「へ? きゃあ! ね、姉ちゃんこそヘビ!」

 天使も悲鳴を上げた。

「姉ちゃんがカエルきらいなのにどうしてまた出してんの? 部屋から一匹も出すなって言ったでしょ?」

「姉ちゃんこそなんでヘビ買ってんよ? 逃げ出して僕の部屋に来たらどうしてくれんの!」

「それはこっちのセリフだ! カエルは小さいんだから、また前みたいにカゴから放り出してどこにいるかわからなくさせるなよな!」

「ヘビだって! こないだ引き出しから出てきた時死ぬかと思ったよ!」

 天使とデビルのケンカを唖然としながら眺めるリンとチー。

「リンお姉ちゃん。これ、どういうケンカです?」

「知らんがな」

「う、うおおお!!」

 雄叫びを上げるユー。その勢いで、縄がちぎれた。

「お、お姉ちゃん?」

 あっけらかんとするリン。

「アチョー! だいたいお前らの作る飯は飯じゃないんじゃー!」

「ええ!?」

 驚きの声を出す天使とデビル。

「ユーたちの店に来いーっ! ほんとの飯っつーのを教示したるわーい! ほわたあああ!」

「なんか、お酒飲んでキャラが……」

 呆然とするリン。と、チー。


 ところ変わって中華飯店ユーリンチー。

「ほわっちゃあ!」

 ユーは刀のような包丁さばきで野菜や肉などの具材を切る。

「あちゃちゃちゃ!」

  続いて、中華鍋にごま油を注ぐ。

「アチョー!」

 具材と米、卵を混ぜてチャーハンを炒める。

「これが、料理というものアル」

 天使とデビルにチャーハンを盛る。

「……」

 お皿に盛られたチャーハンを目前に、呆然する天使とデビル。

「ユ、ユーは別にあんたたちのために作ったわけじゃないアルよ?」

「いただきます」

 チャーハンを食べる天使とデビル。

「!」

 その瞬間、二人の間に電流が走る。

「い、今までこんなおいしいものを食べたことがない……」

「姉ちゃん、それ同じこと思った……」

「三姉妹の皆さん、私たちが間違っていました。これまで、暗黒に染まった黄色い王子と題して焦げた卵焼きを出したり、米寿のマヨラーデビューと題して、白米にマヨネーズかけただけの適当なものを提供していました」

「僕たち、これからはゲテモノじゃないあり方を二人で見つけていくよ」

「ま、まあ。わかってくれたならなによりだわ。てか、あのメニューそういうことだっだの?」

 と、リン。

「今お会いする時は、もっと腕を上げています。それでは、ごきげんよう」

 チャーハンのお皿を持ったまま、天使とデビルは飯店をあとにした。

「帰っちゃったね」

「ですね」

 と言ってリンとチーは二人のホストを見送った。


 翌日。

「頭痛いアル……。もう二度とお酒なんて飲みたくない……」

「どんだけ注がれたのよ?」

「あはは!」

 呆れるリンと笑うチー。そこへ。

「お久しぶり、飯店の皆さん」

「あ、天使と悪魔アル!」

「天使は合ってるけど、姉ちゃんはデビルですよー」

 天使とデビルが風呂敷を持ってやってきた。

「その風呂敷はなにアルか?」

「これは、私たちの新しい料理です。どうか、試食をと思い、持ってきたのさ」

「いいじゃない。食べてあげるわ」

 と、リンが言った。

「ではでは。開示!」

 天使のひと声で、風呂敷が開示された。

「ぎょええええ!!」

 悲鳴を上げる三姉妹。天使とデビルが持ってきたのは、カエルとヘビの姿焼きが入ったオードブルだったのだ。

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